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3、実践授業

 

 エミーリアは玄関から少し出た森の開けた場所で立ちどまった。

 雲を割って明るく太陽が照っている。夏に近づき暑いともいえるほどだ。

 だが、木が立ち並ぶこの森では、直接的な熱は遮られて、比較的涼しくなっている。


「魔術は危険だから、まずは魔法からね。イメージさえ出来れば使えるから、多分アルフにもできると思う。とりあえず、見てて」


 エミーリアは顔の位置まで手を持ち上げて、自分の人差指を注視した。

 ちらりと送られる視線から察するに、人差し指に注目してほしいのだろう。

 俺は黙って、エミーリアの細い指を見つめた。


「いくよ」


 エミーリアの声から一拍おいて、人差し指から小さな火が燃えだす。


「おお……!」


 それはまさに、俺が憧れていた魔法そのものだった。

 何もない空間から火や水や、土や風を生み出す。魔法自体もまだまだ研究途中で、なんでもできる可能性が広がっている。

 年甲斐もなく、心が躍る。

 そういえば前の世界でも、こういう魔法の出てくるRPGが大好きだった。


 エミーリアがふっと指に息を吹きかけると、すぐに火は消え去ってしまった。

 なんとなくもったいないように感じて、もう火の出ていない指をいつまでも眺めてしまう。


「なんだか今日のアルフは子供ね。新鮮で面白いわ」


 食い入るように指を見つめる俺に、エミーリアがまた笑った。

 少しはしゃぎすぎたか。

 気恥ずかしくて服の裾を意味もなく数回伸ばすと、姿勢を正した。


「では、お願いします。……先生」


「ええ、先生に任せなさい。魔法に興味津々なアルフ君をさらに喜ばせてあげましょう」


 お互いに笑いながら、ゆるゆると授業を開始する。

 早速エミーリアは、先ほどと同じように俺に指を立てさせる。


「その指が、着火材だと思って。魔力が燃焼するのを、指が助けるの」


 指を立てたまま、目を閉じて火がつく光景を強くイメージする。


「指からゆらゆらと火が出てると思って。その火は何色? どれくらいの大きさ?」


 エミーリアの質問から、具体的な火の姿を考える。

 淡いオレンジ色の火で、中央は青く温度が高くなっている。大きさは、エミーリアが出した火のような、指一本分ほどだ。

 そんな火が、静かに吹く風によって右へ左へ揺らめいている。


 ふと、指先で何かが脈打った。続いて、何やら温かさを感じる。


「おっ!でたじゃん火!」


 嬉しそうなエミーリアの声を受けて、瞑っていた眼を開ける。

 何もなかった右手の人差指から、想像通りの火が実体化していた。


「……できたっ!」


 理想通りの魔法に、思わずエミーリアに笑いかける。

 しばらくして、ついさっきも似たようなことをしていたことに気が付き、恥ずかしさが押し寄せた。

 俺と目を合わせてうんうんと頷いているエミーリアから、そっと目を逸らす。

 そしてなるべく平然と見えるように、揺れる火に意識を傾ける。


 火は実体化した時からずっと、同じような大きさを保ったままだった。

 ひときわ強い風が吹いたにもかかわらず、火が大きく揺れたのは一瞬で、すぐに元の大きさに戻る。

 エミーリアは息を吹きかけて消していたが、まだ初心者の俺は息だけでは消せないかもしれない。


「エミー姉。火はどうやって消せばいいの?」


「ん、つけた時と同じよ。火が消えるところをイメージすれば消えるわ。さっきは息を吹きかけたけど、本当はそんなことをしなくても消えるの」


 なるほど、さっきのは俺に対するサービスのようなものだったらしい。

 魔力の実体化にイメージが一番大事というだけはある。


 言われたとおりに、火がどんどん小さくなって消えるところをイメージすると、風が吹いても燃えていた火は弱弱しくなりやがて消えた。

 人差し指には、若干の熱だけが残っていた。


「アルフ。火がつく直前、何か感じなかった?」


 エミーリアの呼ぶ声に、指から視線を逸らす。

 魔法を使った前後のことを詳しく思い出していると、何か脈打つような感覚があったことを思い出した。


「なんか、指の先で変な感覚があった。血が一気に流れた時みたいに、脈打つ感じ」


「お、ちゃんと感じられたみたいね。アルフが感じたそれは、魔力の動きよ。アルフの指先近くにある魔力が、火をつけるために人差し指の一か所に集まったの」


 脈打つような感覚は魔力だったのか。

 血と同じように流れる魔力を確認して、俺は異世界の一員になったのだとようやく自覚した。

 これまでは、知識の上ではわかっていても、本当の意味では納得していなかった。もしかしたらここはただの外国なんじゃないかと、思っていたこともある。


「アルフ? どうかした?」


 呆然とする俺を疑問に思ったのか、エミーリアが名前を呼ぶ。

 俺は小さく頭を振って、思考を追い払った。

 そういうのは一人の時にやるべきだ。


「なんでもない。それで、この魔力を全身で動かせるようになれば、魔術が使えるの?」


「そうよ。逆に言うと、それができないと強い魔術は使えない。それが魔術師になる登竜門ね」


 チートになれるかなれないかの瀬戸際か。

 俺はひそかにごくりと唾を飲み込む。


「でもその前に」


 エミーリアはどこから持ってきたのか、一冊の本を手に持っていた。タイトルは『生活魔法のすべて』。

 風が吹けば飛んでしまいそうに薄い本だ。


「魔法をマスターしなくっちゃね」


 チートへの道のりは思いのほか地味であった。


これで書き溜め投下は終了です。

更新は不定期ですが、週に2回は更新できるようにするつもりです。

ご意見、ご感想をお待ちしています。

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