第二話 居候 その6
エントリーを終えて施設を出た後、とりあえず大通りに向かって歩き始めた。
「……特に怪しいところはなかったわね」
ある程度施設から離れてから、アヤメさんは感想を述べた。
「そうですね。他の店とかと同じような雰囲気でしたね」
「表面をよそおうくらいなら、きっとだれでもできるのです。油断はきんもつなのです」
「こう見えて私、精霊のことが大好きなの。恥ずかしい上に惨めだから極力人前では話してないけど……」
「ん? あの、いきなりどうしたのですか?」
アヤメさんは突然、好きなことを告げた。心なしか、ほんのりと頬が朱色に染まっている気がする。
だが、次の瞬間、意を決したような表情になった。
急にどうしたんだろうか。
「いいから最後まで聞いてっ。たくさんの精霊に囲まれてのんびりと楽しく過ごすことが、小さい頃からの夢よ」
「はあ……」
「ほら、うちはあんな感じでしょ? だから両親は忙しかったからなかなか構ってもらえなかった。それに、あたしは見ての通り不細工だから友達になってくれる子もいなくて……」
辛い過去の出来事一つ一つが頭に浮かんできてしまったのか、表情は暗い。
ああ、そうか。たしかこちらの世界と僕のいた世界では可愛いと不細工の基準が真逆なんだっけ。
なんだか複雑な気分になってきたな。
「話しかけても無視されたり、『ブス菌が伝染るから近づくな』って言われ続けた。めげずに何度も仲良くなろうとしても疎まれたわ」
「そう、だったのですか…………」
どんな世界でも人間というのは陰を持った状態で産み落とされるものなのか……。都合の良い世界なんて結局物語の中にしか存在しないのかな?
……いや、物語というものはそういうものから逃げる手段として誕生したのかもしれない。
「……でもね、精霊だけは容姿とかを一切気にしないで親しく接してくれて、励ましてくれた。そんな精霊のことが大好きで、当時は精霊さえいればいい、って思ってた」
「まあ、今はランがいるし、アカデミーにもしつこいくらいに親しくしてくれる人もいるけどね」
そう言って微かに口角を上げた。
アカデミー、か。どんな世界にもやっぱり学校ってあるみたいだな。
「何でかはよく分からないけれど、それでも精霊が今も大好きで、夢は変わらないの」
「……わたしたち精霊にとって常識であることをこうしてほめられるとなんだかはずかしくなってきたです」
アヤメさんがコトハの方を覗くが、照れてしまって視線を逸らしてしまった。ちょっぴり残念そう。
だがしかし、すぐに真剣な表情になって立ち止まる。何かを再び決意したようだ。
「だから……だからね、本当は信じたくないけれど。もしワース社がしていることが本当なら……あたしは絶対、許さない」
声には少し怒気が含まれていた。怒っているアヤメさんは凛としていて、可愛いというか綺麗な感じがして思わず見つめてしまう。
「実はね、以前他の街で開かれた大会に出て優勝したことがあるわ。それで今回も既にエントリーしてあるの」
「ハッ、ということはもしかして手伝ってくれるのですか!?」
コトハが瞳を輝かせる。
「ええ。そうしようと思う」
「はぁあ……ありがとうございますです!」
「本当ですか!?」
「ええ。ところで、カタルは精霊と一緒に戦ったことはある?」
「いえ、ありません。召喚されてすぐ何故か気絶させられてしまい、気づいたら風邪を引いていたので……」
チラッとコトハの方を見る。
「うう……よく覚えてないけどごめんなさいです」
「え? あれって召喚した日だったんだ……。じゃあ、うまくできるかは分からないけれどあたしが教えてあげるわ」
「いいんですか!? 優勝経験のある人に指導してもらえるなんて頼もしいなぁ」
「ありがとうございますです!!」
「え、ええ。……そ、それとさ、カタルとあたしってあまり歳変わらないでしょ? 敬語で話されるのってちょっと嫌なんだよね」
「そうなんですか? えっと、僕は十五歳でーーだよ」
「あたしは十六歳だから、ええ、あまり変わらないわね」
「そうでsーーだね」
今まで敬語で話してた相手にいきなりタメ語とか、正直ちょっときついなぁ。でも、せっかく手伝ってもらえるんだから、意識しなきゃ!
「じゃあ、改めてよろしく」
アヤメさんはニッコリと微笑んだ。可愛いなぁ……でもこの世界の人には合わないなんて可哀想。
「よ、よろしくね」
「さて、と。本来の目的を果たさないとね」
「あ、思いついたのです?」
「いいえ。テキトーにあたしが気に入っているお店に連れていこうかなと思っただけ」
「あ、そうだ。病院や図書館……ってある?」
「うーんと、病院なら四つほど、図書館は二つほどあるわ」
「じゃあそれらの場所も教えてください」
「ええ、分かったわ」
まずは腹ごしらえをしてから、僕とコトハは日が暮れるまでまで街を案内してもらった。
僅か今日一日だけで距離が一気に近づいた気がした。もちろんラブ的な意味にはまだ程遠いけれど。
そして明日から早速指導をしてくれることになった。
本戦まであと三週間しかないが、コトハ曰く僕には才能があるらしいのでとにかく頑張ってみよう! そう思った。
はい、これにて第二話は終了となり、次回からは第三話に入らせていただきます。
本当はお店を案内するシーンなども描くつもりでした。
しかし、前回までの話をwordにコピーして、文庫本の書式に合わせてみたら、なんと90ページもありました。
次回でやっと本題に入るわけですから、全て描いていたら中弛みすると感じていたので、カットしました。
というわけで次回も宜しくお願いします。