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5、才能の芽

起き抜けなのか、エミーリアは気怠そうに俺たちの元へ歩いてきた。

途中で大きなあくびも零していた。


「それで、アルフ何しに来たの? その子は?」


微妙に涙の滲む目で俺に視線を送ってくる。気怠そうな雰囲気と合わせて、妙に大人っぽい。

心臓に悪いからやめてほしいところだ。


「この子はカローラ。村長んとこの娘さんだって。なんかストーカーしてたから連れてきた」


右の掌でカローラをさして紹介する。

カローラはどこか緊張しているようで、気持ちが悪いはずの服を握りこんでぺこりと会釈をした。

紹介を聞いてしばらく考え込んでいたエミーリアだったが、唐突にぽんと手を打った。


「ああ、村長の過保護娘か。そういえばアルフよりも年上だったっけ」


「過保護? 村長って過保護なの?」


そんな情報は初耳だ。近所のおばさんたちの井戸端会議にも耳を澄ませていたから、村の情報には自信があったんだが。


「うん。こんな魔物も獣もいない、木が生えてるだけの森に入っちゃいけないっていうくらいだしね。あまり家からも出させてもらえなかったんじゃない?」


エミーリアがカローラに聞くと、嫌そうな顔をして小さく頷いた。過保護な親のせいで、行動が制限されているようだ。納得はできるが、随分と速い反抗期だな。


「でも、あの村長が過保護なんて意外だな」


おぼろげながら、村長の顔を思い出していう。たしか、がっしりとした体格で、いかつい顔をした熱血漢のような男だったと記憶している。


「村長の顔、いかついしね。だから、面と向かって過保護だって言ってる人はほとんどいないわ」


あの顔のせいで少し敬遠されているようだ。

しかし、そんな理由があるならば、情報を集められなかったこともすんなりと納得できた。


「その子は分かったけど、結局アルフは何をしに来たの?」


脱線した話が、エミーリアの言葉で元に戻される。

そういえばまだその質問に答えていなかったか。


「この間の本のやつ、とりあえず全部習得したから、それを伝えに来たんだ。魔法修行も次の段階に行けるかなと思って」


この1か月で何度も読んだ薄っぺらい本を、エミーリアに返す。

エミーリアは受け取った本を見て、目をぱちぱちとさせて驚いていた。


「これ、もう全部できたの? 意味不明な浄化魔法まで?」


「うん。何度も読んだから間違いないと思う。というか、あの魔法って何なんだ?」


「さあ……?」


エミーリアと俺は首をかしげて、30秒間の浄化魔法のページを見つめる。2人の間からひょっこりと顔を出したカローラが、浄化魔法の説明文を見て顔をしかめた。


「これ、さっきのやつだ」


そんな小さなつぶやきを聞いて、エミーリアが頷いた。


「習得したってのは本当みたいね。そしたら、次は魔術の訓練を始めましょうか」


「うんっ」


ついに待ちわびた魔術だ。

炎や水なんかを自由に操る自分を想像して、弾んだ返事をしてしまった。

いかんいかん。俺は立派な大人だぞ、冷静になろう。


「魔術は最初に勉強していた通り、魔力の循環が大切になってくる。まずはこの循環法を身につけてもらいます。それが終わったら、アルフの属性診断ね」


属性診断!

なんだかものすごくファンタジーっぽい。

やはり心が躍るな。全属性を使えちゃったりしないだろうか。


「アルフは多分この一か月で、体の魔力を動かせるようになってるはずよ。あの魔法書に載っているのを全部覚えると、循環こそはさせないけれど、全身の魔力を使えるようになっているから」


「……30秒浄化魔法も必要だったのか?」


「……」


どや顔で語るエミーリアに素朴な質問をぶつけると、エミーリアは顔をそらして黙り込んだ。


30秒とはいえ、浄化魔法なのだ。魔力を使う部分は、普通の浄化魔法と大して変わらないのだろう。

結局無駄な魔法じゃないか。


「ま、まあそれはともかく、循環法の習得についてなんだけど。

まずは全身の魔力を意識して。そうね……、自分を俯瞰的にみるのをイメージしたらいいと思う」


無理やりな話題変換があったような気がしたが、何も言わずにエミーリアの言葉に従った。

鏡のように対称な自分の体を、頭に思い描く。

全身には血と同じように魔力が流れている。


「できた?

