5、入学
「えー、みなさん。王立魔術学園へのご入学おめでとうございます――」
数日後。
無事入学が決定した俺とフィリアは入学式に出席していた。
式典専用といった豪華な造りの会場に、100脚近く並べられた椅子。
その椅子には入学試験を潜り抜けた猛者たちが腰を下ろしている。
現在は学園長の有難いお話の真っ最中だ。
偉い人の話というのはどうしてこうも長いのだろうか。
前世と今世を通しての疑問である。
この世界にはマイクというものはないので、代わりに似たような魔術具を使っている。
魔力を流しやすいクリスタルに拡声の魔法をかけ、口元にもって話すと、マイクと同じように声が大きく響くのだ。
会場にはその魔術具を利用した学園長の声が響いている。
昨日の馬車での移動のため、睡眠時間が少なかった俺は必死に眠気と戦っていた。
主人であるフィリアがきちんと背筋を伸ばして話を聞いているというのに、執事である俺がのんびりと舟を漕ぐわけにはいかない。
ちなみにフィリアはパーティーやらで長話には慣れているらしい。
流石貴族である。
長かった学園長の話が終わり、生徒会長の話へと移る。
「生徒会長、ツヴェルト・ヴァン・クエリト」
進行を務める教師から名前を告げられ、一人の生徒が立ち上がる。
腰まである長い黒髪を靡かせながら堂々とした振る舞いで、壇上へと上がっていく。
一礼して入学生へと向けた顔は、自然な釣り目で凛然とした雰囲気を放っている。
生徒会長が小さく息を吸い、澄んだ声で口を開いた時、学園長の話のときは小声での喋り合いがあった会場が、静まり返った。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」
会場内に生徒会長の声が響く。
新入生は皆、背筋を伸ばしてその声に聞き入っていた。
話は単純で短いものだった。
それでいて生徒会長の伝えたいことが簡潔にまとめられていて、話の本筋が右往左往する学園長とは比べ物にならないほど分かりやすかった。
生徒会長が壇から降りると、新入生が一斉に息をつくのが聞こえた。
明らかに集中していたのが分かる。
ものすごいカリスマ性だ。
「では、これで入学式を終わります。一同、気を付け、礼」
教師の声が響いて、新入生がそろって頭を下げた。
はあ、ようやく終わった。
生徒会長の時は吹き飛んでいたが、式典というのはどうしてこんなに眠たくなるのだろうか。
入学式の後はクラスでの時間だ。
担任や生徒同士の紹介をするらしい。
会場からぞろぞろと出ていった新入生が、教室の立ち並ぶ廊下へと曲がっていく。
特別生クラスもその近くに存在するので、俺とフィリアもその列の後ろに並んで歩いている。
新入生たちの騒めきが廊下に響いている。
式典はやはり息が詰まるものらしく、歩く生徒は皆どこか緩んだ顔つきだ。
俺の隣を歩くフィリアも、「んー」と大きく伸びをした。
「なんか生徒会長さん、すごかったね」
「そうですね。 凛々しい感じで」
「そうそう。 美人さんだったし、みんなすごい集中してた」
そう言って、フィリアは俺の顔を覗き込んでくる。
そしてどこか観察するような目でじっと見つめてきた。
あれは別に美人だからというわけではないと思うのだが……。
そうは思うものの口には出さない。
代わりに迫ってくるフィリアに対して少し仰け反り、距離をとる。
「カリスマ性がありそうですよね」
「んー、そうだね。 んー……」
生返事をしながらしばらく俺の顔を見つめた後、フィリアは急ににこりと笑った。
「ん、大丈夫そう……よかった」
「何がです?」
「ううん、何でもない」
何故か嬉しそうに笑うフィリアに首をかしげるが、疑問は飲み込んだ。
誤魔化された以上、聞くべきではない。
そのうち廊下を歩いていた生徒が次々に自分の教室へと入っていく。
特別生クラスは廊下の一番奥にあるため、俺たちは閑散としていく廊下を歩き続ける。
普通クラスの教室を通り過ぎた後は俺たちを含めて4,5人しか残っていなかった。
恐らくこの生徒たちが特別生クラスなのだろう。
しばらく歩くと、特別生クラスの教室が見えてきた。
やはり前を歩いていた数人の生徒は特別生だったらしく、迷う様子も見せずにすぐに教室へと入っていった。
俺たちも後に続く形で教室内へと入る。
教室内は廊下から見えていた普通教室と大して違いはなく、精々廊下側に窓がなく中が見えないようになっているということだけだった。
とはいえ、大して違いはないということは少人数でほぼ同じサイズの教室を使うということだから、人口密度はかなり小さい。
大学の授業風景のようで、黒板側が一番低く、そこから徐々に上へ上るような形で長机が固定されている。
俺達以外の3人が既に着席していて、無駄に多い席がぽつりぽつりと埋められている。
うち1人は後ろに帯剣した男を控えさせている。どうやら護衛のようだ。
領主と同じような考えを持つ奴はいるらしい。
「……」
無言のまま執事服の袖を引くフィリアに連れられ、前から2列目の端に着席する。
俺たちの前には1列目の真ん中あたりでピンと背筋を伸ばす少女が座っていた。
教室内に漂う沈黙。
なんとなく気まずいような、居心地の悪さを感じる。
それはフィリアも同じようで、さっきからソワソワとしている。
その時、沈黙を破るような形で教室の扉が開かれた。
「はい、席について……ますね」
入ってきたのは若い男性教師。
眼鏡をかけた優しそうな顔に、明るい笑顔が浮かべられている。
男性はそのまま黒板の前の教卓へと辿り着くと、俺たちの顔を見回した。
「えー皆さん、ご入学おめでとうございます。皆さんは入学試験の成績が非常に優秀でしたので、少人数の精鋭を育てるという目的を持つ、この特別生クラスへ入っていただきました。とは言っても、普通の生徒と全然違うということはありません。これから少し、このクラスについての説明をしますね」
特別生クラスの説明か。
そういえば俺は学費免除ということしか知らない。
もしかすると特典か何かでもあるのかもしれないな。
「学費の免除、少人数の授業、実践授業。この3つが大きな特徴となります。授業内容は高度なものが多く皆さんにしか教えられない魔術というものもあります。また、普通の生徒とは違い、皆さんは全ての授業に出る必要はありません。最低限の必須科目さえ受けてくれれば、他は自由時間です。勿論、授業に出ることもできますが」
淡々と続く教師の説明に、思わず唖然とする。
何が大した違いはない、だ。
滅茶苦茶優遇されてるじゃねえか!
