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3、襲いくる胃痛


「アルフ君! 後であのお店行きましょう!」

「……ええ」


ゆったりとした空間を持つ豪華な馬車の中で、フィリアが大勢の人が並んだ有名洋菓子店を指さして言った。


その洋菓子店の一番人気のアルガディアケーキは俺も知っているほどの知名度を誇る。

高級食材でめったにお目にかかれない、アマングという果実をふんだんに使った生地を、ふわりと蕩けるような絶妙な焼き加減で焼いたスポンジ。その上に惜しみなくたっぷりとのせられた甘い生クリーム。

一度食べると、他のケーキが霞むという。

超高級品というだけあって、値段は庶民には手を出せないくらいらしいが。


今は試験会場へ向かっているため、その店に止まらず通り過ぎた。

フィリアは諦めきれないという風に、目を輝かせていつまでもその店に見入っていた。

やはりフィリアも甘いものに目がないようだ。乙女だな。


「絶対、絶対ですよ!」と念を押してくるフィリアにおざなりに頷く。


俺は今、店のことなど考えている暇はないのだ。

フィリアの言葉に耳を傾けるたび、この2週間で詰め込んだ知識が次々に脳から抜けていく。

こんなので本当に特別生になれるのだろうか……ああ、胃が痛い。


領主様からの死刑宣告から、俺は死に物狂いで頑張った。

いつかの大学受験に及ぼうかというほどの集中だった。

腐っても元医大生。本気で勉強に打ち込むと、ローレンツが目を見張るほどの成果を上げた。

このアルガディア王国の知識はだいたい網羅したものの、本番でいきなり度忘れしないか不安だ。なんせ、短期間で詰め込んだ付け焼刃の知識だからな。


折角初の王都だというのに景色を楽しむ余裕など欠片もなかった。

フィリアが柔らかそうな椅子に腰を下ろしているこの馬車の内装だけが視界に入っている。

俺はその斜め前に入り口付近の手すりをつかんで立っている。


フィリアは座るように進めてきたが、そんなことをして御者から情報が流れでもしたら、また領主の機嫌を損ねてしまう。

勉強で疲れているだろうと思ってのフィリアの気遣いなのだろうが、丁重に断らせていただいた。


目を閉じてひたすら歴史を振り返っていたが、フィリアから「あの」と申し訳なさそうな声が届いて、目を開けた。

声と同じように申し訳なさそうに眉を下げたフィリアが、俺の表情を伺っている。


「……アルフ君、ごめんね。お父様が妙なこと言っちゃって」

「いえ、お嬢様が気に病むことではありません」

「そっか……ありがとう」


ローレンツから領主にはめったに反抗しないと聞いていたが、やはりそれは本当だったらしい。

領主が俺に無理難題を押し付けてきたことを知っても、表立って文句を言うことはなかった。


俺としては、悪いのは完璧に領主なのだからフィリアが謝ることはないと思うのだが。

もしかして、父に抗議できないことを謝っているのかもしれない。


俯くフィリアに、もう一度気にしなくていいと告げようと口を開けたところで。


「もうすぐ着きますよー!」


御者から大きな声がかかった。


馬車の窓から外を見やると、先ほどの有名店のある大通りを抜けて、学園に向かう道へ入っていた。

まだもう少し距離があるというのに、距離感が狂ってしまうほど大きな学園だった。


真っ先に視界に入ってきたのは、立派な白い門を潜ったところにある、いくらお金がかかっているのか想像もできないほどの規模を持つ中庭だ。

中庭の中央には、絶えず水を吹きだす噴水。

色とりどりの薔薇に飾られたアーチを抜けた先に、お茶会でも開けそうな植物園。


そして中庭の向こう側に、学園の校舎がある。

一見すると5階建てくらいだろうか。縦にも大きいがやはり横がバカでかい。

大学よりも大きいな。一体いくつ教室があるんだ?


