7、きび団子はもらえません
早速エミーリアに魔物退治を提案しようと、森へ歩いて行こうとするカローラを必死に宥めて、翌朝にエミーリアの家に行くこととなった。
エミーリアの家は村から歩いて30分ほどの距離があるため、村人の騒めきが聞こえなかったのだ。
いざというときに、エミーリアだけがこの森に取り残されそうで、心配だ。
朝を待って、カローラとともに森の小道を歩いていく。
森はいつものように静かで、昨日の騒めきがなかったように感じてしまう。
「早くいこう!」
カローラの歩調が森に入った瞬間に、それまでの速足から駆け足に変わった。
横に並んでいたのだが、今はカローラの背中しか見えない。
カローラにつられるように、俺の歩調も速くなっていく。
「なんでそんなにやる気あるんだよ……」
カローラの後をついていきながら、力なく呟く。
耳ざとくそれを拾い上げたのか、カローラが勢いをつけて振り向いた。
「当たり前でしょう? 村人が襲われたのよ! 村長の娘として、魔物を倒して危機を救うのは当然のことだわ!」
「本音は?」
「食べるものがなくなって毎日お腹がすくのよ! 食料を食べやがった魔物なんか絶対に許さない!」
やっぱりか。
村長の娘の自覚が出てきたものの、カローラはまだ村のために危険な目には合おうとしないだろう。
そういうのは、過保護な父親に投げるはずだ。
にも関わらず自分から行動するということは、自分に被害が届いたからに過ぎないだろう。
カローラは剣の修行を始めてから、体力と同時に食料消費量も大幅に増やしていった。
普段の食事でも足りないといっていたのに、今年は飢饉に魔物と災難が続いて少なくなっているのだ。
彼女にとっては死活問題なのだろう。
駆け足で進んでいたおかげで、20分もたたないうちにエミーリアの家まで着いた。こじんまりとした家の周りは、繰り返された魔術や剣の修行のせいで掘り返され、茶色の路面が所々から見える。
「エミーリアさーん! カローラです!」
カローラが大きな声をあげながら、扉を強めに叩く。だが、エミーリアは中々姿を見せない。
俺はカローラと向き合い、呆れながら頷いた。
そんな俺を見てカローラは苦笑し頷き返すと、扉のノブに手をかけてゆっくりと開いた。
エミーリアは朝に弱い。
それは、彼女が森の中に暮らしている理由の一つでもあるくらいだ。曰く、日光を遮れる森の中は、涼しくて遅くまで快適に寝ていられるらしい。
俺たちが訪れても、寝ていたことが何回もあった。そのたびにうるさいノックで叩き起こされるため、エミーリアは鍵を掛けなくなったのだ。
以来、エミーリアが寝ていると、家の中へ入って起こすことになっている。
朝の鳥の声だけが聞こえる静かな家へと入る。
エミーリアは物に頓着しないようで、部屋の中は必要最低限のものしかない。例外は、彼女の部屋にある大量の魔術書ぐらいだ。
入ってすぐのリビングを抜けて、奥の部屋へと入る。
本棚とベッドだけの狭い部屋である。
木の堅そうなベッドの上で、エミーリアがすやすやと寝息を立てていた。
「エミー姉」
声をかけて、エミーリアの体を上下に揺さぶる。
ちなみにカローラは、前回耳元で大声をあげて起こしてエミーリアの怒りを買ってしまったため、今回は隣でおとなしくしている。
「ん……。アルフ……?」
目を覚ましたエミーリアが、目をこすりながら上体を起こす。
ぼーっとしていて、見るからに眠たそうだ。
そのままにしておくと二度寝をしそうなので、被っている布団を剥ぐことにする。
「うわっ、何すんのよ!」
エミーリアが慌てて布団に手を伸ばすが、その分俺が遠ざけるため、届かない。
すぐに諦めたのか手を下して、俺を恨めしそうな目で見つめてくる。
そんなに見つめるなよ。照れちゃうだろ。
「エミーリアさん! わたしたちで魔物を倒しに行きましょう!」
「……は?」
