第二話 居候 その1
洞窟で少女に出会ってから、二日が経過した。
僕の風邪はーー未だに治っていない。
あれ? 僕ってこんな虚弱体質だったっけ?
いやいや、ここ一年以上の間病院の世話を必要としていないから。むしろかなり健康的だったと思うな。これ、非常に数少ない自慢の一つだし……。
何でこんなに治りにくいのだろう? ……この世界の人みんなが免疫を持っているけど、僕みたいな異世界人には免疫がないウイルスでもあるのかな……?
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………………それにしても暇だなー……誰も様子見にすら来ないよ。
いや、宿屋と貸出屋の二つを一家で切り盛りしているのだから、忙しくないわけがないか。
逆に暇だったら、それはそれで大変な状況だし、コトハ曰く浮浪者同然な僕らを引き取っている余裕なんかないよね。主に経済的に。
そういう意味ではこの状況はありがたいのかもしれないけど…………うーむ……。
……あー、ちなみに、コトハは臨時の従業員として駆り出されている。
なんでも、『タダで面倒を見てやれる程余裕はないんだ。すまんな』と若干申し訳なさそうにアヤメのお父さんに懇願されたそうだ、声だけは。
彼女曰く表情は相当威圧的で、もともといかつい顔がより恐くなっていたから、やらざるを得なかったみたい。……ごめんなさい、コトハ……。
………………………………それにしてもやっぱり暇……。
どうしようか? 回想でもしようか。暇つぶしはこれくらいしか思いつかないし。
ええっと、ここに着いてからは確か……ーーーー
あの獅子のような獣に荷車がつながれているものは文字通り『獅子車』と呼ばれているそうだ。
獅子車に揺られること二十分くらいで地方都市ヴォータに到着した。この頃にはもう雨は止んでいた。通り雨だったのかな?
ここ、ヴォータには中華街のように、街の端っこに建物の二階ぐらいの高さを誇る門があった。色は赤ではない地味目な感じで、形も鳥居ではない少々複雑なものだったけれど。
「うわぁー……ここが街かぁ。思っていた以上に栄えてますね」
どの建物も三階くらいあってちらほらと五階くらいのものも見受けられる。
中央の大通りは商店街になっているのか、人が沢山いて賑わっている。それでも、獅子車一台分程の道は開けてあった。
「ね? そうでしょ? ところでカタル君は召喚される前は田舎に住んでたのかしら? 出会ったときからちょっと思ってたけど、あなたは常識に欠けている気がするわ」
「ああー、それはですね……ええーとーー」
これって何て言えばいいんだろう? 『異世界から来ました』なんて伝えたらキ○ガイ扱いされそうだな。うーむ……。
「何失礼なことをきいているのです!? バカにすると嫌われちゃうです」
答え倦ねていたらコトハが勝手に察してくれた。
「いや、そういうことじゃないわよ。知らないなら説明してあげた方が良いかなって思っただけ」
「あ、はい。お願いします」
なんだ。そういうことなら良かった。
「じゃあ治ったらひとまずヴォータを案内するわ」
そうこう話しているうちに他の建物よりも敷地が広めな四階建ての建物の前でアヤメさんは獅子車を停めた。
道路と建物の間は駐車場になっているのか、獅子車が一台停まっていた。ライオンのような獣は脚を折り畳んで目をつむっている。どうやら寝ているらしい。
「着いたわ。ここよ」
それからライオンのような生物をゆっくり歩かせて、既に停まっている獅子車の横に移動させた。
「それじゃあ、ちょっとここで待ってて。多分許してくれると思うけれど、風邪をひいている無一文なあなたたちを泊めてもいいかお父さんに聞いてくるわ」
「は、はい。ありがとうございます」
言い方ちょっとグサッと刺さるなぁ。まあ、事実なんだけれど。
およそ五分後。アヤメさんが戻ってきた。
「泊っても大丈夫だって。まあ今は大会の地区予選のおかげで割と儲かっているらしいからかな。部屋は三階の一番奥の三〇七号室。案内するわ」
「はい、お願いします……よっ、こいしょっ、ぉおっとと」
僕は立ち上がって荷台から下りようとしたが、上手く力が入らなくてよろけてしまった。
「わわっ! だいじょうぶです!?」
「……肩、貸そうか?」
「い、いいへぇ、結構でthっ」
何だよ、美少女に触れるどころか肩貸されるって! びっくりして噛んじゃったよ。
「別にあたしは何も気にしないから、遠慮しないで。それに今立っているだけで小刻みに揺れてるじゃない」
「えっ……で、でもっ……」
こういう展開がリアルで起きたら『ヒャッフォウッ!!』と浮かれポンチになるのか、と以前からたまーに妄想してたりしてたけど、そんなこと全然ないよ。今風に言うなら、罪悪感パネェっす。
それに、今、制服がボロボロだし。
「もー、焦れったいわね」
アヤメさんはスタスタと近づいてきて、抵抗する隙を与えてくれずに、何のためらいもなく僕の腕を自身の肩に回してしまった。
うわっ……!? 女の子はなんだかいい匂いがするってしゅっちゅう書かれていたけれど、それって本当だったたんだ。少し甘い感じの匂いがするよ。
それに身体を支えられるということはつまり密着されるということであって、ささやかながらも柔らかいモノが当たっていた。
こんな状況では当然冷静なんて保てるはずもなくて。自然と僕の心臓は鼠並にバクバクしていた。
顔、というか全身が熱くなってきていて、今にも湯気が立ってもおかしくはない気がしてきた。僕こと藤代語、ギガセカンドを発動いたしました!
