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幕間、エリックの気持ち

間隔を置いた割に短いです。


ヘレナは村一番の美人だった。

村長を初めとした大人たちも彼女には一目置いていたし、子供たちはこぞって彼女と遊びたがった。

僕はそんなヘレナが妹であることが自慢で、両親も鼻を高くしていた。


でもそれも、とある商人が村を訪ねて来るまでだ。


村としては大規模な僕たちの住む村は、月に何度か商人が訪ねてきていた。

商人はいつも同じ人で、僕もヘレナも、その商人の優しそうな笑顔が好きだった。

だから母さんから商人が訪ねてきたと聞いたときは、その商人が来たと思い込んで、ヘレナと手をつないで大型の馬車を目印に走った。


でも、馬車から商品を出して、並べる準備をしていたのはその商人ではなかった。

笑顔を浮かべているけれど、どこか不気味な感じのする男で、僕は無意識に立った鳥肌を撫でながらその男に近づいた。


いつもと違うキラキラとした商品に目を奪われて、僕の手を引いたヘレナに促されるままに。


「どうかしました?」


穏やかに笑いながら、僕とヘレナに話しかけてくる男。

ヘレナは楽しそうに男と会話をしていたけど、僕は男の無機質な目が怖くてあまり話せなかった。

特に、男がヘレナを見るときの、商品を見るような目が恐ろしかった。


けれど男は特に悪事を働くこともなく、村のみんなを相手に商売だけをしていた。

僕が感じた嫌な予感はただの気のせいだったのだろう。

杞憂だったことに安堵して、ヘレナが商人の所へ行くのにも止めずにいた。


商人がこの村を去ることになってヘレナがやけに寂しがっていたのも、ただ珍しい宝石類を眺められなくなるからだと思っていた。


今になって考えてみれば、おそらくヘレナは何か妙な魔法でも掛けられていたのだと思う。

朝から晩まで、僕が引きずらなければ帰ろうともせずに、並べられた商品を眺め続けるというのは異常だった。

だけど何故だかその時の僕は、ヘレナを可笑しいと思わなかったのだ。


商人が荷物をまとめて馬車に乗ったとき、見送りに来ていたはずのヘレナの姿がなかった。


「ヘレナ?」


どこかに行っているのだろうかと思ったが、今までずっと商人の近くを張り付いていたというのに、いざ帰るというときにヘレナがいないのはどう考えてもおかしかった。

慌てて辺りを見回すと、視界の隅でヘレナの黒髪が靡いた。


首を動かしてその黒色を追っていくと、何故か馬車の中にヘレナの姿があった。

ヘレナはどこか焦点の合っていない目でぼーっとしていた。


「ヘレナ、何してるんだ!」


馬車から降りようとしないヘレナの手を引っ張って、引き摺り下ろそうと試みる。

もうすぐ出発するというのに乗っていては、そのまま商人とともに村を去ってしまう。

ヘレナが生まれてからずっと一緒にいたというのに、こんな良く分からない形で離れるわけにはいかない。


渾身の力で引っ張ろうと足に力を込めようとした時、ふいに馬車が動き出した。

支えを無くした足が浮いて、そのまま馬車に引っ張られる。

僕の手に繋がれているヘレナは、何故かピクリとも動かなかった。


言いようのない不安がどっと押し寄せて、本来なら僕が下りて村長にこのことを伝えれば、馬車が止まると頭の片隅で分かっていたのに、僕はヘレナと一緒に馬車へと乗り込んでしまった。







