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天井

とあるパチ屋

ここに一人の冴えない男がいた

背は低く、猫背気味、頭髪はさびしく、目はうつろ

絶えず陰気な雰囲気を放ち、狭い通路で若者とすれ違うときなどは

しかめっ面をされることも、しばしば

彼の身につけているものといえば、新卒で入社した際、購入したスーツとスラックス、古い服だがいい生地だ。しかし、着こなし方ときたらなんとも粗雑で、だらしのない性格が完全に出てしまっている。社会に出る時は輝いていたのだろうか、果たしてそのようなときがあったのだろうか、今ではヤニ臭いだけのボロを身にまとう、悲惨な男である


彼の職場での評判は、芳しくないことは想像に難しくないであろう 実際彼の職場での扱いは、お世辞にも良いとはいなかった 女子社員にはまるで相手にされず、また彼が時たまミスをしたときなど、ネタにされかと思いきや、そのようなことがあったことも、ほとんど問題にあがらず、ああまたかと、まるで触らぬ神にたたりなしといったような態度で、子供が散らかした積み木やおもちゃを、さっさと片付けてしまうがごとく処理してしまうのである このような女子社員の対応に彼もいぶかってはいた せめて自分の尻は自分で拭こうと、自分の仕事の不出来さを、反省し周囲の人に仕事内容の改善を図ろうと意見交換を試みたこともあった しかし、彼は自分の容姿からくる負のオーラが、そもそもの原因であると気づくことはなかったようである


いつものように、寝癖のついた頭で仕事を段取っていると、新入の女子社員が、先輩社員にこっぴどくしかられているのを目にした これこれそんなに怒鳴らんでも、まだ慣れていないのだからと間に入って取り持とうとした なぜ自分がそんなことをしたのかわからないが、何故かそのときは考えるより先に、体が動いていたのである すると、二人は突然現れた、来訪者に、一瞬固まってしまった そして先輩のほうからは、はあ、構わないでくださいとのこと 後輩のほうは何か ぞっとした おびえの入った目で彼を見つめている そして何事もなかったかのように、二人は足並みを揃えて職務に戻るのである。彼の職場の歯車は、きちんとかみ合って回っていた。そう、彼を除いては


ある日のこと、会社の定例会議で彼はぼんやり当期目標が掲げられたホワイトボードをぼんやりとながめていた。そして将来有望な同僚たちが、意見交換しあう中、あろうことか彼はついうたた寝をしてしまい、部長に叱責を受けることになってしまった。そのときの彼を、同僚は冷ややかな目をくれ、バカにし、嘲笑する様子はもはや、この会社の日常的な光景となりつつあった。そんな役立たずの彼を、ごく一部、同情の念を寄せる者もいるにはいた

。この会社の代表取締り役であるこの取締役、会長の息子であり、年も彼とほとんど変わらない、ボンボンなのだが息抜きにパチスロをたしなむ男なのである。そして彼がパチ屋で、みすぼらしくうろうろと、さまよっているところを目撃したのである 同じ共通の趣味を持つものとしてほんのわずかに親しみをもっていたわけであるが、会社に対してろくな貢献もせず、月給をスロットマシンに飲ませているだけの社員に、立場上あまり近づくことはできない ぼんぼんは、本部長の右隣に座って、叱責にひたすら平謝りで、何の進展もありそうもない目の前の光景を眺めながら思った


この男、なんとか一皮向けないものかと


彼は行きつけのパチ屋で、はあ、と小さくため息をついた

スロットマシンのデータカウンターに、神々しく数字が輝いている

1566G ボーナス当選 オメデトウゴザイマス!

このスロットマシン、1600Gで天井に到達し、理屈の上では彼の一月分の月給に相当するメダルが放出されるのだ

そして、天井狙いは見事に失敗した

ほんの100枚あまりのメダルを指でなぞり、ひとつつまみあげ、しげしげと眺めながら、いつになれば、これに飽きるときがくるのだろうか、つぶやいた。

と、突然後ろから、飽きることがないのは執着しとる証拠だ!と声がした

振り返るとそこに、覚えのある男がニコニコして立っていた

たしか、部長の隣に座っていた・・名をなんといったろうか 覚えてはいないが、かなりのお偉いさんであることは間違いない

ドギマギしながら、立ち上がると彼は続けて

その台、熱いねぇ ほんの少しだったのにねぇ ニコニコからニヤニヤと意地の悪い感情が、みてとれる


あ、ああまあね・・と彼はつぶやいた


あまりに手ごたえのない反応に、ボンボンは少し呆れ


まあ、ギャンブルなんぞ勝負勘の鋭い人間でないと手を出すべきではないわな、何も残らんわ などともらし今度一緒に私の行きつけの店で勝負しようかといってくる


そうですね、機会があれば・・と彼ははにかみながら応えた


するとボンボンは満足げに笑みを浮かべ、ではまた声かけるわ、というと出て行ってしまった


あまりの急展開に彼はしばし呆然としたが、お偉いさんと行動をともにするのは、初めてのことなので期待と不安が入り混じりその日の夜はあまり眠れなかった


それから1週間後の夕暮れ時


彼はボンボンと一緒に黒塗りの高級車の後部座席にいた

自宅に帰ると、わざわざ迎えに来てくれたのである

これには驚き、もしや自分に何か、特別な、あまり大きな声では言えないことを頼まれるのではと警戒しつつも、牛皮のプレジデント仕様の席に腰を下ろしたのだが、どうにも落ち着かない


