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1、学園


ある午後の昼下がり。

丁度3時のメイドたちとのお茶会を終えたところで、俺は使用人室でつかの間の休息をまったりと寛いでいた。


この小休憩が終われば次はフィリアの私室の掃除だ。

小さなソファに腰をどかりと落として、足を伸ばす。

やはり仕事があるとはいいことだ、と前世の堕落ぶりを思い出して改めて思考する。

職場の居心地も良くなってきたことだし。


グレイガットとの決闘から、早くも2週間が経過していた。

あれから俺に対する風当たりは一気に弱くなり、廊下ですれ違えば快い挨拶を交わせるまでになっていた。


正式に執事として認められたため、食事の時間もフィリアの傍に立つようになった。

料理の乗った皿が整然と並べられた大きな机を囲むのは、フィリアの他に領主とヘレナだ。

領主の後ろには俺と同じように執事が立ち控えており、食事の世話をしている。


エリックの話を聞いた時から当たりをつけてはいたのだが、領主はやはりエリックに暴力行為を頻繁に行っていた男だった。

食事の場で顔を見た時は自然に寄りそうになる眉間の皺を押さえるのに一苦労だった。


視線が合った瞬間に嫌そうに顔を顰め鼻を鳴らす男に、神経が逆撫でされつつも一貫して平然とした態度を貫いた。

だが心の内では盛大な愚痴を吐き出し、俺の最終目標はこいつなのだ、と静かにエリックとの約束を思い出して決意を固めていた。


嫌な記憶を掘り起こしてしまったせいで、下がった気分のままにため息を吐き出す。

どうにかして一泡吹かせる方法を考えなければ。


だが俺の今の人脈と立場では到底成しえられないことだ。

まず協力してくれる仲間と、このレイリス家以外でも生活していけるような立場を築かなければならない。

グレイガットは倒したものの、まだまだ先は長そうだ。


再びため息を落としたところで、ふいに廊下が騒がしくなった。

ばたばたとものすごい勢いで足音が近づいてくるのが、床の震動からも伝わってくる。


「アルフ君! 学園! 学園行きましょう!」


バンと音を立てて開かれた扉から、転がり込むようにしてフィリアが顔を出した。

普段では出さないようなボリュームの声で、興奮したように手を無意味に大きく振りながら、俺にとっては初耳の事実を告げてくる。


「え? 学園?」

「はい! 王立魔術学園! ついに行けることになったんです!」


フィリアの口から出た名前には聞き覚えがあった。

王立魔術学園。

ここ、アルガディア王国に唯一存在する魔術専門の教育施設だ。

王都の中心近くに広大な面積を持って建てられた、専用の訓練場や研究棟なども擁した巨大な施設であり、王国内でも限られた貴族しか入学できないという。


多額な入学金を払えない平民には入れないのか、というとそうとも限らない。

一年に一度の入学試験を突破した中でも特に才能があると認められた者には、特別に入学金が免除になる可能性もある。

とはいえ、入学金免除はほんの一握りの受験者しか得られない恩恵で、毎年片手の指で数えられる程度しかいない。

だが入学するとそれだけでステータスになるという学園に入るということは、多くの平民の憧れであるのだ。


俺も幼少のころ、エミーリアから学園の話を聞き、無理だと分かっていながらも行きたいと憧れを持っていたのだ。

何しろ、覚えられる魔術が多い。

火魔法、水魔法などの高位魔術はもちろんのこと、アルガディア王国の秘術である転移魔法も学べるのだ。

俺の、というより現代を生きる男の憧れである。


フィリアが行けるようになった、とはしゃぐのも無理はないことだ。

恐らく金銭的な理由から行けるかどうか怪しかったのだろう。少し羨ましいがここは大人な対応をしなければ。


にこやかな笑みを浮かべて、フィリアに向かって少しだけ頭を下げる。


「おめでとうございます。いつ頃からご入学されるのですか?」

「ありがとう! えっと、今月末に入学試験があって、その一か月後くらいから入学します。私は試験を受けませんが、アルフ君頑張ってくださいね!」

「ええ……はい?」


まだ敬語の癖が抜けきらないのか、敬語交じりに嬉しそうに話すフィリアの口から、どこか引っかかる言葉が吐き出された。

フィリアは受けない? 俺が頑張る?

もしかして、とある予測が建てられたが、それはないだろうと即座に否定する。

え、違うよな?


俺の縋るような視線を気にも留めず、フィリアは再び喜色で告げる。


「ですから、入学試験、頑張ってくださいね!」

「え、え……?」


俺なの? という言葉を何とか飲み込んで、現状を把握しようとフィリアに疑問を投げかける。


「どうしてお嬢様は入学試験をお受けにならないのですか?」


俺の問いにフィリアは少しだけ眉を寄せると、不満そうに


「コネですよ」


と口にした。


「私は他の方と同じように入学試験を受けたかったのですが、お父様がコネを使って捻じ込んだんです。それで私一人では何があるかわからないからと言って、学園内で私に護衛をつけようとしました。どうせなら護衛と執事をできるような人にしようと――グレイガットはその候補でした」


ぽつりぽつりと告げられる言葉を丁寧に拾い上げていく。

道理で、どちらかというと気性の荒いグレイガットが執事候補という立場にいたのか。

納得しながら小さく頷いて、話の続きを促す。


「でも私、自分だけ後ろに護衛をつけているのは嫌なんです。初めてお父様の言うことに逆らって、同い年くらいの執事に代える許可をもらいました。そしたら、周りに護衛だって知られずに、私と同じようにして生徒として守ってもらえると思ったから……」