「じゃあコトハさん、ついてきて」
「分かったです」
アヤメさんはゆっくりと歩き始めた。僕の体調に合わせてくれているみたいだ。
おかげで、歩けば三秒くらいで着きそうな入り口まで五秒以上かかった。
「あの、もう少し早く歩けられます」
必死に真顔を装って話しかける。
「いいわよ、無理しなくても。カタルの身体、人の身体にしては結構熱いわよ?」
それは、半分位の原因はこの状況のせいだと思います。ものすごく恥ずかしいので早く開放されたいです。
周りのお客さんたちもチラチラ見てきているし。
「え……そ、そのこの状況結構恥ずかしいので……。それにチラチラ見られている気がしなくもないんですけど」
「ああ、別に気にしてないわ」
「僕が気になるんです!」
「あっそう」
アヤメさんは少しだけペースを上げた。
それでも泊めてくださる部屋にたどり着くまで三分くらいはかかった。
部屋の広さは六畳くらいで、簡素なシングルベッドとデスク、テーブル、背もたれのある椅子が一つあった。壁紙はベージュ一色で、ワンポイント代わりにB5くらいの絵と時計のようなものが掛けてあった。まさに『simple is best』と呼ぶに相応しい部屋だ。
アヤメさんはベッドの付近まで支えてくれたので、そのままベッドに座り込む。ボフン、という小気味のいい音がなった。
はぁ。心臓と心に悪かった。
「じゃあなにかあったら一回の受付まで来てちょうだい。通ったときちょっといかついおじさんがいたでしょ? あれが私のお父さん。それと、コトハさんは看病って言ってもそこまで大変そうではから、割と暇よね。んー……絵本でも読む?」
アヤメさんは優しげに微笑んだ。
「こ、子どもあつかいしないでほしいですッ!」
しばらく出番がなかったからか、顔が能面のようになっていて、瞳からは光が消え失せていたが、アヤメさんの言葉に反応してすべてを取り戻したようだ。
「そうです。たしかにコトハの見た目は幼いかもしれませんが、一応二十五歳なんですよ?」
「カタル、それフォローになってない気がするのです」
え? そうなの? コミュニケーションって難しいね。
「ええ、それは知ってたわよ」
「じゃあなんでですか?」
「何でって……精霊にとっての二十五歳って私たち人間にとってはまだ十歳そこそこよ?」
「ん?……ーーええええぇぇぇ!? マジで!?」
「ええ、マジよマジ」
さらっと答えるアヤメさん。
コトハも悔しそうにコクッと頷いた。
「コトハ、なんで隠してたの?」
「いちど『お姉さん』になってみたかったのです。精霊については何も知らなさそうだったから、つい、なのです」
やっぱりコトハはロリでした! ーーって待てよ!? 合法じゃないってことは僕は犯罪者候補生ってことになってしまうのではッ!?
