8 熟考
すべてが滞りなく進んでいる。
そのことに違和感を覚えた僕は、とにかく手繰り寄せた可能性について思いを巡らす。が、
「あ~なんだったっけ……」
結局思い出せずにいた。
完全に忘れたというよりも、思い出そうとすると頭に靄がかかったように思考を阻害しているような感覚だ。
「蓮、今は作業に集中してください」
玲子はそう言いながら、目の前の紙の山の一部分を取ってくれて、僕の作業を楽にしてくれていた。
「考えることは大いに望ましいことですが、せめて執務に支障をきたさないようにしてください」
「もう少しで分かりそうなんだけどなぁ……」
すっかり腰に馴染んだ背もたれのあるイスに背中を預け、天井を仰ぐ。
玲子はすでに確認印を押す作業を再開しているのだろう、判を押す音が規則的に聞こえてくる。
今日は各々用事があるとかで、僕と玲子しか生徒会室にはいないため、通常より静かに感じる。
「思い出せないし、さっさと仕事終わらして帰るか……」
一人気合を入れ直し、判を手に取ると、扉をノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ」
「失礼致しますわ」
扉が開き、来客が姿を現す。玲子は忙しそうにしていて、無言で僕に応対するよう言ってくる。
突然の来訪者は、ゴシックドレスと言うのだろうか、黒を基調とするドレス生地に、白いフリルとレースがふんだんにあしらわれたものを身にまとっていて、左手に大きなクリップで止められた紙束を持っている。
そんな彼女の名は、榊原小黄泉。一つ上の先輩で、榊原学園の創設者である理事長のお孫さんだ。成績優秀、才色兼備、文武両道の文句なしの美人なんだけど、中二病ってところが玉に瑕。
「益城さん、今とても失礼なことを考えていませんでしたか?」
「いえ、そんなことは……」
どうしよう、顔に出ていただろうか。
「と、ところで、何の御用で?」
「ええ、そうでしたわ。これを」
榊原先輩はそれ以上追及する気はないらしく、素直に質問に答えてくれる。そして、手に持った紙束を差し出してきた。
「これは?」
「昨日分のレポートですわ。遅れて申し訳ないですわ。あと、ペナルティの反省文も一緒に挟まっていますので、お納めくださいまし」
「はい、確かに受け取りました」
榊原先輩から紙束を受け取ると、思ったよりもずっしりとした重みを感じられた。
「では、ごきげんよう」
榊原先輩がスカートの裾をつまんで一礼する。僕も「どうも」と返し、席に戻ろうとしたところで、束の上に乗っていたメッセージに気づく。
そこには、『3年4組のクラスに来てくださいまし。お話ししたいことがありますわ』と書かれていた。
適当に誤魔化して、指定された教室に向かう。すると、夕陽を前に佇む漆黒の美女の姿があった。まぁ、榊原先輩なんだけど。
「先輩、お話というのは?」
「ええ、大したことではありませんわ。ただ、あなたを勧誘したかっただけですの」
「勧誘?」
「そうですわ。あなたをシャドーキャビネットの一員として迎え入れたいのですわ」
「は……?」
「いや、ですの?」
「いえ、そういうことではなく……」
シャドーキャビネット。それはその名の通り、生徒会に立候補した生徒があらかじめ役員として起用したい生徒に声をかけ、承諾されることで実際に当選した際に役員とする制度のことを指す。会長も神崎さんや玲子、カレンさんに声をかけていたというのも、これのことだ。しかし、なぜこのタイミングで声がかかるのだろうか。すでに生徒会が発足し、活動を始めたこのタイミングで、なぜ。
「……どうして選挙が終わったこのタイミングで?」
「知らないのですね……この制度のことを。とはいえ、歴代の生徒会長が罷免された例はありませんから当然なのでしょうが」
榊原先輩は顎に手を当て、しばし逡巡した後、顔を上げる。
「うちの生徒会制度はほとんど現代日本の選挙及び運営方式だということはご存じですわね?」
「ええ、それくらいは──あ」
「気づいていただけましたか。そうです。全校生徒の過半数が生徒会を不信任と判断した場合、役員は総辞職をし、新たに選挙をやり直すことが可能なのですよ」
「でも、今のところ不満の声は一つも……」
「話は以上ですわ。気が向いたらわたくしに声をかけてくださいまし」
そう言って、先輩が目を見据えてくる。
「いつでもお待ちしていますわ」
教室で、何かが倒れる音を遠くに聞いた。
なぜ不満が上がらない?
なぜ会長は自信ありげなんだ?
なぜこのタイミングで榊原先輩は僕に声をかけてきたんだ?
なぜ、なぜ、なぜ──
頭が疑問で埋め尽くされる。
脳が疑問で満たされていく。
そして意識がプツンと途切れた。
○
「計画は順調ですわ。もう少しだけ我慢してくださいまし。必ずやあの女を完膚なきまでに叩きのめしてご覧にいれますわ」
『ほう? それは楽しみだ。……くれぐれもしくじるでないぞ、小黄泉。すべては我が学園の発展のためであるからな』
「ええ、分かっていますわお爺様。それでは」
小黄泉はスマホをポケットにしまうと、足取り軽く歩き出す。
夕日を背に受け歩く姿はまさに堕天使のよう。
「ふふっ……あなたの時代は間もなく終わりを告げる……楽しみで仕方がありませんわ」
小黄泉は不敵に笑うと、誰もいない静かな廊下に足音を高らかに響かせながら闇に吸い込まれるように姿を消した。
大変長らくお待たせ致しました。毎度お馴染み猫やなぎです(あ、0時なった!)
そろそろ佳境に入るころかなぁと思っているのですが、今更ながらに思ったより短くなりそうなので、章管理システムはオフにしようかなと思います。
そんな感じでコロコロ変わる本作ですが、最後までどうぞお付き合いください!
以下謝辞を。
リプ返しを簡素化してしまい(現状、いいねのみで済ませている)、申し訳ないです! 本当に感謝しています!
また、宣伝の協力をしてくださる方、ブクマしてくださった方、本当にありがとうございます! どうぞこれからもよろしくお願い致します。
最後になりましたが、謝罪を。
すみません! 最近バタバタしていて、皆様の宣伝のお手伝い(主にRT)が全然できていなくて本当に申し訳ないです!
なにぶん数が多くて……(完全に言い訳)
もうすぐこちらのスケジュール的にかなりの時間ができるので、可能な限り協力させていただきます。
そしてなにより、読んでくださった皆様に最大の感謝を! ありがとうございました!