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8、友達ゲットだぜ……?


「……」

「……」


背表紙に触れたまま顔を見合わせて固まる俺。

どこか焦点の合っていないぼんやりとした視線が向けられている。

フィリアも遠くへ行っているのか、図書館からは物音がせず静まり返っている。

……率直に言うと気まずい。


「あ、俺はいいので。どうぞ」


譲りそうになかったそいつに背表紙から手を放して告げると、無言のまま頷いてそっと本が掴み取られた。

興味の惹かれる装丁であったが仕方がない。また機会を見つけて読むとしよう。

並んでいる中でも読書欲が引き出されるものはたくさんあるしな。


再び本棚に向かい、背表紙を眺めているとふとフィリアのことを思い出した。

そういえばフィリアはさっきの奴を探してたんだっけか。

隣にいたそいつに声を掛けようと振り向く。


「あの……っていねぇし」


いつの間に移動したのか、隣には誰もいなかった。

物音一つしなかったのに。

とはいえ、まだ近くにはいるだろう。今のうちに探し回れば見つけられるはずだ。

……あまりの隠密さに、対応の仕方が野生動物のようになってしまっている。


本棚を探るのをあきらめて辺りを見回しながら歩く。

先ほど通った道をもう一度。

本棚の隙間を縫うように歩き進めば、開けた空間に出た。

いくつか並べられた簡素な木のテーブルに、それとセットの椅子が数脚。


不意に耳朶を揺らした紙の擦れる音にテーブルの奥を見ると、さっきの奴がひっそりと腰かけて本を読んでいた。

相当な読書家なのか、そいつの周りだけ本の塔が出来上がっている。

今は先程のくすんだ赤色の本を読んでいるようだ。


しばらく動くつもりはなさそうだ。今のうちにフィリアを呼んでくることにしよう。

踵を返してフィリアと別れた場所まで戻る。

近めの場所から足音が聞こえてくるため、探すのは容易に済みそうだ。


「ラファエルさーん、アルフくーん」


音を追って本棚の列を抜けていくと、フィリアの声が聞こえた。

ラファエルって誰だと思ったがおそらくあの性別不明の奴のことだろう。

よく自己紹介の時に名乗られただけの名前を覚えていたな、と妙なところで感心する。

流石は友達が欲しいフィリアだ。


「お嬢様、見つかりましたよ」


驚かせないように足音を立てて声を掛けながら近づくと、フィリアは嬉しそうに振り返った。


「本当!? なかなか見つからないからどこ行っちゃのかと思ったよ。どこにいた?」

「こちらですよ。私もつい先ほど見つけたんです」


歩いてきた道を案内しながらフィリアと戻る。

開けた空間の読書スペースと思わしき所に辿り着くと、そいつはまだ端っこで本を読んでいた。

俺たちが足音を立てて近づいて行っても反応すらしない。

随分と集中して本を読んでいるようだ。


「……っ」


フィリアが俯いたままのラファエルに恐る恐る近づいて、机越しに向きあってから口を開いた。

かと思ったら何も言わずにすぐに閉じられた。

直後、俺の方へ眉尻を下げて情けない顔をしながら向き直った。

どうやら声を掛けられないらしい。

流石は人見知りの激しいフィリアだ。


と偉そうに言ってみたものの、俺はどうかといえば、俺もコミュニケーションは得意ではない。

しかし少なくともフィリアよりはコミュニケーション能力が高いだろうし、何より、俺の立場から言ってフィリアの頼みは断れないのだ。

一つため息を吐いてから意を決する。


「あの」

「……」


あれ……?

正面に立ってから声をかけたものの、反応は一切帰ってこない。

もしかして聞こえなかったのか?

