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4、乙女の別腹は広いらしい


「……やっちまった」


会議室を爽やかに退出した後、帰る途中の廊下に俺の声が響いた。

受験者の多くが去り、まばらにいる人には幸い聞かれなかったようだ。


心なしか来る時よりも暗くなった廊下をとぼとぼと歩きながら、俺は面接と実技の一人反省会を行っていた。


まずは面接。

面接は就活の時に嫌というほど行ったからか、特に緊張もせずに受けられた。

就活スマイルもばっちり決まっていた……はずだ。

まあ及第点だろう。


問題は魔術の実技か。

俺が魔術を使った途端、会議室の雰囲気ががらりと変わった。

魔術は想像通りにうまくできたと思ったんだが、やはり使った魔術が悪かったのか。

確かに俺が使った大雨(ダウンプア)は上級にしては比較的地味な魔術だ。

だが上級魔術というだけあって、どの場所にどんなふうに雨を降らすか、両方を強くイメージしなくてはならない。なかなか難しい魔術のはずだ。

俺は習得するのに5日かかった。エミーリアは何故か俺が使えるようになったのを見て遠い目をしていたが。


会議室を破壊するわけにもいかないと思ったからこそ、場所を指定できるその魔術を選んだのだが、もしかして無駄な気遣いだったのだろうか。

俺にも感知できないほど薄い魔力を練った結界でも張ってあったのかもしれない。

だというのにわざわざ外に魔術を使ったことに腹を立てたのか。


考えれば考えるほどそうだったような気がしてきた。

まあもうどうにもなるまい、不毛な考えはよそう。

もっと派手なのにそればよかった。

以上、反省終了。


考えながら歩いているうちに、玄関を抜けて中庭についた。

中庭は先程俺が降らせた雨で草木に滴が落ち、地面が濡れている。

ずっと見ていたらまた落ち込みそうなので、あまり見ないようにして中庭を通り抜ける。


駐車場まで辿り着くと、そこにはレイリス家の馬車が2台止まっていた。

他にも馬車は数台止まっているが、やはり存在感がある。


「あ、アルフ君!」


俺が駐車場へ歩いていくと、一台の馬車の中からフィリアが顔を出した。

試験中に学園を見て回るといっていたのだが、俺よりも早く終わってしまっていたようだ。


フィリアが奥にいたらしいローレンツにエスコートされ馬車から降りて、俺の元に駆け寄ってくる。

学園見学が楽しかったのか、無邪気な笑顔だ。


「アルフ君、試験どうでした?」


学園に入れて嬉しそうなフィリアの様子に、申し訳ない気持ちになる。

これで俺が特別生になれなければ、俺は学園に通えない。

つまりフィリアは当初に領主から言われたように護衛をつけなければならなくなる。

フィリアは護衛をつけたくないようだったから、もしかすると入学しないかもしれない。


ここでダメかもしれないといってもフィリアを悲しませるだけだ。

かといって自信満々に見せておきながら後で不合格だと知らされるのもどうなのか。


「……まあまあ、ですね」


散々悩んだ挙句に無難な言葉を絞り出した。

ちなみに俺はまあまあ悪い、という意味で使っている。

曖昧な言葉で濁してしまうのはやはり日本人の名残かもしれない。


「まあまあ悪いそうじゃ」

「え!? そうなんですかアルフ君?」


心情を当てられたことに驚き周囲を見回すと、いつの間にかローレンツが俺の後ろに立っていた。

どうやら俺の心遣いは一瞬でローレンツに無駄にされたようだ。

案の定フィリアは、まあまあといった後はほっとしたような顔をしていたのに、今は心配そうに眉を顰めている。

ローレンツめ、なんて奴だ。


「……ええ、まあ」


間違ってはいないので渋々頷く。

するとフィリアは俺が落ち込んでいるのを察したようで、目を泳がせながら焦ったように腕を動かしてから、突然ひらめいたように顔を輝かせた。


「落ち込んだ時には甘いものを食べるのがいいんですよ!」








フィリアに腕を引かれて馬車で移動した先は、有名洋菓子店だった。

まあ、そんな気はしてた。


「はい、アルフ君も一つ食べてね! 絶対元気になるから!」


にこにこと笑いながら俺にアルガディアケーキの乗った皿を渡すフィリア。

頬を引きつらせながらもそれを受け取り、「ありがとうございます」と思ってもいないことを言う。


フィリアは既に店内の椅子に腰かけて、自分用のアルガディアケーキを美味しそうに頬張っていた。

吐きたくなるため息を我慢してフィリアの向かいの席に着く。

執事が主人と同じ机に座るのは基本的に禁止されているのだが、主人が勧めた場合は別だ。


店内は相変わらずの賑わいで、席もあまり空いていない。

そう待たずに座れたのは運が良かった。


フィリアの嬉しそうな笑顔に押されて、皿の上のアルガディアケーキに目を落とす。

話には聞いていたが、滅茶苦茶甘そうだ。

俺は甘いものが嫌いではないが、さすがに限度はある。

生クリームに覆われてアマングの実をつかった生地が全く見えないケーキ。

……見ているだけで胸焼けがしそうだ。


このケーキに金貨2枚も支払うとは、乙女の心とやらは理解できない。

金貨2枚は、平民の半年分もの生活費に相当する。つまり、このケーキひとつで平民の半年の命が買えるのだ。

2年間奴隷として最底辺の生活を営んでいたせいか、こんな意味のない贅沢をするのは後ろ髪を引かれる思いがある。


だが、せっかくのフィリアの厚意を無駄にするわけにもいかない。

俺はようやく決心して、フォークを握った。

生クリームだらけのふわふわのスポンジはフォークをあっさりと通し、真ん中のあたりでぴたりと止まった。少し左右にかき分けてみると、中には新鮮な果物がぎゅうぎゅうに詰め込まれているようだ。