僕は絶叫したくなったが、抑える。ここで心の赴くままに声を張り上げたらそれこそ変人になってしまう。だって理由答えられないしね。
「えっと、絵本が嫌ってことはコトハさんはここでずっとボケェーっとしてるのかしら?」
少々ふざけたノリでアヤメさんは尋ねた。
「…………え、絵本かしてほしい、です」
ーーてな感じで異世界生活初日は過ぎ去った。
朝目覚めたらもとの世界に戻っているのでは? とちょっと怖くなってしまい、しばらく寝付けなかったけれど、ちゃんと(?)昨日と同じ光景が広がっていた。
そして今に至る。しばらく時間を潰せたっぽいけど、メッチャ暇。
コンコン
突然ドアをノックする音が部屋に響いた。いや、ノックってのはいつも突然聞こえてくるものか。
「はい」
「あ、あのっ! お、お昼ご飯を持って来ました。今開けても大丈夫でしょうかっ?」
「大丈夫ですよ〜」
うーん、声的にはたしかランちゃんかな。
「し、失礼します」
片手でドアを開け、もう片方の手でお盆を支えたランちゃんが入ってきた。
彼女は十年程前に孤児になってしまったところをアヤメさんのご両親に引き取ってもらったらしい。今は従業員として働くことで恩返しをしているそうだ。
最初見たときに少し驚いたけど、彼女は一昔前の日本でもよく見かけられたようなレンズが少し大きめな眼鏡を掛けている。
胸ぐらいまである髪も沖縄の海のような明るめな青で、真っ直ぐではなく、少しフワッとしている。
身長は低めだが、十四歳しては驚異な胸囲を誇っている。やっぱり目に毒だな。
しかも目鼻立ちは整っていて、古くさーーこほん、レトロな眼鏡を掛けていても尚可愛い。
ちなみに彼女の正しい名前はたしか、ラネーション・グウィッチだったかな、多分。
僕は上体だけ起こしてお盆を受け取り、膝の上に置いた。ランちゃんは椅子をベッドに向けて座った。
「あれ? お仕事はもういいのですか?」
「はい。夕飯の仕込みまではしばらく時間があるので、その、お、お話相手、になれたらな、と思いまして。あの、ひとりで食事ってちょっと辛いかな、と思ったのですけれど……ご迷惑でしょうか?」
何この娘! せっかく早朝からの仕事から開放されたのに、休まずに居候なんかの僕に気を遣ってくれるなんて、とてもいい子だ。
「あ、やっぱり私なんかじゃご迷惑ですよね。そうですよね。何でブサイクな私なんかがお役に立てるかもって調子に乗っていたのだろう? 馬鹿みたい」
ランちゃんはいきなり饒舌に自虐し始めて、部屋から出ようと動き出した。僕みたいだ。
「待って!」
「そんなことないですよ。ごめんなさい、その、いい子だなって少し感動しちゃってて。ものすごく暇だったんです。それに、ランちゃんは凄く可愛い、と思いますよ」
「は? 私が……可愛い、ですか?」
ランちゃんは訝しげに首を傾けた。
「はっ! 僕何言っちゃってるんだろう! ご、ごめんなさいね。僕なんかに言われても嬉しくもなんともないですよね! むしろキモイですよね。本当にすいませーー熱っ!」
勢いよく頭を下げすぎて、作ってもらった熱々のスープに鼻を突っ込ーーむ程は身体は柔らかくはないけれど、灼熱の湯気にやられてしまった。
「わ、私こそ少し冷ますのを忘れてごめんなさいッ! そ、それにかっ可愛いなんてお世辞ですら言われたことがなかったので」
「え? そうなんですか?」
「はい。だ、だって可愛いってこういう方のことですよね?」
そう言って、服のポケットから折り畳まれたチラシを取り出して広げて僕に見せた。
「あ? 可愛い? これが?」
クソデブスが描かれていた。
具体的に言うと、身体はブクブクに太っていて、目は小さく、眉毛は極太で、鼻毛が除けそうなくらい鼻の穴が大きくて、唇は明太子並に分厚い。
「可愛いですよね♪」
ランちゃんは眩しいくらいに目をキラッキラッさせている。こっちの方が一京倍くらい可愛く見える僕の目は節穴なのだろうか?
ーーそれともこの世界って、僕達と『可愛い』の基準が逆なのかな?
第二話始まりましたが、いかがだったでしょうか?
遅れてしまいました。
この一ヶ月間は年に一回の部活の大会のようなものや、学校行事に期末考査とイベント盛りだくさんだったので、あまり暇がありませんでした。
ですが、次回もいつになるか分かりません。受験が近くなってきたので……。
それでもせめて年内には続きを投稿したいと思います!