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6、グエラ村の危機

やけに重たく感じる鍬を畑に突き刺して、額の汗を袖で拭い去る。

夏も終わりに近いこの季節。

太陽はいまだにじりじりと照っていて、俺の体から水分を奪っていく。


魔術の訓練を積みながら、俺は10歳になった。

6歳から農作業に従事するグエラ村だ。当然、俺も6歳からずっと働いている。

長時間鍬を持つ手は豆だらけだし、引きこもっていた前世に比べると格段に体力が付いた。


銀髪に、緑色の目、無駄な脂肪がついていない体。

それなりに顔の整っているイケメンといえる部類ではないだろうか。

ますますハーレムの夢が広がるな。


と、まあそんなバカなことを考えながら畑を耕しているわけだが。

もう夏の終わり、つまり収穫の時期である。

だというのに、俺を含めて数人の村人が耕しているこの畑は、ほとんど芽が出ていない。

随分と長い間、太陽が出ずっぱりで雨が降っていないのだ。


3歳から暇を見つけては修行してきた魔術で、雨を降らせてはいる。

だが、村の田畑が広大すぎて、俺一人では雨が足りないのだ。

エミーリアは水属性の適性がないし、他の村人たちはまず魔術が使えない。

魔法で出せる範囲の水では、とてもではないが田畑を潤うことなどできなかった。


日照り続きの収穫難を解消するため、俺も水の魔術を習得しようとしているのだが、広範囲の魔法となると難易度が高い。エミーリアは広範囲魔法が使えるようなので、時間があればご教授願おう。


そうした事情もあり、この村は今、普段にもまして貧乏になっている。

主食はかっちかちのパンで、スープには野菜が取れないため、ほとんど何も入っていない。そもそも食事自体も、毎日3食は食べられず、常におなかがすいているような状況だ。


俺と同じく暇を見つけては修行に打ち込むカローラも、現状にうんざりとしているようだ。よくお腹がすいたと俺に泣きついてくる。


修行とはいっても、カローラの場合は剣の修行である。

魔力量が非常に少ないカローラは、結局どう足掻いても初歩の初歩である一部の魔法しか使えなかった。落ち込むカローラに魔術以外を磨けばどうかというと、彼女は村長宅でもある自宅から、古ぼけた剣を持ち出してきた。そしてそれを、剣術がわからないなりに俺たちからアドバイスを受けつつ振るっていると、カローラは予想外なほど伸びた。

