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花火

作者: 夏帆

初投稿です。R15は念のため。息抜きに読んでもらえたら嬉しいです。

空に花火が上がる。一瞬の光に、一層闇が深くなる。その瞬間、自分が隔離されてしまったような孤独を感じた。

ふと右腕に汗ばむほどの熱を感じる。慣れ親しんだそれは、私を安堵させた。そっと右上を見れば、熱の持ち主が子供のような表情で空を見上げていた。見慣れてしまった端正な横顔が花火に照らされては翳る。

私と彼の顔の距離は遠い。手を伸ばせば届くのだけど、それがまるで心の距離を表している気がして、ふと淋しくなった。

「どうした?」

私が見つめているのに気づいた彼がこちらを向く。どうやら、花火は一端終わったらしい。

私は首を振ると、そっと彼に寄り添った。淋しい、と感じてしまった自分が恥ずかしくて顔を俯ける。

「香歩、暑い」

その言葉の中に、照れ臭さが隠れているのを私は知っている。彼がつっけんどんな態度を取るときは、恥ずかしかったり照れているとき。別に嫌がっているわけではないのだ。それを知るまで、1年かかったのだけど。

最初はその態度と言葉に傷ついて、何度も泣いたし別れようと思った。いや、別れたいと実際に言ったことがある。その時の彼の慌て方は半端なかった。ヘコむだけヘコんだ蒼白な顔をした彼に、私の方が混乱をした。

私の不安を打ち明ければ、彼はぽつりぽつりと本音を話し始めた。私を大切に思ってくれていることや、人前でくっつくのは照れてしまうこと、でも実は嬉しいと感じていることを教えてくれた。

「ごめん」

謝る彼が可愛くて。もっと私は彼を好きになった。今は、彼と別れるなんて考えられない。

私はさらにくっついて彼の左の手のひらに自分の右の手のひらを重ねた。すると応えるように彼が指を絡め、しっかりと握り締めてくれる。

「…彰君のバカ」

「何が」

「意地悪だもん」

「どこがだよ」

「そうやって、私のしてほしいこと、してくれるもの」

囁くように交わされる他愛のない会話に、じんとした。


幸せ、だと思う。


彼と付き合い始めて3年、緊張やトキメキは感じなくなっている。その代わり、隣にある温もりに安堵を覚えたり、何気ない日々に癒されたりするようになった。傍にいることが当たり前で、空気みたいだ。いなければ息ができないくらい苦しい。

大学を卒業したての頃は、ドキドキするのが恋愛だと思っていた。しかし今は、互いの存在を認め合うことも恋愛だと思う。

「彰君、私、幸せだよ?」

見上げて微笑めば、彼は驚いた顔をした。夜目にも分かる、顔が真っ赤だ。

「何だよ、急に」

「ううん、幸せだなぁって」

私は彼の左腕にぎゅっと抱き付いた。遠くで花火の上がる音がする。一つ二つと上がる度に、私の心にも花が咲く。

「俺も」

聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟く彼。もう一度見上げれば、優しい表情で彼が私を見下ろしていた。蕩けてしまいそうな視線に、今度は私が赤くなる番だった。外でこんな風に甘い雰囲気を彼が作るのは珍しい。人が周りにいないということと闇に包まれているということが彼を大胆にしているのだろうか。いずれにしても、普段は二人きりの時にしか見られない彼に、私はあり得ないくらい心臓が高なっている。

そんな私にふっと笑い、繋いでいた手を放し向き直ると、両頬を包んだ。大きな手が大切なものを扱うように優しく何度も撫でる。

どうしよう、心臓が飛び出しそう。

彼は余裕そうに微笑んでいる。熱の籠った瞳が、私を映した。

「香歩、ドキドキしてる?」

「し、してないもん!」

天邪鬼な私は動揺を隠そうとしたがしっかりとバレているらしく、悪戯な眼差しを向けて

「嘘つき」

なんて言ってくる。

「そん、そんなこと、ないよ!彰君こそ、ドキドキしてるでしょ!」

「してるよ。ヤバいくらい、ドキドキしてる」

「え?」

口をぽかんと開けた私の右手を取り、彼は自分の胸に当てさせた。服越しに感じる筋肉質な体と熱、とても速い鼓動。

「な?」

恥ずかしそうに、でも嬉しそうに彼は言う。

「彰君…」

「香歩、いい?」

何が、という質問をしようとして止めた。彼の顔が近づいてきて、私はそっと目を閉じる。

ゆっくりと触れた唇。背の高い彼との距離がゼロになる。

啄むキスがもどかしくて、もっと近づきたいと心が疼く。せがむように彼の首に腕を回せば、互いの吐息さえ奪う噛みつくみたいなキスに変わった。

何故だろう。彼のキスはいつだって私を満たしてくれる。不安や戸惑いも包み込んでくれる。他の人では一度も無かったのに。それだけ、私にとって彼は特別なのだ。改めて実感する。

やがて離れた唇に、ゆっくりと目を開けると、愛しげに見つめる彼が見えた。熱っぽい瞳に胸がきゅっと締め付けられる。

吸い込まれそうな、茶色の瞳。歯並びは良くないけど、愛嬌のある口がゆっくりと動く。

「結婚、しようか」

また一つ花火が上がる。触れられたままの頬が熱い。

彼の言葉に応えるのは一つだけ。ずっと前から決めていた。

「…はい!」

返事をすると涙がぽたりと彼の手を濡らした。彼は涙を拭うと私を抱き寄せる。

「待たせてごめん」

強く抱き締められて、耳が彼の胸に密着する。聞こえてくる心音はやっぱり速い。

「大好き」

呟けば、照れ臭そうに笑って、

「愛してます」

と畏まって告げてくれたのだった。


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