過程を全てすっ飛ばして言うカローラ。両手にはガッツポーズがされていて、いかにもやる気満々といった感じだ。
そんなカローラをみて、話を聞いても意味がなさそうだと悟ったらしい。エミーリアは視線で俺に説明を求めてきた。
ため息をついて、昨日のことをかいつまんで話した。
「そう、とうとう襲ってきたのね……。怪我人の様子はどう?」
「それがね! アルフがすごかったの! 魔術であっという間に治しちゃって!」
事態を把握したエミーリアが聞くと、カローラが興奮冷めやらぬ様子で即答した。
「魔術……?」
困惑ように、カローラの言葉を繰り返す。
しばらくしてその意味を理解したのか、目を見開いて俺をまじまじと見た。
「アルフ、光魔法が使えたの? それで怪我を治したの?」
「ああ。昨日はじめて使った」
俺が問いに頷くと、エミーリアは少し視線を下げて考え込んだ。
そして何かに納得がいったのか、「ああ、なるほど」と呟いた。
「だからカローラがこんなに張り切って退治に行こうとか言ってるわけね」
「ああ、そういうことだ。反対してやってくれ」
「反対? 別にしないわよ」
「は?」
エミーリアの言葉に、今度は俺が目を丸くした。
エミーリアはカローラのストッパーである。7年も一緒にいたことで、マイペースな性格を完全に把握している。行き過ぎた行動をするたびにエミーリアが、大人として止めていた。俺が止めることもあったが。
だからこそ、今回もエミーリアが止めるだろうと思っていた。
エミーリアは、子供2人と大人1人だけで魔物と戦う危険性を知っているからだ。
何故だか隣で偉そうに胸を張るカローラを肘で小突き、エミーリアに話の続きを求める。
「回復役がいるなら、私たちのチームは完璧じゃない。剣を扱う前衛のカローラに、広範囲魔法が使える中衛の私に、光魔法が使える後衛のアルフ。めったなことがなければ負けないと思うわよ。今回の相手はどちらかというと雑魚の部類だしね」
「雑魚? エミーリアは、村を襲っている魔物が分かるのか?」
「ええ、被害から見れば大体はわかるわ。
夜遅くに人里へやってきては、食料を食い漁り建物を破壊する。この習性から見るに、おそらくゴブリンやオークの類でしょうね」
「ゴブリン?」
エミーリアの推測に、俺は首をかしげる。
ゲームの中での記憶だが、確かゴブリンは人間の女性を襲う習性があるのではなかったか。
だが今回は男が怪我をしたのみで、村の女性は誰も被害にあっていない。
俺の言いたいことが分かったのか、エミーリアは一つ頷く。
「ええ。ゴブリンは女性を襲うものだと思っていると思うけど、それは人里から遠い個体たちには適応されないのよ。多分、そもそも人間を見る機会が少ないからだと思うわ」
「ああ、なるほど」
人間の姿を見る機会がないから、ゴブリンとは違う人間の女性の美しさが分からないのだろう。
だからこそ、グエラ村は長い間魔物の被害にあっていなかったのだ。
俺が頷いていると、よくわかっていないような顔で説明を聞いていたカローラが、考えることを放棄した。そして無理やり話をまとめにかかる。
「とりあえず、わたしたちなら魔物に勝てるってことでしょ? なら、早いうちに行こうよ! これ以上食料が少なくなるのはごめんだわ」
「そうね、でもカローラ。そこは村の被害が大きくなる前に、って言いなさいよ」
「う……。もちろんそのことも考えてるって」
エミーリアの肯定に顔を輝かせたカローラだったが、指摘を受けて眉をひそめた。俯いて、ぼそぼそと言い訳を垂れ流す。
「……はあ」
これは行くしかなさそうだ。
俺はため息を一つ漏らしてから、2人と視線を合わせる。
「じゃあ、行くか」
俺の言葉を受けて、エミーリアとカローラはお互いを見やって笑った。
「うん!」
「ええ」
もしかすると村長に止められやしないか、と思っていたのだが見事に裏切られた。
「カローラ、剣はちゃんと磨いたか。途中で摂る水分は持っているか。体調は万全か」