「うわあ……すごいですね」

「ええ、広いですね。そしてとても豪華です」

「私、迷っちゃいそうだなあ……」


え、もう入学後の話ですか。

という言葉を何とか飲み込んで、フィリアなりの緊張を解く気遣いなのだと思い込む。

……俺に対する期待値が高すぎやしないだろうか。


中庭についたところで、馬車の駐車場があった。

やはりほかの受験者も大勢いるのだろう、大方は埋まってしまっている。


そこへ俺たちの馬車も止めて、フィリアをエスコートしつつ学園へと降り立つ。

ざっと他の馬車を見てみたが、どうやら俺たちの馬車が一番大きかった。

俺が思っていたよりもレイリス領は金持ちなようだ。うわ、反撃のハードルが上がったな。


しばらくすると、俺たちの後方にいたもう一台の馬車がその隣に止まった。

王都に滞在するため、フィリアと俺のほかにも、数人使用人が来ているのだ。

とはいっても、一日だけなんだが。


今日は俺の試験で、明日はフィリアの希望により王都を見て回るのだ。

王都にあるレイリス家の別館で一晩を過ごすらしい。

俺たちが入学した後も、学園の寮ではなくこの別館で過ごすことになるそうだ。


止まった馬車の中から、数人の使用人がてきぱきと洗練された動きで降りてくる。

その中にはローレンツの姿もあった。


視線が交わるなり、ローレンツは俺の方へと向かってきた。


「アルフォン、そろそろ試験の時間じゃ。行って来い」

「ローレンツ様。……ええ、そうですね」

「そんなに緊張するでない。なあに、お主なら大丈夫じゃろう」

「……そうですよね、ありがとうございます」


前向きなローレンツの言葉に背中を押された。

なんとなく胃の痛みの和らいで、いつもの調子が出てきた気がする。


学園の校舎に取り付けられた大きな時計を見上げると、試験受付時間まであと5分といったところだった。

そろそろいかないとまずいか。


「では、お嬢様、ローレンツ様。そろそろ行ってまいります」

「うむ、頑張ってくるのじゃ」

「がっ、頑張ってくださいね!」


笑顔と頷くローレンツと、両手でガッツポーズをつくり息巻くフィリア。

俺はそんな2人に「はい」と笑顔で頷いてから、試験会場へと向かった。








「うへあ……」


魂が抜けそうだ。


筆記試験が終わった後、俺は確かに自分の魂が体から抜けているのを感じた。

まあ、そんな気がしただけなんだが。


手応えはないこともないけど、やはり試験結果が不安ではある。

一応知識を総動員して空欄はすべて埋めたんだが、なんせ目指しているのは特別生だ。

絶対ということはないだろう。


正直もう疲れたし帰りたいんだが、これから魔法の実技を兼ねた面接がある。

俺はだらける体に鞭打って面接の会場である会議室を目指して歩き始めた。


歩きながら学園の校舎を観察しているけれど、あまり変わったところはなかった。

大学と同じような施設が多く、その規模のでかさには驚かされたが、使用用途が分からない施設なんかは見当たらなかった。

とはいえ、別館である魔術研究棟と訓練場はどんなものがあるのか見当もつかないが。


しばらく歩いていると、会議室が見えてきた。

会議室と書かれたプレートが下げられた部屋が5つぐらい並んでいる。

……多くね?


面接待ちの受験者も多いらしく、一様に並べられたソファに座っている。

威嚇のつもりか近づいてきた俺をじろりと睨む奴もいた。

中々シビアな受験戦争だな。


受付に向かうと、落ち着いた雰囲気のお姉さんが机の前に一人で立っていた。

近づくとこちらの存在に気づいたらしく、にこりと微笑みかけてくる。


「受験者の方ですか? こちらは面接会場となっております。お名前をご記入のうえ、そちらのソファにかけてしばらくお待ちください。こちらがお名前を呼びましたら、試験会場へと入っていただくことになります」


ぺこりと礼をした後の明るい説明に、俺は妙な感動を覚えた。

すげえ、まさにマニュアル通りの模範といった感じだ。

いや、マニュアルがあるのかは知らんが。


慄きつつもインクと羽ペンを使って、用紙に名前を記入する。

最初は不便さに手間取っていたが今ではもう慣れたものである。


「アルフォン様でございますね。それではお名前をお呼びするまで、しばらくお待ちください」


最後にもう一度ぺこりと礼をするお姉さんに、俺を思わず頭を下げてしまう。

日本人魂が出てきてしまったようだ、気をつけねば。


空いていたソファにどっかと腰を下ろすと、周囲からの視線を感じた。

不審に思われない程度にさっと見回すと、俺より先に来ていた受験者の使用人が俺のことを観察しているようだった。


試験は一人で受けなければならないが、会場の外では護衛や執事がいても構わないのだ。

周囲の受験者は皆、後ろに使用人を控えさせている。

流石はお金持ちの通う学園だ。


その使用人たちは俺を警戒するほどの者ではないと判断したのか、次第に視線を外していった。

恐らく使用人をつけずに一人で、加えて執事服を着ていることから変わり者と思われたのだろう。

視線の圧力から解放されたからか、ふうとため息が漏れた。

何にせよ、特に敵対するつもりはないのだから気にしないで頂けると嬉しいのだが。


小さな雑談が響く空間に、がらりと扉の開く音が聞こえた。

音を追うと、会議室の一つから小さな人影が出てきたところだった。


「お嬢様、お疲れ様です。いかがでしたか」


素早い身のこなしでその人影に近づくのが一人。

どうやら使用人のようだ。

使用人が丁寧な口調で尋ねると、お嬢様とやらはふんと胸を張った。


「勿論完璧だ!面接官もわらわの素晴らしさに驚いていたぞ!」


俺は得意げに胸を張るお嬢様を一瞥して、すぐに視線を外した。


――まあ、これから成長期だしね。きっと大きくなるよ、……なるといいね。


その2人は得意げに笑い声を立てながら去っていき、会場の前では微妙な空気だけが残された。


その後も入っては出ての繰り返しで、受験者がどんどん減っていく。

俺の後から受付を済ませたものはほとんどいないらしく、俺は最後の方になりそうだ。


少し時間が出来たので、面接の最終確認をする。

緊張こそはするが、面接に関してはあまり心配していない。

俺は就活時代で何度も面接を経験したからな。

伝家の宝刀である、就活スマイルもあることだし、おそらく大丈夫だろう。


となると、問題は魔術か?

いまいちこの世界の魔術の基準が分からないので何とも言えないな。

ローレンツに聞いておくべきだった。


「アルフォン様」


思考を巡らせていると、ようやく俺を呼ぶ声が聞こえた。

ソファから立ち上がって、受付へと向かう。


「アルフォン様は、そちら左から2つ目の会議室で面接となります」


受付のお姉さんの言葉を受けて、その会議室へと歩を進める。


――よし、やっぱり無難に上級魔術にしとこう。



考えていたよりも展開が遅くなってしまいました。

3章はいって3話目なのに、未だに入学すらしてないとは……。

フィリア「学園行くお」

アルフォン「おk」

くらいの速さで行きたかったのに何故……。

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