そしたら次は、体のどこかに魔力の出発点をおくの。その出発点から魔力が全身を回っていくような感じね。

これは個人のイメージによって変わるから、アルフのやりやすいようにすればいいと思うわ」


エミーリアの言葉に小さく頷いて、目を瞑る。

出発点といえば、血と同じように心臓だろうか。心臓から魔力を送り出し、使い終えた魔力がまた心臓へ戻ってくるところをイメージする。

胸のあたりで少し魔力の流れを感じたが、全身にはまだいきわたっていないようだ。

しばらく目を閉じたまま動かそうとしたが、どうにもうまくいかない。


目を開けて少し息をつくと、エミーリアが苦笑した。


「この循環法が、魔術をする時に最初の難関になっているのよね。一つの場所にこだわらないで、いろいろな場所を出発点にしてみたらどうかしら。

しばらく頑張ってみて、私はこの子に魔法を教えているから」


集中するために周囲の情報をシャットダウンしていたが、カローラが目をキラキラさせてエミーリアに迫っていた。

どうやらずっと、「魔法教えて!」と繰り返していたようだ。

俺の様子も見なくてはならないエミーリアは少しげっそりとしていた。


俺がカローラにあまり迷惑をかけるなと釘をさすと、カローラは少し眉をしかめて頷いた。


「これじゃあ、どっちが年上かわからないわね」


そんな俺たちの様子を見て、エミーリアが楽しそうに笑った。

カローラは不満ありげに頬を膨らませる。


「わたしがお姉さんだもん」


「はいはい、じゃあカローラはこっちで私と魔法を覚えるわよ」


エミーリアはさらりとカローラの言葉を躱すと、カローラの手を引いて俺から少し離れた。

どうやら集中しやすいように、気を配ってくれたようだ。

流石エミーリア。いい奥さんになりそうだ。


俺は再び目を瞑って、全身の魔力をイメージする。

心臓はうまくいかなかったから、次は脳で挑戦してみようか。

脳は全身を動かす信号を送っている器官だ。もしかすると魔力の循環もできるかもしれない。

頭のあたりに出発点をおいて、そこから魔力を流す。

だが、今回は魔力の流れも感じられず、全く循環する様子が見えなかった。


少しでも魔力が動いた心臓のほうが、循環できる可能性は高そうだ。

さっきは失敗したが、うまくいくかもしれないし。


もう一度心臓を意識して、循環を試みる。

また魔力が動く気配を感じたが、結局循環することはなかった。


集中を一度解いて、はあと一息つく。

魔力を循環させるだけのことがこんなに難しいとは。

チートの道は険しいな。


「出来ないよおおお……。なんで……」


ふと声の聞こえたほうへ目を向けると、涙目で肩を落とすカローラの姿があった。

そしてそんなカローラを励ますエミーリア。

エミーリアも予想外だったようで、困惑した表情をしている。


人差し指を立てたカローラの手を見るに、俺が最初にしたことをやろうとしているようだ。

俺が循環法を試していた時間は短くない。

その間、ずっと魔法が出来ていないようだ。

初歩の初歩である着火魔法をなかなか習得できないとは、カローラの魔力は非常に少ないのかもしれない。


だがカローラはまだ諦めていないようだ。

俯いて「うう」と唸ると、立てた指を睨み付けていた。

相変わらず打たれ弱いが、カローラなりに頑張っているようだ。


なんだか微笑ましい気持ちになり、少し頬を緩めた。

この際、俺のほうが年下であり、3歳であることは気にしないでほしい。


「あ……」


カローラを眺めていると、俺は手を出発点にして試したことがないと思いついた。

魔術を実際に実体化するのは手先であることが多い。

手を出発点にして、体中の魔力を循環によりかき集め、一周してきたところで魔術を使う。

考えてみれば、なかなか理に適っているような気がする。


早速目を瞑り、手に意識を寄せる。

魔術を使う手から、大きく一回りするように円を描く。

強くイメージすると、手のあたりからゆっくりと魔力が動く感覚があった。

動いた魔力に集中し、さらに全身へと順番に通していく。魔力は肩に上がり、頭を通って足へ行き、ついに出発点の手へと戻ってきた。

右手に戻ってきた魔力の、濃縮された強さを感じる。


「……できた」


思わず口に出していた。

同時に、達成感が湧き上がってくる。

その場で見えないように小さくガッツポーズをすると、平然した顔でエミーリアの元へと歩き出す。


「エミー姉。魔力循環、できたよ」


「えっ、もう!?」


俺ができるだけさらりと言うと、エミーリアは目を瞬かせて驚いた。


「私は魔力循環だけで一か月もかかったのに!