カローラの魔力量は全て剣術のために消えていたのだ。


俺もたまに剣を振るってみるものの、カローラには到底及ばない。

同じく普段剣術を使わないエミーリアからは、一本をとれるようになったのだが、カローラには一度も勝ったことがないのだ。


「アルフー!」


噂をすれば影である。

ようやくの休憩時間に入った途端に、カローラが俺の隣の畑から駆け寄ってくる。

剣の修行に農作業。それを毎日繰り返している彼女は、今日も元気が有り余っているようだ。


「お疲れ」


カローラが差し出してくる空になった水筒に、魔法を使って水を注いでやる。

入ったばかりの水を、カローラは勢いよくグビグビと飲むと、ぷはぁと気の抜けた息をつく。

おっさんか。


「そういえばアルフ、聞いた? 魔物が来たかもしれないっていう話」


思い出したかのように、唐突に話を振ってくる。

もちろんカローラの言う話は知っているため、小さく頷いて見せる。

伊達に小さい頃から情報集めをしているわけではない。


「ああ。村の北側の柵と、倉庫が壊されたことだろ? 倉庫は扉が壊されていたり、中が荒らされたりしていたらしいな」


柵については特に何も言わない。

村の柵は非常にぼろく、あんなものでは魔物などどころか少しの強風でも耐えられないと思っていたのだ。魔物が壊したわけではないかもしれない。


「倉庫なんてどうでもいいよ! 問題は食料を食い荒らされたことでしょ!? ああもう、今年はただでさえ少ないのに!」


魔物許すまじ、というような表情だ。

それに関しては俺も全面的に同意なんだが。


「今年は災難続きだな。もともと余裕があるわけじゃないのに、こうなったら村が持つかどうか……」


「村は何としてでも守るわよ! お父さんの村なんだから」


ため息をつきつつ俺が弱音も漏らすと、カローラが強い口調で遮る。

カローラも12歳になり、村長の娘の自覚も出てきたのか、村を守ろうと息巻いている。

ふと、いかつい顔をした村長の顔が浮かんだ。


「村長さんは一人でも生き残りそうだけどな」


会うたびに増えていく筋肉に、ただ唖然とするばかりだ。

全く逞しすぎる村長だぜ。

ただ、魔物相手ではあまり役に立ちそうにないが。農作業をするばかりで、実践などほとんどないだろうから。


偉そうに村長のことを語ってみたものの、俺も実践はまだない。

魔物がこの村に来るなど、俺が生まれてから初めてのことなのだ。精々が、獣を狩った経験があるくらいか。


「アルフ、カローラ」


俺たちの名前を呼びながら、エミーリアが近づいてくる。

白い指なしの手袋が着けられているその手には、小さなパンが2つある。どうやら、食事の配給に来たようだ。


「お疲れ。今日はパンしかないんだけど、倒れないように水分をちゃんととってね」


「えっ、パンしかないの!? あのうっすいスープは?」


「野菜がやられちゃってね、スープが作れないのよ。このパンだって、もうあまり蓄えがないの」


やるせなさそうに首を振るエミーリア。

壊されてしまった北倉庫のせいで、もともと少ない食料が4分の一になってしまったのだ。その被害は、思っているよりも甚大なのかもしれない。

カローラは受け取ったパンを見て、「これだけ……」と泣きそうになっていた。


「じゃあ、私はもう行くわ」


食事の配給を任されているエミーリアは、あまり道草を食っている暇がないのだ。

たった30人程度とはいえ、広い田畑に点々といる村人全員に配らなければいけないのだから。


去っていくエミーリアの姿を見つつ、パンに噛り付く。

いつものことながら固く、普通に噛んでもちぎれない。奥歯まで差し込んで、捻るようにして思いっきりパンをちぎる。

パサパサとした触感が、口の中の水分を奪っていく。何度も何度も噛むことによって、ようやく小さくなったパンの欠片を、無理やり飲み込む。

ふわふわと柔らかい、前世のころのパンが懐かしい……。


隣では、カローラもまた同じようにパンに噛り付きながら、ぶつぶつと文句を垂れていた。


「スープがないと固すぎて食べずらいじゃないの……。何でよりにもよって今年、魔物なんかが来るのよ……」


パンを口に含んでは、水筒の水で奥へと流し込んでいる。

顰めた眉から、その味がうかがえる。


なんとか食べきって、手に残ったパンくずを叩いて払い落とす。

空腹はあまり拭えなかったが、致し方ない。

ため息を漏らして、畑に突き刺した鍬を手に取った。もうすぐ休憩が終わる時間だ。








静かな夜にそぐわない、村人たちの騒めきで目を覚ました。

魔物の襲撃が原因で、食事がさらに貧相になってから、1週間がたった夜のことだ。


まだ眠たい眼をこすりながら、寝間着のままで家を出る。

既に両親はおらず、どこかへ行ったようだった。


村の広場へ行ってみると、騒めきが一層大きくなった。

30人程度いる村人が、ほとんど集まっているようだ。広場という割にはあまり広くないここは、村人たちがいることでいつもより狭く感じる。


「アルフ! やっと来た!」


村人の集団の中から、青い髪の美少女が飛び出してくる。腰に剣を差したカローラだ。

焦っているのか、いつもより大声で早口に喋る。


「何があったんだ? こんな夜に集まるなんて」


灯りのないこの村では、火が沈めば村人たちは眠ってしまう。夜更けに立ち歩く人など、普段ならほとんどいない。

それがほぼ全員集まる事態となると、なにか大変なことがあったのだろう。


「魔物が襲ってきたのよ! もう2人が被害にあってるわ!」


先日理由がわからないが壊れた北側の柵を、直そうと機材を集めている矢先のことだった。

数十年もの間、魔物の被害にあっていなかったこの村では、十分な対策が出来ていなかったのだ。

村人たちの騒めきも、そのほとんどが魔物への恐怖を示していた。


広場の中心には、被害にあった男性が2人倒れていた。

一人は頭から血を流し、もう一人は足を折ったようだ。襲われてからあまり時間は経っていないようだが、いまだに手当されていないのはさすがにおかしい。

致命的な怪我ではないが、治りが遅くなってしまう。


近くにいた村人に手当しないのか、と尋ねてみるとどうやら手当の道具がないようだ。貧しい村はいつも不便だらけである。


「ちょっと通してください」


村人たちをかき分けて、2人の男性の元へいく。

少し思いついたことがあったのだ。うまくいく保証はないが、うまくいかなくとも現代の知識がある俺ならば、道具がなくとも多少の手当てはできる。


不審そうに俺を見つめる村人をしり目に、しゃがみこんで頭をけがしている男性の容体を詳しく調べる。血が足りないのか、青い顔をして気絶している。額を赤く濡らす血の根源をたどっていくと、後頭部の旋毛の近くの裂傷を見つけた。なかなかに深い傷で、まだ次々と血が流れ続けている。