村長は愛娘のカローラだけをひたすら心配していた。
まるで修学旅行のしおりのような確認作業である。
俺の口から乾いた笑いが漏れ出た。
それでも、心配こそされたが止められることはなかった。
村長もきっと、魔術や剣術が使える俺たちに頼らなければならないと、薄々感じていたのだろう。
村人たちも俺たちの心配より魔物がいなくなる安心感のほうが多いようだ。魔物を退治してくると告げると、ほっとしたような表情をしていた。
まだ倒していないというのに、呑気なことだ。
少し腹が立ったが、顔には出さなかった。
エミーリアやカローラが俺よりも気分を害しているようだったからだ。
前を歩く2人から放たれる怒りのオーラに背筋が凍る。
おかしいな、冷や汗が止まらない。
「な、なあ2人とも……少し落ち着こうぜ」
声をかけた瞬間に、いつもは見ないような恐ろしい顔で2人が振り返る。
同時に2人から「はあ?」という、やけに威圧のある声が出された。
なんとなく、カツアゲにあっているような気分になった。
「村のみんなも、魔物が怖くてああなってるんだよ。被害がなくなればすぐにいつもみたいに戻るって……多分」
「いくら怖いからって、私たちを追い出すような真似はしないでしょう。普通」
「納得いかないわ」
根拠のない宥め方をすると、エミーリア、カローラと順に文句をいただいた。
言い放つと少し満足したのか、再び前を向いて歩きだす。
正直俺に言われても、というのが本音である。
とはいえ、俺も少し頭に来ているのだ。2人が怒るのも無理はない。
先ほどの村人の反応を思い出して、思わず苦笑した。
俺たちがエミーリアの家がある南の森から出て広場へ向かうと、昨夜のようにまた村人が集まっていた。
とはいえ、何か被害があったわけではない。
人と集まって、魔物の不安から逃げようとしていただけである。
そんな中で俺たちが魔物退治を告げると、できるだけはやくいってほしいと口々に言い、あれやこれやのうちに準備がなされ見送られたのだった。
そこに、俺たちを心配する声は一つもない。
もちろん村長は除いてだが。
俺たちも怪我をする気は毛頭ないものの、村を代表して倒しに行くのだ。
もうちょっと対応の仕方が他にもあったのではないか。
気の進まないまま重たい足を動かしていると、前方に壊れた柵が見えた。
全体的に腐敗して、ボロボロという言葉がよく似合う。先日壊れた、北側の柵だ。
壊れて地面に転がっている竹を跨いで、北の森へと入る。
村の北側に広がっている被害から見るに、ゴブリンたちの巣はここにあるだろう。というのがエミーリアの見解だ。
南の森と比べて、どこか鬱蒼とした雰囲気だ。
太陽の光が全く差さないため暗く、日陰とじめじめとした木々しか見えない。
木には苔やら蔓やらが無造作に絡みついていて、いかにも何かがいそうである。
「洞窟があったら教えて。ゴブリンたちがいる可能性が高いわ」
「わかった」
「わかりました」
エミーリアの言葉にそれぞれ頷く。
そして事前に話していた通りに、3人で間隔を開けて三角形の形をとる。
カローラが前、その左斜め後ろにエミーリア。エミーリアの隣に俺が位置している。
俺は陣形が取れたことを確認すると、担当である右側に目を走らせていく。
ちなみに、カローラが正面でエミーリアが左側だ。
出来るだけ奥まで見ていくが、木が見えるのみで洞窟のようなものはない。
2人も見つからないのか、しばらく無言のまま森の中を歩いた。
そして一時間が経過した頃、「あ」というカローラの間の抜けた声が聞こえた。
「どうした?」
前に視線を戻して聞くと、カローラが正面を指さした。
カローラの指先をたどっていくと、ごつごつとした岩が積まれた洞窟らしきものがあった。
「あれじゃない?」
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