フィリアはそこで言葉を止めると、俯いていた顔を上げて俺と目を合わせた。

なんとなく逸らしてはいけないような気がして、正面から視線をじっと受け止める。


「それが、アルフ君だったんです。……でも奴隷だっていうこともあってすぐには認めてもらえませんでした。護衛が務まるわけがないって、お父様が話を聞いてくれなくて。

だけどこの間の決闘で、ようやく認める気になったみたいなんです。アルフ君が自力で学園に入れるのなら、入学してもいいって言ってもらえました」


嬉しそうに微笑を浮かべるフィリアには悪いが、俺はどうにも腑に落ちないでいた。

食事のたびに顔を合わせるが、はっきり言って認められているとは到底思えない。

以前のグレイガットのような蔑む視線を向けられているからだ。


もしかすると俺が試験に落ちるのを待って、フィリアを説得するつもりなのかもしれない。

あくどい笑みを浮かべる領主の姿が思い浮かんで、拳に力が入った。

領主の思い通りになるわけにはいかない。


「入学試験というと、どのような内容なんですか?」

「受けてくれるの!?」


身を乗り出すようにして聞いてくるフィリアに向かって、はっきりと首を縦に振る。

領主に一泡吹かせるという目標もあるが、俺自身も学園には憧れていたのだ。

入れるのなら是非入りたい。


「ありがとう!」


俺の首肯をみて、一際顔を輝かせたフィリアは、俺の手をつかんで闇雲に上下に振った。

普段はおとなしいフィリアだが、俺と話しているときは比較的幼いような言動をとることが多い。

やはり同年代の方が話しやすいのだろうか。


「それでね、入学試験は、筆記と面接があるんだって。筆記試験である程度の点数を取らないと、面接試験は受けられないらしいの。面接試験は対話から礼儀正しさとかを見たり、あと魔術も見せてもらうんだって。……アルフ君は、魔術を使える?」

「ええ、使えますよ。ある程度ですが」


世間一般の魔術がどの程度なのかは詳しく知らないが、俺の使える魔術はまだエミーリアよりも少ない。

初級中級と上級魔術が少し使える程度なので恐らく平均くらいだろう。


返事を聞いてよかった、と息をつくと、フィリアは俺に尋ねた。


「何か聞きたいことってある?」

「そうですね……。筆記試験はどのような問題が出されるのですか?」

「えっとね、文字の書き取りと、簡単な計算、あとこの国の歴史についてだったと思う」

「……歴史?」


フィリアの口から出た言葉に、思わず聞き返す。

俺はこの世界に生まれてから歴史を学んだことがほとんどない。

エミーリアの持つ本で申し訳程度に齧ったくらいで、最近の国の情況など全くと言っていいほど知らない。

学ぼうとしなくとも都市にいれば情報は集まってくるのだろうが、グエラ村は情報を集めようとしても集まらない。


どうか俺の聞き間違いであってくれと、一縷の望みをかける。

しかし残念ながら間違いではなかったらしく、フィリアは平然とした顔で「うん、歴史」と頷いて見せた。


歴史の話を聞くまでは少なからずあって自信が、音を立てて崩れていく。

文字や計算については全く問題ないし、面接も就活でしまくっているので慣れている。魔術に関しても平均程度はあるはずなので大丈夫だろう。

どう考えても歴史が大幅に足を引っ張っていた。


顔を引きつらせる俺にようやく気付いたのか、フィリアが恐る恐る俺に問いかける。


「もしかして、歴史わからないんですか……?」

「……ええ、さっぱりです」


苦虫を噛み潰したような顔で告げる俺。

フィリアは想定外だったというような顔で唖然としていた。


思わず大きなため息が漏れる。

……日本史とかなら得意だったんだけどな。


ため息をつく俺をどう思ったのか、フィリアは慌てたように「そ、そういえばっ」と無理やりな話題転換に入った。


「アルフ君、あの噂知ってますか? リレールに向かってきていたシャープウルフの群れが、ギルドに属していない少女に狩りつくされたっていう噂なんですが」

「シャープウルフが?」


目を丸くして聞き返すと、フィリアはこくりと頷いた。


シャープウルフというのは灰色の狼で、素早い動きが特徴的だ。

俺は本でしか見たことはないが、確かシャープウルフの群れは五、六匹程度だったはずだ。

素早く動き回るシャープウルフ五,六匹を一人で倒すなど、並大抵のことではない。

俺もできるかどうかわからない。


その噂が本当だとしたら、少女はギルドやらの勧誘を受けたことだろう。


「その少女はどうなっているんです?」

「それが、王立騎士学校へ入学したらしいんですよ。騎士学校が直々に招待したらしくって。もしかしたら私たちも会えるかもしれないね」


王立騎士学校か。

俺たちが行く予定である王立魔術学園のすぐ傍に建てられた施設で、二つは教育の一環で交流も図っていたはずだ。

確かにフィリアの言う通り、会う機会があるかもしれない。


がっちりとした筋肉質な体格の少女を思い浮かべて、頭を振った。


3章はお察しの通り、学園編です。

しかし入学できるのはまだ先になりそうです。


日が開いてしまい申し訳ありません。

リアルでの忙しさが一段落ついたら、もう少し更新速度が上がると思います。

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