……中に生クリームが無くてよかった。


ステーキを切るように上下にフォークを動かすと、ケーキは形を崩すこともなく思いの外簡単に切れた。

金貨2枚もすることはあるようだ。


大体ケーキの6分の1ほどの大きさ。

金貨約0.3枚、つまり平民の1か月分のお金がこの一切れで消えていく。

恐る恐る口に運ぶと、ケーキはすぐに口の中で蕩けた。

見た目とは違い、生クリームと果実のほんのりとした甘さが残る。


「……うまい」

「でしょう!? 美味しいですよね!」


思わず言葉が漏れると、フィリアがすかさずそれに同意した。

好きなものを食べているからか、ケーキ片手にはしゃいでいる。


そんなフィリアを見ながら次々にケーキを口に放り込んでいく。

やはり美味しい。

先ほどより濃厚に感じる生クリームが、果実の旨みを引き出している。


更にもう一口。

あれ、このケーキにこんなに甘かったか?


結局俺の口は、半分ほど食べたところで完全に止まってしまった。

口に運ぶ度に増していく甘さ。

本来はそれが売りらしいのだが、残念ながら俺には甘すぎたようだ。

胸やけがしてきた。


「あれ? アルフ君もう食べないの?」


フォークを皿に置いてしまった俺を見て、フィリアが不思議そうに尋ねた。

フィリアには悪いが、正直なところもう無理だ。

半分まで食べたのももはや意地のようなものだ。


「はい、私には甘すぎたようです」

「そっか、残念。 じゃあ私が食べてもいい?」

「……え、あ、まあいいですが」


頂戴という風に伸ばされたフィリアの手に、半分のケーキを渡してやる。

フィリアの食べていたケーキの皿は既に空になっていた。

……よく食べられるな。


頬を緩ませたまま次々にケーキを減らしていくフィリア。

女子の別腹って広いんだな。すげえわ。


なんとなく現実逃避しながら、本格的に酷くなってきた胸焼けに必死で耐えた。










1か月後、俺の元へ1通の手紙が来た。

王立魔術学園の合格通知である。


ちなみに今は王都からレイリス領に戻り、いつも通り館で働いている。

だから俺の元とはいっても、厳密にいえばこの館に届いた手紙である。


この封筒の中に入っている紙に合格の文字があるだろうことは心配していない。

問題は、特別生の文字があるかどうか。


この文字があるかないかによって、俺だけでなくフィリアの学園生活も決定してしまう。

俺もできれば学園に行ってみたいし、フィリアには学園で嫌な思いをしてほしくない。


どうかありますように!


恐る恐る封筒を開けて、震える手で1枚の紙を取り出す。

一旦目を閉じて深呼吸。

こんなに緊張するのは大学の合格発表以来か。

前日から腹痛によりトイレに籠っていた合格発表も、行ってみればあっさりと合格していたのだ。

今回も何とかなるような気がする。


少し体がほぐれたところで目を開けた。

上から順番に、針に糸を通すようにじっくりと紙を見ていく。


一番上に大きく赤色で合格の文字。

合格はしているようだ。

予想していたとはいえ、思わず安堵の息が漏れる。


だが俺の戦いはここからだ。

緊張で痛みを訴える胃を何とか宥めて先の文字を読む。


『アルフォン様は特別生クラスです』


「っしゃ!」


その文を見た瞬間に思わずガッツポーズを決めていた。

実技で失敗したとはいえ、辛くも特別生になれた。

本当に歴史を勉強した甲斐があったというものだ。


「ああああアルフ君、どどどうだった……?」


何故か俺よりも緊張しているフィリアに、特別生と書かれた紙を見せる。

不安そうに寄せられていた眉が、その文字を見つけたのか、途端に元気になった。


「やったねアルフ君!」


感極まって俺の手を掴んで振り回すフィリアに、苦笑いを零す。

とはいえ悪い気はしない。

俺だって登竜門ともいうべき特別生になれたことが素直に嬉しいのだ。


「ありがとうございます。 お嬢様はどのクラスなのですか?」


コネとはいえ、フィリアも無事に入学しているだろう。

嬉しそうにはしゃぐフィリアに何となしに質問すると、非常にあっさりとした口調で、


「私? 特別生クラスだよ」


と言ってのけた。

俺の結果には俺よりも喜んでいたというのに、全く嬉しそうではない。

やはりコネを使うのは嫌なのだろう。


だが俺はそんなフィリアの様子に思わざるを得なかった。


――コネってすげえわ。


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