馬車が止まると、商人は僕を見て眉を顰めた。

恐らくヘレナだけを連れてくる気だったのだろう。


ヘレナを見る無機質な目に薄く欲望の色を見たような気がして、動かないヘレナの手をぎゅっと握りしめた。

商人は僕がヘレナから離れる気がないのを悟ったのか、チッと小さな舌を打って乱暴に僕の首根っこをつかみ上げた。

空いた片方の手でヘレナの手を掴むと、僕を引きずって、ヘレナを引き連れて歩き出した。


辿り着いたのは、やたらと豪華な屋敷だった。

ヘレナは商人に手を繋がれたままどこかへ連れられて行き、僕は地下室の倉庫の隅の小さな部屋にぶち込まれた。


その日からは地獄のような生活だった。

毎日毎日、ゴミだめのように汚い場所の掃除を押し付けられ、それが終われば領主から理不尽な暴力を振るわれた。

ストレスを当てられるだけの人形に成り果てていた。


全身の痣は消えるどころか増え続け、いつまでたっても治らない。

食事は十分に食べさせてもらえないため、健康だった体はあっという間にガリガリになっていた。


そんな中で、僕の妹を心配する気持ちは徐々に薄れていってしまった。

最初は暴力を振るわれても自分のことは気にせず、妹のことばかり心配していたというのに、妹の姿を遠目から見た時に変わってしまったのだ。


ヘレナは綺麗な服に身を包んで、傷一つない体を着飾っていた。

艶の失われていない黒髪や、こけていない頬から健康体を保っていることが伺えた。


自分とヘレナの姿の違いに、思わず唖然としてしまった。

僕が心配するまでもなかった。ヘレナはここで、奴隷とは何なのかと思わされるほど優遇されていたのだ。


やがて僕は、ヘレナに嫉妬するようになっていた。

僕がこんなに苦労しているのに、どうしてヘレナはあんなにもいい生活を送っているのか。

嫉妬は恨みに変わってしまっていた。


ある日、僕がいつものように地下室の部屋で眠っていると、ふと足音が聞こえた。

ふらふらとした危なげな足取りで、近づいてくる人影。

目を覚ましてその人を見上げると、その人は黒髪を乱れさせて泣きじゃくっていた。


「ヘレナ……?」


ヘレナの姿は酷い有様だった。

いつも綺麗にその身を包んでいるドレスはくちゃくちゃに乱れており、靴も履いておらず裸足のまま。

まるで誰かから急いで逃げ出してきたようだった。


「お兄ちゃん……」


ヘレナはぽつりと呟くと、ただひたすら涙を落とし続けた。

そしてがくりと膝と曲げると、電池が切れたように気を失った。


そこには僕が羨んで憎んでいた、華やかなヘレナの姿はなかった。

僕以上に疲れ果てた妹だけがいた。


こんな妹をずっと恨んでいた自分に腹が立った。

自分だけが苦しんできたと思い込んで、ヘレナの気持ちも知ろうともしない、バカみたいな兄貴だと思った。

僕はその夜に、妹を守る決心をした。







それからしばらく経った後だった。

アルフォンという奴隷がこの屋敷に入ってきたのは。


そいつは奴隷という身分でありながら、執事をするという破格の対応を受けている奴だった。

僕はヘレナという前例もあるということを踏まえて、そいつも何か訳ありなのかもしれないと思っていた。


だけどいつまで経っても、アルフォンが何か奴隷らしいことをしているということも聞かず、僕の苛立ちは募っていった。

ヘレナはあんなに苦労しているのに、どうしてそいつだけが執事をやっているのだろう、と。


そいつは毎晩、何故か僕らの部屋に来ていた。

僕がそれに気づいたのはそいつが屋敷に来てから1か月近くたった時だった。


僕は苦労もしていない奴がこの部屋に訪れることに苛立ちが抑えられず、思わず激昂してしまった。

けれどそいつは僕に対して怒るわけでもなく、真摯に僕の感情を受け入れていた。

悔しいけど、いい奴だった。


でもきっと、アルフォンは僕の手助けに気づいていないんだろうな。

苦笑を漏らして、呑気に笑うアルフォンの姿を思い浮かべた。


あの人見知りのヘレナが、何もなしで初対面の人に会いに行くと思っているのだろうか。

僕がこっそりとヘレナに会いに行って、決闘があることと、僕とアルフォンの約束の話をしていなかったら、きっとてこでも動かなかっただろうに。


全く感謝してほしいものだ。

といっても、僕の方が感謝してもしきれないんだが。


感情を出せなくなったヘレナが感情を取り戻せる機会が出来たかもしれないのだ。

いつかヘレナと笑いあえる日を想像して、頬が緩んだ。


でも、ヘレナとアルフォンが良い雰囲気になるのはダメだな。

ヘレナはアルフォンを気に入ったようだけれど、フィリアお嬢様という強敵がいるのだ。

ここから逆転するのは中々厳しいものがある。


ヘレナの幸せを願うならそうするべきじゃないな。

自分の思考がだんだんと親父臭くなっているのを感じて、苦笑いが漏れた。


これで2章は終わりになります。

次から3章です。

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