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1、魔法を覚えましょうか

 ぴちぴちと囀る鳥の声が、森の中から重なって聞こえる。木を揺らす爽やかな風が、少しほてった肌に触れ心地よい。

 俺がもう一度生まれてから、早くも3年が経った。

 初めは赤ちゃんに戻ったことに困惑し忙しい日々だったが(主に精神的に)、徐々にそんな生活にも慣れた。

 いや、流石に授乳やおしめの交換などはいつまでも慣れなかったが。

 赤ちゃんの身であるから、欲情こそはしなかったものの、俺はいつも複雑な気持ちでいっぱいだった。

 そんな乳児期をどうにか乗り越え、言葉を何とかマスターすると両親や知り合いの会話から情報を集め続けた。


 どうやらここは、いわゆる異世界らしい。

 魔法もあり、魔物も存在する。

 魔物は人族や獣人、エルフ、ドワーフなどと長い間敵対しており、それこそ少しの魔力の漂う場所であればどこにでも生息している。

 町や村に魔物が襲撃してくるということも、そう珍しくないらしい。

 大規模な戦争はここ数十年ないものの、小規模な争いは今もそこかしこでおこっているようだ。

 魔王や勇者といった存在はまだ確認していないが、こんなにファンタジーチックな世界だ。もしかするといるのかもしれない。


 言葉や文化も大分異なっている。

 町へ行けば、石造りの建物やら馬車やら中世ヨーロッパのような文化らしい。

 ここで何故俺が「らしい」としかいえないのかというと、俺の生まれたこの村が恐ろしく時代遅れであるからだ。


 アルガディア王国。

 王都リレールを中心とする商業大国だ。

 世界的に見ても文明レベルは高く、今もリレール周辺の商業都市で新しい技術が開発され続けている。

 ……だというのに。

 アルガディア王国の最南端に位置するレイリス領。の更に最南端にひっそりと存在する、このグエラ村は、先にも述べたように恐ろしく時代遅れだ。

 文明が進んでいるはずのこの国で、文明に取り残されすぎている。


 村の総人口はおよそ30人余り。そのうち八割が30歳以上だ。

 この世界では平均寿命が低く、50歳まで生きれば長寿といわれている。勿論、エルフなどのもともと長寿な種族は除いて。

 更に言うと、このグエラ村では食事の基準が低く、衛生面もいいとは言えない。

 この地域に限って言えば、40歳を過ぎるともういつ死んでも不思議ではないのだ。

 その現状を鑑みれば、グエラ村がいかにド田舎なのか理解していただけるであろう。


 俺の家自体も非常に貧しい生活を送っている。

 両親は朝から晩まで農作業や鉱石掘りに忙しく、ほとんど3歳の俺にかまっている暇などない。

 俺が生まれてからの世話も、両親ではなく少し蓄えのある近所のお姉さんが行っていた始末だ。

 そのお姉さんというのが、俺がこの世界で意識を取り戻したときにはじめて見た、銀髪の美人だ。

 3年経った今では、幼さが引いて、すっかり大人っぽさが滲むようになった。そんな美人と長い間一緒にいるのだ。正直に言うと目の毒である。

 三年かけて何とか慣れてきたが。


 エミーリアというこのお姉さんは、村からは少しはずれたところにある森の中で一人暮らしをしている。

 森に隠れるようにこじんまりとした小さな家だ。

 どうやら昔冒険者をしていたらしく、今でも蓄えがあるのはそのときの財宝のおかげらしい。

 釣り目がちで凛々しい顔つきから、剣士でもやっていたのかと思ったが、意外にも魔術師だったんだとか。


 まあ、ここまで言えばわかるだろう。

 俺、魔術を習う気満々です。

 異世界に来た、魔法が使える。となると、魔法を使うほかないだろう。

 ライトノベルなんかによくある、チートとかあったりしないかな、なんて淡い期待もある。

 魔術がすごすぎて王宮に呼びつけられたり、美女に囲まれてハーレム作ったり。

 異世界というだけで夢が膨らんでしまう。


 だが、そんな妄想癖のある俺にも不満がある。

 こんなド田舎に生まれてしまったことだ。

 エミーリアという美人なお姉さんに魔術を教えてもらえるという点はあるが。

 こういった異世界転生ものは貴族に生まれてくるのがお約束なんじゃないのか。いくらなんでもこんなど田舎じゃなくとも、ほかにいくらでもあっただろうに。

 まあ、過ぎたことは仕方がない。

 俺はこの村から出られるように、ある程度強くならなければならないのだ。


 森の小道を30分ほど歩くと、ようやくエミーリアの家が見えてきた。

 実際にここに来るのは初めてだが、なるほど、話に聞いたとおりこじんまりとした家だ。

 今日、ここへは誰にも言わずにこっそりと来た。こっそり、とはいっても基本外に出ている両親だから、家を出るのは簡単だったが。

 3歳児が30分かけて森を歩く。あまり褒められたことではないとは思うが、ぼろ過ぎる我が家では魔術の練習など出来ない。すぐに倒壊してしまう恐れがあるからだ。

 加えて、物心ついたばかりほどの子供が魔術を習っている姿も、あまり見られたくはない。

 エミーリアに怒られるだろうが、俺が魔術を習うにはこうするのが最善であった。


 木製の扉を、少し力を入れて叩く。

 はーいと間延びした返事が聞こえてきた。どうやら寝ていたようだ。

 そのまま扉の前でしばらく待つと、キィと音を立てて扉が開く。


「どちらさんー?」


 扉から顔だけ出したエミーリアと目が合う。エミーリアは数回瞬きすると、なぜかゆっくりと扉を閉めた。


「なんで閉めるんだよ。エミー姉、俺だよアルフォン」


 閉まってしまった扉を、先ほどより強めに叩く。

 すると、扉が再度開いた。


「なんでいるのよ、アルフ……。村からも遠いし、家の場所なんて教えてないのに」


「まあまあ、細かいことは気にしないで。それより、俺に魔術を教えてくれよ!」


 呆れたようにため息をつくエミーリアに、出来るだけ子どもらしく明るく言う。

 子ども離れした言動が多い俺に諦観を抱いているようなエミーリアだが、その分俺が子どもっぽくすると非常に甘くなる。

 案の定ぱっと表情を明るくさせたエミーリアは、快く中へと入れてくれた。

 大人の弱みに付け込んだ卑劣な策だと認めざるを得ない。

 エミーリアの輝くような笑顔を見ていると、なんとなく罪悪感が湧いてきた。


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