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一救さん  作者: 雪見橋わたる
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安国寺の出会い

 安国寺は現在の京都府阪急大宮駅のあたりにあった。

 後に応仁の乱で焼け落ちたが五重塔も備える大寺院であったらしい。ここで若き日の一休宗純が修行したと伝わっている。 

 蜷川新右衛門にながわしんえもんが安国寺にやってきたのはうららかな春の日だった。新右衛門は幕府の政所代である。現在でいえば財務省事務次官といったところであり押しも押されもせぬエリートであった。年は24歳。仕立ての良い直垂ひたたれを着て上品な烏帽子を被った姿は道行く者誰もが振り返る麗しい若侍であった。しかしこの若者は実力で現在の地位に就いた訳ではない。家柄がよく父親の職を受け継いだに過ぎない。性格は抜けたところがあり、それが人に愛される理由になっている。新右衛門が山門をくぐり桜の舞い散る境内に入ると寺男と思われる老人と少女が掃除をしていた。

「ご老人この寺にいっきゅうという小僧がいると聞いてまいったのだが」

「はい。いっきゅうさんなら…」寺男が答えぬ間に少女が本堂に駆けて行き大きな声でいっきゅうの名を呼んでいた。

「いっきゅうさーん。」

「はーい。」

「はーい。」

「はーいはい。」

「はい。」

 ドタドタとたくさんの足音と共に本堂から一級いっきゅうさんと一急いっきゅうさんと一旧いっきゅうさんと一九いっきゅうさんと一球いっきゅうさんと一給いっきゅうさんと一灸いっきゅうさんと一及いっきゅうさんと一窮いっきゅうさんと一救いっきゅうさんと一吸いっきゅうさんと一泣いっきゅうさんと一求いっきゅうさんが我先にと飛び出してきた。

小夜さよちゃん呼んだー?」

「呼んだー?」

「どうしたの?」

「お前ら小夜ちゃんはおれを呼んだんだぞ。」

「なに言ってんだ。俺だぞ。」

「いや俺だ。」少女の前に集結した小坊主どもは言い争いはじめさっきまで(おごそかだった境内は喧噪の渦の中に飲み込まれた。ハチの巣をつついたような騒ぎを黙ってみていた新右衛門は腹が立ってきた。

「やかましいいいい。」

 新右衛門がどなると小坊主どもは見かけぬ侍の存在にきづいた。新右衛門は息を整えながら小坊主たちを睨み付けた。

「なんだお前らは?」

「いっきゅうです。」小坊主どもは一同に答えた。

「はーあああ?」見ると小坊主たちの白衣はくえにそれぞれ一求、一泣、一吸などと名札がついている。これら全てが(いっきゅう)と読むようだ。何故こんなややこしいことになっているのか新右衛門でなくても疑問を覚えただろう。

「これには深い訳があるのだよ。」

 突然背後に現れた住職の言葉に新右衛門は飛び上がって驚いた。新右衛門はこう見えて武術の達人と言っていい腕前を持つ。その新右衛門に気配を感じさせず背後にたった住職は只者ではない。

 安国寺住職道玄どうげんはあっけにとられている新右衛門を無視して語り始めた。いっきゅうさんたちが安国寺の門をくぐったのは今から5年前である。当時まだ5歳だった彼らはとんちで有名な一休さん(45)をとてもリスペクトしていた。彼らは我こそは一休さんの生まれ変わりと主張した。(まだ一休さんは死んでない。)ぜひ自分に一休の名を、いや俺に、いや俺に、いや俺に

 と互いに譲らなかった。困った道玄は面倒くさかったので全員にいっきゅうと名付けることにしたのだという。

「和尚さまは昔から面倒くさがり屋だから。」

 いっきゅうさんたちが笑うと道玄もお恥ずかしいとばかりに笑った。

「だがあの時面倒くさがったばっかりに今とても面倒なことに…」

 道玄はシクシクと泣いた(ノД`)・゜・。自業自得である。

 しかし道玄がなきたくなるのも解かる。彼ら13人は名前が同じだけでなく背格好も同じだし、なにより問題なのが顔もまったく同じなのだ。

「俺たち一卵性13つ子だから。」

「そんな馬鹿な話があるか!」新右衛門は思わず叫んだ。しかし新右衛門が知らないだけで現実に1971年イタリアで15人も身籠った女性がいるし1992年アルゼンチンで12人を宿した女性がいるのである。まさに事実は小説よりも奇なりだ。

「いっきゅうたちの母親はオーストラリアの固有種である袋ネコ科の動物で有袋類の中でも原始的な種類といわれています。1度のお産で平均22匹の子供を産み袋の中でそだてる事により…」

「人間じゃなくなってる。キタオポッサムの説明だろそれ。」新右衛門は道元の禿げ頭をひっぱたいた。

「それにしてもお前らは某六つ子が出てくるアニメか?」新右衛門はツッコミをいれた。

「今室町時代だよ。アニメとかいわれても時代考証がww」

 いっきゅうさんたちは失笑した。寺男のじじいまでが笑っている。

「くっお前ら時代考証とか言ってる時点でアニメ知ってるよなー。」何が悔しいって馬鹿げた存在に馬鹿にされるほど悔しいものはない。新右衛門は大人げもなく怒った。

 これが蜷川新右衛門といっきゅうさんたちの初めての出会いだった。










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