「ねえ、何をするつもりなの?」


俺に続いて村人の中心へと出たカローラが、不思議そうな顔で聞いてくる。


「見てればわかる」


それだけ言うと、俺は男の患部に両手をかざす。

手を出発点に、ゆっくりと魔力を循環させる。しばらくして、強く、濃くなった魔力が手に戻ってくる。

男の傷をもう一度じっくりとみつめると、目を閉じる。


頭部に走る、約5センチの裂傷。分かれた皮膚と皮膚の間は1センチ程度。

治療速度を速めて、双方から皮膚を押し延ばせば、きっとつながる。

魔術所の中級にも、自然治癒を促進させる魔法があったはずだ。


ふうと息をついて、肩から余計な力を抜く。

手の魔力を、男の患部へと移動させる。

イメージしろ。

心の中で呟いて、先ほど考えた方法でゆっくりと魔術を発動させる。


「わあ……」


隣から、カローラの恍惚とした声が聞こえる。

目を開くと、男の頭部が淡い光に包まれて、みるみるうちに治っていくのが見えた。

集中力を切らさずに、魔術を使い続ける。

しばらくすると、男の傷は跡も残さずにすっかりと治っていた。


「できた……」


自信はあったものの、確証はなかっただけに、安堵の息をつく。

イメージ通りの魔術に、思わず自分の両手をまじまじと見つめてしまった。

起こったことが信じられないのか、村人の騒めきも大きくなっていた。


「すごいすごい! どうやって治したの!? 傷なんてなかったみたい!」


「光魔法だよ。自然治癒力を強くする魔法を使ったんだ」


「光魔法!?」


騒ぐカローラに、できるだけ分かりやすく簡潔に説明する。隣で目を輝かせ、はしゃぐカローラに適当に返事しながら、もう一人の男を診ていく。


足を少しもって動かすと、男が悲鳴を上げる。

何をするんだ、と恨みを込めた目で見てくる男を一瞥して、怪我の状態を判断する。

おそらく、折れた個所の少ない単純骨折だろう。

これならば骨髄の細菌感染も起こらないだろうし、すぐに直せそうだ。


先ほどと同じように、患部に手を当てて循環させた魔力を流していく。

折れてずれた骨が元に戻るように、骨格を思い浮かべて位置を正す。

そして、骨がつながるように、自然治療促進の魔法をかける。

しばらくすると、足の腫れが徐々に引いていった。


手を放して息をつく。


「え、は……? 痛みがなくなった……?」


位置が悪くて先ほどの治療が見えなかったのか、男は目を瞬かせて驚いている。

これは説明したほうがよさそうだ。

男と視線を合わせて、端的に行ったことを説明する。


「貴方の右足の骨を、魔術でくっつけました。おそらく骨折は全て治っているはずです」


まだ信じられないような顔で、こくこくと頷く男。


ふと、前世の光景がよみがえった。白衣を着て、目の前の患者に病状を説明する男の姿がある。

その光景が、俺が光魔法を使えるだろうという自信を持っていた理由でもある。


暗記が得意で理数系が出来た。

ただそれだけの理由で、俺は漠然と医者を目指していた。

だが、医大生2年目で、なんとなく違う。俺は医者に向いていないのではないかと思ってしまったのだ。

それから何を血迷ったのか、大学を中退し、中小企業で働き始めた。まあ、その会社は何故かクビになり、無事にニートデビューしてしまうわけなんだが。


元医学部の知識として、普通よりも病状なんかについては詳しいと自負している。

だからこそ、光魔法が患者の病状を知る必要があると聞いた時から、使えるのではないかと思っていた。

とはいえ、そう思っていても前世の俺につながるものがあるのは嬉しいことだ。


頬を緩めていると、診察を真剣に見ていたカローラがまた騒ぎ出す。


「すごい、ほんとうにすごいよアルフ! これがあったら、怪我をしても大丈夫だね!」


「……まあ、俺が治せる範囲ならな」


カローラの声になんとなく嫌な予感がして、冷や汗が流れる。

まさかこいつ……。


「よし! わたしたちで魔物を倒しに行こう!」




ようやく話が進展してきました。


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