これでも早いって、褒められたのに!」


エミーリアは普段の穏やかな顔を崩して、大きく悔しがる。

手を振り回して騒ぐエミーリアは、なんとなくカローラに似ていて子供っぽかった。


「わたしなんて火もつけられないのに!

アルフは魔術も使えるの!? ずるいずるい! 羨ましい!」


当のカローラもエミーリアの隣で同じように手を振り回していた。

容姿は全く似ていないが、姉妹のようだ。


「エミー姉、子供みたい」


俺がそういって笑うと、エミーリアは途端に動きを止めた。自分の行動を思い出したのか、顔が真っ赤に染まる。

目を逸らして、ごほんとわざとらしく数回咳をした。


「そ、それじゃあ、次は属性診断ね。

これは全属性の初級魔術を使って判断するわ。

初級は大きな違いはないんだけど、やっぱり才能によって、魔力の使いやすさとかが変わってくる。

だから、魔術の大きさや強さを属性ごとに比較して、その人の属性診断ができるわ。

水晶の色で属性診断をするっていう方法もあるんだけど、水晶が高くてね……。国や大貴族しか持っていないわ」


水晶の話になった途端、エミーリアは嫌そうな顔をした。

金で技術を独占する人々に、嫌悪しているのだろうか。


俺は水晶で属性診断をする方法を思い浮かべていたけれど、そんなに都合よくはいかないらしい。

属性診断には少し時間がかかりそうだ。


「じゃあ、これで初級魔術を一通り試してみて。この子の相手しながら見てるから」


一か月前にリビングで見せてもらった「魔術入門書 初級編」が、エミーリアから渡される。

エミーリアはそのまま、落ち込むカローラを励ましにかかっていた。


なんだか締まらない属性診断だな。


気が抜けながらも、渡された本の最初のページに載っていた魔術を見る。

属性診断によく使われている魔術を、一覧にしてあるようだ。

どれも比較的イメージがしやすく、魔力の流れさえ意識すれば簡単にできるだろう。


「エミー姉、まずは火からいくよ」


始める前に一言かけて、魔力を手から順に流す。

体中を一回りして戻ってきた魔力を、大きめの炎をイメージして手から1メートルほど先に出す。

イメージしたとおりに、1メートルほど離れたところに炎が現れる。


エミーリアがしっかりとその魔術を見たのを確認してから、次の魔術へと移る。

火と同じように、魔法よりも多くの水、強い風、固い土を作っていく。

次々と生み出される魔術に、テンションが上がっていくカローラは当然ごとくスルー。


全てが終わると、エミーリアが俺の元へと近づいてくる。


「アルフは、火が一番得意みたいね。魔力を流してからのタイムログが少なかったと思うわ。

あと、水と風は得意な方で、土は苦手って感じかしら」


エミーリアの分析を聞いて、俺も納得する。

確かに火は一番イメージに忠実な魔術が出来た。反対に、土はイメージよりもずいぶんと小さな土しか作れなかった。

これが、才能による魔術の違いなのだろう。


「エミー姉、光魔法はどうやって知るんだ?」


5つの属性のうちの1つ。

光魔法は、魔術の一覧にも載っていなかった。


「光魔法はね、人の目では判断しずらくて、一目では判断できないの。

それに、ある日を境に急に使えるようになることも多いらしいわ。

……まあ、水晶なら属性診断できるらしいけど」


やはり不満げに付け足すエミーリア。これは、過去に何かあったのかもしれないな。

だが俺は何も聞かない。人の過去を気にしちゃいけないってばっちゃも言ってた。

いつかエミーリアの口から聞ける日が来るといいんだが。


とはいえ、光魔法の属性診断ができない理由については得心がいった。

もともと魔術の中でも使い手の少ない属性だ。記載されている魔法が少ないのも、仕方がないことなのかもしれない。


結局カローラは魔力が少なすぎるせいで、ほとんど魔法が使えなかった。

一瞬だけならば火は着くそうなので、魔法の中でも特に使用する魔力が少ないものはどうにか使えるようになるそうだが。


魔法が使えないなんて可哀想だな……。


俺は涙を目に溜めるカローラの頭を、同情をたっぷりこめて撫でた。意外とサラサラで触り心地がいい。

ぱっと嬉しそうに顔を上げたカローラだったが、すぐに顔を背けて、


「なんかむかつく……」


と呟いていた。


失礼な。

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