その3
(主にわたしにとって)波乱だった『お菓子投げ』が終わり、わたしたちは披露宴会場に続くガーデンへ出た。そこでスタッフさんから、今度はカラフルな小さい折鶴をたくさん渡される。
「新郎新婦のお二人がこのガーデンの真ん中を通られるので、その時お二人にこれをかけてあげてください」
「これも、この地方ならではですか?」
「いえ、今回の結婚式は和風がコンセプトですから。キリスト教式だと、フラワーシャワーといって花弁をかけるのですが」
「あぁ、そうなんですか」
スタッフさんの説明に、わたしはもう一度納得する。何せ結婚式に出るのは生まれて初めてなので、初めて知ることが多くてちょっと新鮮だ。
「ほら、新郎新婦さんが来られますよ。皆さん、前方へ寄ってください」
スタッフさんに軽く背を押されたけれど、もともとあまり目立ちたくない性質のわたしは、兄や父がいるところにさりげなく自分の姿を隠した。彼らの間から、そっと様子を覗き見る。
三度姿を現した新郎新婦は、式で見た時はそんなでもなかったのに、何だかやたらと目立つ。それぞれ白い袴姿と、赤い着物姿だからだろうか。
ぼぅっと見ていたら、またわたしは出遅れてしまったらしい。周りにいるみんなが一斉に両手を振り上げたので、わたしも慌てて折鶴を抱えた両手を振り上げた。
バラバラバラッ
「ふふっ……ちょっと凛、どこに投げてるの」
どうやら新郎新婦まで届かなかったようで、わたしが投げた折鶴はほとんどが前にいた兄へとかかってしまった。「ごめんごめん」と笑いつつ、わたしの視線はやっぱり自然と新郎新婦の方へ向いてしまう。
「拍手してあげてください」
スタッフさんに言われ、パラパラと拍手をしながら新郎新婦を見送る。ぱたり、と中央の大きなドアが閉まると、わたしたちはスタッフさんの案内で、今度こそ披露宴の会場へ向かった。
会場へ着くと、あらかじめパンフレットに記載されていた席へと着く。いくつかのテーブルを十人前後ずつで囲むことになっており、わたしは父と兄と祖母、叔父夫婦、それから茉希姉さん夫婦と一緒のテーブルだった。
それぞれの家主の席には引き出物の入った大きな袋が置かれていたので、その中に――つまり、父のところに置かれていた袋の中に――邪魔になった荷物を投げ入れる。
「凛、久しぶりだねぇ」
ほぼ向かいの席に座った茉希姉さんが、しげしげとわたしの顔を覗き込んでくる。もうほとんど記憶が薄らいでしまっているわたしは、どぎまぎしつつ「あ、うん。ひ、久しぶり」なんて固い声を出してしまった。
わたしの右隣には兄が座っていて、兄と茉希姉さんの間には、多分式の時に茉希姉さんの隣にいた……のであろう、男の人が座っていた(顔が見えなかったので、よくわからない)。
「凛、この人が茉希ちゃんの旦那さんで、小沢浩樹さん。それで浩樹さん、この子が凛。僕の妹で、茉希ちゃんの従妹だよ」
兄が仲介してくれて、わたしは軽くぺこり、と会釈する。茉希姉さんの旦那さん――小沢さんは「よろしくね」と言ってにっこり笑った。
「茉希は、今何してるんだい?」
「小学校で、担任教師の補助みたいなことやってるよ」
わたしの左隣に座っていた祖母が、茉希姉さんに話しかけている。祖母の左隣には父がいて、その横には叔母と叔父が並んで座っていた。
「そうそう。今ちょうどね、坂敷小学校にいるんだよ。悟と凛が行ってたとこ」
「へぇ、そうなんだ。そこは、ばあちゃんも行ってたとこだよ」
「あ、そうなんだ。じゃあ結構昔からある学校なのね」
「うちから近いじゃん。知らなかったなぁ。ねぇ凛」
「あ、え……うん」
もともとの人見知りな性格も相まって、こういった親戚の集まりはあまり得意ではないわたしは小さく縮こまってしまう。ただでさえ気乗りしないというのに……。
ものすごい居心地の悪さを感じながら、わたしはこの宴が一刻も早く終わることを内心本気で願っていた。
そうこうしているうちに、会場が薄暗くなる。司会の人の言葉とともに、わたしのちょうど向かい側にある大きな扉が開いた。
新郎新婦――翔馬兄さんと佐都さんが、先ほどまでよりもずいぶんとリラックスした表情で入ってくる。もはや見慣れてしまった顔ぶれに、わたしが抱いた感想は『あの着物、重くないのかなぁ』だった。
やたらノリのいい音楽に、手拍子をしながら二人が通り過ぎるのを眺める。司会の人いわく、これは二人の共通の好みらしい。
「これから流していくのは、どれもお二人が選ばれたお気に入りの曲です」
ふぅん、と他人事のように思う。
当然ながらわたしは、初対面である佐都さんの好みは愚か、久しぶりに会う翔馬兄さんの好みすら知らない。ただ、二人の好みがほとんど似通っているという事実に、少しだけ寂しさとかやりきれなさとか、そういったマイナスな感情を覚える。
そこからは、いわゆるベターな披露宴という感じだった。
まず、スパークリングワインで乾杯から始まると、翔馬兄さんの職場の先輩だという人によるスピーチ。次に二人の馴れ初め的な話。ウエディングケーキの入刀。
そこでわたしは初めて、翔馬兄さんの職業をちゃんと知った。
彼は、冠婚葬祭のサービスを行う会社に就職して、その葬祭課と呼ばれるところで仕事をしていたのだという。つまり、簡単に言えば葬儀屋さんだ。
しかし今年度からは、冠婚課――つまり、今日何度も見かけているような、結婚式のお手伝いをする仕事だ――に異動することになり、これまでの仕事とのギャップに随分苦労しているという。
佐都さんは現在、ファッションショップで店長をしているらしい。翔馬兄さんとは、大学時代のバイト先だった共通のハンバーガーショップで出会ったという。
他には二人の休日の過ごし方とか、初めて会った時の互いの印象とか……わたしが全然知らなかった、翔馬兄さんの十年間が語られた。その度に、心に風が吹いたような心地になってしまって、思わず泣きそうになる。
うつむいているうちに、ライトが点いて、部屋が明るくなった。お色直しのために、二人はいつの間にか退場していたらしい。
ここからは談笑タイムだと、司会の人が告げた。知らないうちに運ばれていた料理に、何となく手を付ける。
周りは、家族や親戚たちがわたしのことなんてそっちのけで盛り上がっていた。兄は茉希姉さんたちと、祖母は叔母と、父は叔父と、それぞれ料理に手をつけつつ楽しそうに話している。
ふぅ、と小さく息を吐いて、わたしは立ち上がった。どうせ置いてけぼりなのだ、わたし一人がいなくなったところで、誰も何も思わないだろう。
まばらな人の流れに乗って、わたしは会場を出た。