困惑しながらもしばらく反応を待ったが、やはり帰ってこない。

フィリアも固唾を呑んで見守っているため、何故かここら一帯だけ空気が張りつめている。

もっとも、目の前のこいつは気が付いていないようだが。


「ラファエルさん」

「……」


沈黙が耳に痛い。

普通名前を呼ばれたら反応するだろうに、こいつに限っては例外なようだ。

フィリアのどうしようという焦りの混じった目線に冷や汗が流れる。

まさかコミュニケーションをとるだけの場面でこんな失態を犯すとは。


声をかけても反応がないなら仕方がない。

俺は机越しに向き合うのをやめ、直接ラファエルの近くで話しかけることにした。

後ろには鳥の雛のようにフィリアがぴったりとついてきている。


「ラファエルさん」

「……」


もう一度呼びかけてみるものの、やはり応答はない。

先ほど随分近づいたというのに、恐ろしいほどの集中力だ。

というか、俺が近づいたことで作られた影で、気づいたりしないのだろうか。

まさか意図的に無視されてたりしないよな。


肩をポンポンと軽く叩く。

これで気づかれなかったら無視されてるだろうな、流石に。

思わずフィリアと並んで固唾を呑んで反応を待つ。


やがて、緩慢な動きでぐるりと首がこちらに向いた。

同時に隣から小さく「おおっ」という嬉しそうな声が聞こえた。

思わず俺も一瞬だけ達成感を抱いてしまったが、ただ反応が返ってきただけだということを思い出して一気に萎えた。

どうしてこれだけのことにこんなに苦労してるんだ。


「あの、特別生クラスのラファエルさんですよね?」

「……うん」

「私たちも特別生クラスなんです。挨拶が遅れましたが、よろしくお願いします」

「よっよろしくね!」

「……よろしく」


ぼんやりとした様子で俺とフィリアの挨拶に答えるラファエル。

ちゃんと話を聞いているのかどうか不安になるほどの適当な返しだ。


そこで黙ってしまった俺たちに、ラファエルの「それで?」というような視線が刺さる。

しまった話題を考えていなかった。

当然フィリアがそんなことを考えているはずもなく、二人で顔を見合わせる。

再びなんとなく居心地の悪い雰囲気が漂った。


純粋な疑問の視線が痛くて思わず視線を机に落とす。

すると、先ほどラファエルと被ってしまった魔道書がすでに読み終えて机の上の塔に紛れているのが見えた。

ものすごい読書ペースだ。

とりあえずなんとか話題が見つかったので、それに頼ることとしよう。


「先ほどの本、もう読み終わられたんですね」

「……さっき? ああ、あれか」


しばし首を捻った後思い当たったようで、ラファエルは徐に塔の上層部からそのくすんだ赤色の魔道書を引っ張り出した。

確認するような視線に頷くと、「ん」とその本が差し出された。

拒む理由もなく俺を読みたかったのですんなりとそれを受け取る。


「どんな内容でした?」

「……」


無言のまま、ラファエルの視線が本と俺の間を行き来する。

これは開いてみろ、ということだろうか。


微かに胸が躍るような期待感のままに本に指をかけ、開こうとしたところで袖を引く力に気が付いた。

なんとなく居心地が悪そうに眉尻を下げるフィリアだ。

いきなり始まったよくわからない会話に疎外感を感じているらしい。


「何の話してるの?」

「ええと、お嬢様がいらっしゃる前に少し話をしていまして。この本についてなんです」


少しといっていいのか分からないほど短い会話だったが。


「へえーなんだか不思議な本だね」


掲げるようにくすんだ赤色の表紙を見せると、フィリアもその本に興味を惹かれたようだ。

フィリアにも見やすいように少し屈んでから分厚い本を開く。


「……? 何も書いてないよ?」

「そう、ですね」


開いた本はただただ真っ白だった。

厳密にいえば、年代物だからか本全体がくすんだ茶色ではあるのだが、文字も何も書かれていない。

高まっていた期待の反動もあって、なんとなく気分が落ち込んだ。


同じように覗き込んで首を捻っていたフィリアが、唐突に「あ」と何かに気づいたような声を出す。


「これってもしかして、魔術がかけられてるのかな?」

「魔術、ですか?」

「うん。聞いたことないけど、こういう魔術があるのかもしれないよ」

「……何の為に?」


珍しく饒舌に自分の意見を語るフィリアに、ラファエルが問いかけた。

ラファエルに話しかけられるとは思っていなかったようで、フィリアの肩が大きく跳ねる。

授業にも出ずに図書館に籠っていることからみても、ラファエルは知ることが好きなのかもしれない。


ちらちらと助けを求めるように俺の方を向くフィリアに、とりあえず頷いておく。

女子って背中を押してもらいたがるらしいし。

ちなみにこれは、前世でさっさとリア充になった高校の同級生が語っていたことである。

正しいのかは知らないが。


前回もそうだったが、フィリアには有効なようだ。

なんとなく嬉しそうに笑って、頷き返してきた。


「秘密の話とかする時に使ったんじゃないかな……。自分と相手だけが見れるようにする魔術、みたいなかんじで」

「……なるほど。それで国家機密とかを伝えたのかも」

「でも今はそんな魔術ないし、違ってると思う……よ」


ああでもないこうでもないと考察をする2人。

俺も思案するのは好きだから、2人と同じように考え込んだ。


情報の秘匿が目的の魔術なら、その魔術の存在自体が秘匿すべきではないだろうか。

そうでなければ、空白だらけの紙など怪しすぎる。

魔術をかける方法があればその魔術を解く方法がある、というのが道理だ。

秘匿する魔術の存在が知られれば、真っ白の紙から情報が漏れる可能性だってある。


「もしかしたら、その魔術の存在も隠したのかもしれませんね」

「……ごく一部にしか伝わっていない魔術ってこと?」

「はい」


頷くと、ラファエルはしばらく無言で考え込んだ。

「確かに」「それなら……」とぶつぶつと呟いたかと思うと、急に椅子から立ち上がった。

机の上に塔を築いていた本たちは器用にその両手に収められ、ラファエルはそのまま足早に歩き出した。

そして何やら思いついたように「あ、そうだ」と足を止める。


突然の動きに驚き、呆然とそれを凝視する俺たちに振り向いて、


「敬語、なしでいいよ」


とだけぼそりと伝えると、ラファエルはそのまま図書館を歩き去った。


足音が遠ざかり、二人きりになった図書館に沈黙が漂う。

フィリアの顔には?が張り付いていて、未だに呆然としている。

とはいえ、俺も似たようなものだろう。


何か思いついたのかもしれないが、それにしても唐突すぎるだろう。

会話も別れの挨拶もなしに足早に歩き去るとは。


特別生クラスは軒並みコミュニケーション能力が低そうだとは思っていたが、ラファエルに関しては確定だろう。

絶対あいつ、友達少ない。


「……ねえアルフ君」

「なんでしょう」

「これってもしかして、友達出来た?」


疑問符を大量に浮かべながらも嬉しそうな顔をするフィリアに、少し呆れながらも微笑ましいような気分になる。

初めての友達がぼっちで大変だろうが、フィリアが嬉しいのならまあいいだろう。


それにしても、ラファエルって結局、男なんだろうか女なんだろうか。

一人称も口にしなかったし、声も中性的だ。

やはり依然不明のままである。



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