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11 演説

 12月23日。決戦の日。

 とはいえ、戦力が均衡しての勝負を迎えたわけではない。9割以上の生徒がこの状況を創り出した張本人である、榊原先輩を支持している。対して、僕ら椿姫千尋の支持者はほとんどいないに等しい。

 この状況をひっくり返し、新たに新・椿姫生徒会として発足するには絶望的な状況。もはや負けると分かっていて戦地に赴くようなものだ。だけど、これは負けられない──いや、絶対に勝たなきゃいけない戦い。

 人事を尽くして天命を待つ。僕らができることはすべてやった。あとは生徒に信念をぶつけるだけである。


 ○


 会場となる体育館の裏側から入ると、そこには会長を始めとする、他の役員が勢ぞろいしていた。

 向こう側の舞台袖には、暗がりに榊原先輩と付き人が見える。

 でも、今敵の様子を窺っている場合ではないと判断して、仲間の方に向き直る。

「蓮。あなたの演説が明暗を分けると言っても過言ではありません。だから──全身全霊を賭けて会長の成そうとしていることを生徒に気づかせてあげてください。あなたならできます。だって──私の自慢の婚約者なのですから」

「ありがとう、玲子。この選挙が終わったら一度その件について話し合う必要がありそうだね」

 思わず苦笑してしまう。だけど、おかげで緊張が少しほぐれた気がする。

「レン! 前例がないなら作ればいい! 壁が立ちはだかったなら乗り越えるんじゃなくてぶち壊せばいい! 思いってのは、正面からぶつかれば必ず伝わるもんだ! だから恐れず突き進んで来い!」

「ありがとうカレンさん。全力でぶつかってくるよ!」

 カレンさんと拳を打ち合わせる。おかげで、恐れが消えて立ち向かう勇気が湧いてきた。

「益城君。私、この生徒会が大好きなんです。この生徒会に入って、少し変われたかなって思うんです。だから、みんなにも変わってほしいって言ったらわがままみたいですけど、よりよくなってほしいんです。この思いを直接伝えることはできないですけど、益城君に託します。私たちの頑張りは必ず誰かが評価してくれます。報われなきゃダメなんです。──って、私は何を言ってるんでしょうね……」

「大丈夫だよ。神崎さんの思いはきちんと受け取った。ありがとう」

「それならよかったです……」

 神崎さんは恥ずかしかったのか、頬を赤らめて俯いてしまった。

 と、そこで司会者のアナウンスが聞こえてきた。

「そろそろ時間だな。では──」

 会長が手を差し出し、僕らは会長の言わんとするところが分かり、僕、玲子、カレンさん、神崎さんの順に手を重ねていった。

「我々は敵の策に敗れ、現在窮地に立たされている。だが、我々は絶対に勝つ! 心は一つ! 行くぞ! ファイト──」

「おおおおおおおお!!」

 こうして異例の生徒会長“再“選挙の立会演説会が幕を開けた。


『ではまず、榊原さんの演説をお願いします』

「はい」

 榊原先輩が立ち上がり、演説台の前に立つ。深く一礼をして、演説を始めた。

「まず初めに、みなさんにお礼とお詫びを申し上げますわ。祝日にも関わらず、この場に集まってくれたこと、本当に感謝しておりますし、同時に申し訳なく思っておりますわ。ですが、これまでの生徒会の暴走に終止符を打つ、良い機会だと思います。どうぞ自分の胸に手を当てて、会長になるのはどちらがふさわしいのかを判断してくださいまし。

 では、演説に入らせていただきますわ。わたくしはこの学校が大好きです。そして、皆さんが何か目標を持って勉学に部活に打ち込んでいることを誇りに思い、また好成績を残してくださっていることを本当に感謝しています。わたくしの公約はただ一つ。皆が過ごしやすい学園を作ることですわ。部費の拡充、備品の充実など、榊原だからこそできる直接交渉により、生徒たちが極力不自由しない制度を展開すると確約いたします。これで、わたくしの演説を終わらせていただきますわ」

 再び深く一礼し、割れんばかりの拍手の中を舞台袖に戻っていく。その際、僕らの方を見て、勝ち誇ったような笑みを浮かべたような気がした。

「応援演説者兼前副会長の益城君、演説よろしくお願いします」

 “前”とか皮肉かこの野郎……。まあいい。再選が決まればいいだけの話だし。

 そんなことを考えながら、元気よく返事をし、演説台の前に立つ。一礼して、マイクの電源を落とし、そして精いっぱい息を吸って──


「僕は勉強が嫌いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 言い放った。

「やりたくないことは絶対にしない。それが僕の信念であり、アイデンティティだ。だけど、生徒会に入って僕は変わることができた。というのは、勉強するための明確な目的ができたからだ。現行の教育制度をぶち壊すために、勉強する。それがやりたいことです。テストにしか通用しない対策授業を受けて、テストで点数を取って進学して。結果だけを追い求めて思考停止したアホどもが世の中に蔓延ってる。それが悔しくて悔しくて仕方がない。だから、僕は会長の元で、頑張ることを決めたんだ。一つ一つのことにいちいち疑問を持って、考えていく。そのことをこの1か月程度の生徒会活動で学んだんだ。そのために生徒会がみんなの将来を見据えて、より協力していきたいんだ! 目先の利益じゃなくて、定年までの約40年間を考えようじゃないか! だから僕は会長を支持する! 以上で応援演説を終わります」

 僕の仕事は終わった。やりきった。みんな唖然としてるけど、きっと伝わっただろう。……多分。

 ようやく正気に戻ったらしい司会者が、つっかえながらもアナウンスをしていた。


 そして、どれくらい時間が経った頃だろうか。

「いつまでぼーっとしてるんですか。そろそろ教室に戻りますよ」

「うん……」

 いつの間にか会長の演説も終わっていたらしく、体育館内はわずかなざわめきを残すだけで、生徒はほとんど教室に戻っているようだ。そういえば、前の演説の時も今日みたいに、会長の演説を聞いた後はぼーっとしてたっけ。恐るべき魔性の声だ。

 さて、教室に戻るとしよう。一抹どころか十抹くらいの不安は残っているけど、今更悩んでももはや後の祭り。天命を待つしかない。

「なんですかその達観したような顔は」

「いや、なんでもない。戻ろう」

「はい」

 どちらともなく歩き出す。その足取りは、とても軽く感じられた。


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