どちらに向かうのですかとたずねてみても、まあついてからのお楽しみということで、とだけいうのだ


車はICに入り西へと向かっている


最初のIC、ここはプロのライターもよく来店する、大きなパチンコチェーン店の本店があるところだ


何事もなく通り過ぎる


車はスピードを上げ、ただ走り続ける


たまらなくなり、つい声を荒げて、どこに連れて行くつもりなのかと尋ねた


いや、実はうちの保養施設にまで行こうかと思ってな


彼は呆れた


そこまで車での移動となると、もうどこかに宿泊しないといけなくなるだろう


それならいろいろ準備してきたのに


いや、何も気にせず、ただのんびり構えて、このボンボンにすべて任せておきーな、今日はお客さんのつもりでおったらいいから


と笑う


いったい何を考えているのか、冴えない彼には皆目見当もつかなかった


車に乗ってもう何時間経過しただろうか、日はどっぷり暮れてしまい、ここはどこなのかわからない


どうにでもなれと思った


車は保養施設に着いた


ホテルから、支配人らしき男が飛び出してきて

ボンボンに恭しく頭を下げ、何かをいうと

ちらりと彼のほうを見た

そしてボンボンが、何かを支配人に伝えると

こちらを向き、彼に向かって今日はもう遅いから部屋に戻って休んでなという

何もすることがないので彼は、部屋を抜け出しきょろきょろと施設内を探検していた


ロビーのほうから声がしてくる


今日来てもらった彼に、明日はたっぷりと楽しませてあげようかと思う 彼の大好物は天井だ 天井 わかるな 何人かの従業員は上を見上げた そのような従業員にはしっかりと明日すべきことを説明するのである


彼はそそくさと部屋に戻って寝た


次の日の朝


起きるともう昼前であった


誰も彼を起こそうとはしなかった 


のそのそと立ち上がり、浴衣から昨日と同じ服に着替えた いつの間にかクリーニングを済ませてくれていたのか、柔軟剤のにおいがする


部屋の扉をあけ、きょろきょろとしていると、ボンボンの声がしてくる


ロビーに向かうと、そこには知った顔が何名かいた 本社勤務のエリートだ


そしてボンボンは彼を見つけるとおそい朝食を取らせ、エリートとともに昨日乗って着た高級車に乗り、本社のそばのパチンコ屋さんへと向かった


店に入ると、異様な熱気が漂っている


その中に一列、すべて見知った顔が10人並んで、スロットマシンにコインを投入し、レバーをたたいている ちょっとこれ、うまく揃えられないわ 先輩どうしよう 仕方のない子ね!ほら、ここを狙うの ね揃ったでしょ 後輩は楽しそうに先輩と並んでメダルをジャラジャラ箱に詰め替えている 会社では見たことのない光景だった


呆然としていると ボンボンが、おや何たる偶然!と彼に向かって叫んだ 


おい見てみろ、ここにいるのはみな我が社の社員たちだ、しかしみよ、彼らの勝負運のなさを!


勝っているものも、何名かいることはいる しかし、10名にわずか一人だ!彼なんぞみよ、一体何時間ここで座っているのやら、たった一度の大当たりも引けておらんではないか!ちょっと、一発お手本をみせてあげないか!おい、席を変わりな!


ボンボンが立たせた男は、昨日ホテルのロビーで天井を見上げていた男だ 今まで朝からずっとここで座ってリールを回していたのだろう 少しやつれているようにも見える 


ふらつき立ち上がる男に大丈夫かと声をかけるも、いえお構いなくと、よろよろとよろめきながら自販機の横にある休憩スペースへ行き、そこで仕事仲間と思しき連中へいき、気が狂いそうだわと苦笑いしている


彼はデータカウンタをみた 天井まであと1G


彼は席に着いた


目指していたものが、すぐ目の前にあった


しかし何だろうこの感覚は、もやもやとしたものが彼の体にまとわりつく


自分は一体今の今まで、なんだったのだろうか


千円札を投入しメダルを借りる 10枚ほどいれ、レバーを叩く


大きな音が鳴り、派手な演出が彼を祝福した 


そしてメダルをジャラジャラと箱に詰め替え、もう十分ですと、ボンボンに言った


おや、なんだ遠慮しておるのか、皆、彼はもう自分の勝負力を使い果たしたといっている そんなわけがなかろうがと笑った


ほかの社員もみな、彼を見つめている


いや、もう本当に結構なのだが 仕方なくレバーを叩く、きた幻の確定音 彼の耳にキンキンと鳴り響く


これほど不快な音だったろうか もうこんなうるさいところには一時も居たくない


よろよろと彼は立ち上がり、誰か変わってくれんかと力なくつぶやいた


後輩の女の子が物欲しげに見つめていたのをみて、ボンボンは彼女を台に手招いた


彼女はあっという間にドル箱を積み重ねていく


彼はそんな光景を後ろで呆然と眺めていた そして、ああもうこれでこれ以上打たなくて済むと安堵していた 社員たちは、彼女の台の様子を見たり、自分の台を睨みつけながらレバーを叩いたりしている ボンボンはエリートと仕事の話でもしているのだろう、少し顔が険しい もはや彼に注意を払っているものは誰もいない


店員がやってきて、ドル箱を積み上げる ここに立っていては邪魔になるな


休憩所のマッサージチェアに座り、天井を見上げて彼は思った


さて、明日からどうしようかと 



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