特別生以外には教えられない魔術だとか、授業は義務ではないとか。
つまり俺たちは他の生徒が使えない魔術を独占できて、しかも大学のように最低限の授業さえ出れば学園に来る必要すらないということか。
これは領主がフィリアをコネで捻じ込んだのもわかる気がするな。
「まあ、こんなところでしょうか。他に何か聞きたいことがありましたら、僕の方へ来てください。
あ、紹介が遅れましたね。僕はハルトヴィヒです、よろしくお願いしますね」
男性教師、ハルトヴィヒはそういって礼をした。
姓がないところから見ると、ハルトヴィヒは恐らく平民だろう。
学園に務めるとなるとそれなりの身分が必要だと思うがどうなのだろうか。
もしかすると、魔術の腕が買われて身分を与えられたのかもしれない。
そうなると特別生を持つこともあるし、なかなか腕の立つ先生なのではないか。期待できそうだ。
「では、次に自己紹介をしてもらいます。一人一人、教卓の前に来て自己紹介をしてください」
ハルトヴィヒの言葉を受けて、俺たちの前に座っていた少女が立ち上がった。
そしてそのまま教卓へと向かっていく。
教卓の前で立ち止り、一礼。
礼に合わせて、彼女の深紫の艶のあるポニーテールが揺れる。
「ユルシエルです。よろしく」
やや釣り目がちの双眸が強気に光る。
少女は堂々とした立ち振る舞いのまま教卓を歩き去った。
今のは平民か。
コネなんてなしの正真正銘の実力で特別生クラスに入ってきたのだから、その実力は折り紙付きのはずだ。どんな魔術を使うのか気になるな。
次は座席順に考えると俺の番だな。
少女が戻ってきたのを見てから、教卓に向かっていく。
黒板の近くで立っているハルトヴィヒの観察するような視線が纏わりついて面倒くさい。
顎に手を当てて「ほう……これが」などど呟いているが、意味が分からないので聞かなかったふり。
教卓で立ち止り、礼をする。
「皆さん初めまして。アルフォンと申します。これからよろしくお願いいたします」
出来るだけ丁寧な口調で告げ、もう一度礼。
執事の態度は時折主人の評価にもつながってしまう。
そのため、印象を決めるのに重要な挨拶はローレンツに何度も叩き込まれた。
教卓から離れてフィリアの元まで行くと、フィリアはがちがちに固まっていた。
俺の合格発表の時から思っていたが、どうやらフィリアは緊張に弱いらしい。
縋るような目で俺を見つめてきたので、とりあえず微笑んでおく。
頑張れ。
フィリアは少し嬉しそうな顔をして、俺に頷いて見せ、教卓へと歩いていった。
多少ぎこちないが、まあ微笑ましいといえる範囲である。
「は、初めまして。……えと、フィリア・ヴァン・レイリスです。よ、よろしくお願いします」
噛み噛みの挨拶を終えると、フィリアはすぐさま教卓から去り、俺の元へとやってきた。
ほっとしたように息をつくフィリアにお疲れ様という意味を込めて一つ頷く。
するとフィリアはほわっと笑んだ後に席に着いた。
……やばい今の可愛かった。
俺たちの後ろにいた生徒が教卓へつく。
後ろに護衛を控えさせていた少年だ。
少年の立ち姿はどこかグレイガットを彷彿とさせるような、つまり傲慢な雰囲気が出ていた。
名前を聞かなくてもわかる、貴族だ。
「俺はクロイツァー侯爵の息子である、ラルス・ヴァン・クロイツァーだ。貴様らと馴れ合う気はない」
やっぱりか。
にしても随分高飛車な言い方だな。
侯爵の息子だから相当偉いんだろうが、フィリアも侯爵の娘だからか、あまり凄いと思えない。
ちらりと横目でフィリアを見る。
そして正面の少年に視線を戻す。
やはりフィリアの方が親しみやすいし、少年の方は同じ侯爵家なのにどうにも好きになれない。
多分、この少年もコネ入学だろうな。
少年は礼もせずにフンと鼻を鳴らして教卓を立ち去った。
うわ、最後までやな奴。
そして最後に、少女とも少年とも取れるような中性的な生徒が教卓に立った。
無表情のままぺこりとお辞儀をして、
「……ラファエル・ヴァン・ラインダース」
ぽつりとそれだけを言って教卓を去った。
この学園には制服がないので、その生徒の性別を知ることは叶わなかった。
にしても協調性のなさそうなやつが多いな。
特別生クラスだからある程度は仕方がないか。
俺も別にそんなに親しくなる気はないしな。
さりげなく自分自身も協調性のないことを考えながら、ハルトヴィヒの話を聞き流し、その日はすぐに解散となった。