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青いブーケ  作者:
1/9

その1

こないだ従兄の結婚式があったんですが、半分はそのレポみたいなもんです。ちなみにもう半分は作ってます。

…そういうお話です。

 電車と違って、大した揺れが感じられない新幹線の中。

 窓際の席で、乗り物に酔いやすいわたしは本を開いたり携帯をいじったりすることもなく(そんなことをしたら、言うまでもなく酔う)、だからといって眠ることもなく、ただぼんやりと遠くに目をやっていた。

 目の前を通り過ぎていく景色からは、少しずつ現実味がなくなっていく気がした。青々とした山の方に、おぼろげな桃色が僅かにぱらぱらと散りばめられて見える。

「ここにはまだ、桜が咲いているのね」

 誰にともなく呟けば、隣に座っていた兄が「そうだね」と肯定するように答えてくれた。

「向こうの桜は、もう散ってしまったけれど」

「まぁ、一応方角的には北に向かっているからなぁ」

 兄の次にそう言ったのは、わたしの向かいに座る父だ。

 仕事の忙しい父とこうやってゆっくりする機会もなかなかないので、何を話していいか分からなくて、少し緊張してしまう。でも一緒に過ごせて嬉しいかも、という気持ちも確かにあって、何と言うか落ち着かない、ふわふわとした気分だった。

 父の横に座っている祖母は、眠っている。日頃から忙しく動き回っている人だから、たまにはこうやって休むのもいいだろう。遊びに行くわけでは、もちろんないのだが。

 この日、父と兄はスーツを着ていた。ネクタイは、二人とも白だ。

 祖母は紺色の着物姿で、わたしはふわりとした黒いドレスを身に纏っていた。今は上にコートを着ているけど、目的地に着いたらピンクのストールを羽織るつもりでいる。

 そして、そんなわたしたちが現在向かっているのは、首都近くの式場。最寄りの駅で降りたら、そこから歩いて行くのだ。

「あと、十五分ぐらいで着くな」

 父の呟きに、窓の外へやっていた視線を戻す。時計を見れば、昼を少し過ぎた頃だった。

春生(はるお)叔父さんが、駅まで迎えに来てくれているんでしたっけ」

「あぁ」

 兄の問いに父がうなずき、寝ている祖母の肩を軽く叩いて起こす。兄はぼうっとしているわたしに気付き、心配そうに眉根を下げた。

「どうしたの、(りん)。酔った?」

「……んーん、大丈夫」

 取り繕うように、笑みを作ってみせる。

 大安吉日。天気もよく、絶好の日和。そんな今日は、おめでたい結婚式というイベントが行われるのである。

 ……でもわたしは実のところ、あまり気分が盛り上がらないでいた。


    ◆◆◆


 渡辺(わたなべ)翔馬(しょうま)は、父の弟である春生さんの子――つまり、わたしの従兄にあたる人だ。

 わたしと翔馬兄さん、それからその妹の茉希(まき)姉さんとは、あまり会うことがない。二人ともわたしや兄よりずいぶんと年上なので、とっくに家を出てしまった。昔は一年に二、三度程度親戚が集まって、そういった時に四人でよく遊んだものだけれど、今となってはもう、本当に会う機会が減ってしまっている。

 最後に会って喋ったのは、多分母のお葬式の時だから、わたしが中学生くらいの頃。……なんだかんだでもう、十年近く顔を合わせていないことになるのではないだろうか。

 茉希姉さんは先に結婚して、今は苗字が渡辺から小沢(おざわ)に変わっているそうだ。けれど、彼女の旦那さんになったという人には、まだ一度も会っていない。多分、今日初めて会うのだろうけれど。

 そして、翔馬兄さんは……。

「やっと翔馬も、嫁を貰う年齢になったかね」

 新幹線を降り、春生さんと合流してみんなで式場へ向かう途中、のんびりとした口調で祖母が言った。春生さんは嬉しそうに、「そうだなぁ」と笑う。

「何だか、感慨深いものがあるよ」

「これで一応、渡辺一族も安定だ。なぁ、春生」

「いやいや、どうせうちは分家ですから。ここは辰巳(たつみ)お兄さんのせがれである、(さとる)くんに頑張ってもらわないと」

「そうだな。悟、いい嫁さん貰えよ」

「あはは。いい相手がいれば、いつでも大歓迎なんですが」

「凛ちゃんも、しばらく見ないうちに別嬪さんになって」

「え、いや……その」

 さっきまで兄へ向かっていた話を、いきなりこちらに振られるとは思っていなくて、わたしはついしどろもどろになってしまう。もともと春生さんのことはちょっと苦手なので、なおさらうまく話せない。

「そんなこと、ないです」

 うつむいたまま、やっと、それだけ言うのが精一杯だった。

「ごめんなさいね、凛は人見知りで」

 祖母がそうフォローしてくれたけど、春生さんもそのあたりのことには薄々気づいているのだろう。曖昧に笑みを浮かべ、「全然いいよ」とうなずいた。

 式場へ向かうにつれ、始まりの時間が近づいていくにつれ、わたしの気持ちは少しずつ重くなっていく。しょんぼりとうなだれている、その理由はわたしにもよくわからない。

 心当たりは、あるのだけれど。

「凛、体調が悪いんなら、遠慮しないでいつでも言うんだよ」

 わたしの様子がおかしいことに気付いたらしい兄が、そっと耳打ちをしてくれる。その優しさが、わたしには少し痛かった。


 式場に着いてから、祖母に付き添われて更衣室へ向かった。そこで着ていたコートを脱ぎ、持ってきていたピンクの薄手のストールを羽織る。

「よく似合ってる。大人っぽいよ」

 そう言って、祖母は笑ってくれた。わたしは重い気持ちのまま、「ありがと」と何とか笑みを作ってみせる。

 更衣室前で待ってくれていた父と兄と合流し、スタッフさんの案内で式場の受付へ向かう間も、わたしはぼんやりと、どこか他人事のように思いながら、絨毯の上を歩いた。


 ――わたしには、一つ秘密がある。

 生まれてこの方、家族にも友達にも言っていないし、そのことを明確に意識して、自ら口にしたことだって一度もない。無自覚では、もしかしたら言ったことがあるかもしれないけれど……それでもきっと、それが本気だってことは誰も知らないだろう。

 わたしはこのことを、一生隠し通さなくちゃいけないと思っているし、言葉通り墓場まで抱えて持っていく覚悟でいる。

 わたしにとっては、それくらい重大で……そして、とっても大事なこと。


 誰も知らない、わたしだけのひめごとだ。

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