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Seek out  作者: ami
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意外

今日も目覚ましより早く起きてしまった。

最近はかなり目覚めが早いが、ゲームの緊張感からくるものだとしたら、あまり良い目覚めではない。

役目を果たせなかったアラームをOFFにし、部屋を出る。洗面所で顔を洗った後、リビングを覗くが、案の定まだ誰も起きていない。そのまま廊下を進み、玄関を開けてポストから新聞を取り出す。ポストに新聞が残っていることを怪訝に思い、下駄箱を開けると父の靴がまだあった。いつもならもう出勤している時間だ。


「今日は休みなのかな」


下駄箱を閉めてサンダルを脱ごうとした時、足元に茶封筒が落ちているのに気付く。チラシの一部だろうと思い手に取るが、宛名が僕の名前になっている。差出人は不明。まさかと思い、新聞をその場に置いて自分の部屋まで走る。ドアを閉め、急いで封筒を千切って中身を確認する。中から出てきたのは、りそな銀行の通帳とキャッシュカード、それと便箋が一枚。便箋にはキースからのメッセージが書いてあった。




申し遅れましたが、こちらが今回ゲームで使用して頂く口座になります。取引店からプレイヤーの住所が判別できないよう、取引店は最寄りの支店にはなっていないので御安心下さいませ。同封されている通帳は、特に書き込む必要はありませんが、必要であればお使い下さい。暗証番号は9009です。




通帳を手に取って中を開くと、キースの言う通り取引店は九段支店になっていた。当然残高は0円。カードも通帳も偽物には見えない。とりあえずカードは財布に入れ、通帳は封筒と一緒に引き出しにしまう。

僕はこの時、あることに気づいていた。

それは、封筒に切手が貼られていなかったということ。

投函した場合には必ず切手が貼られている筈だ。

ということは、今回のこの封筒は、誰かが直接ポストに入れたことになる。当然ゲームを統括しているキース側の人間が入れたのだろうが、態々僕の家まで来て、直接ポストに入れる必要があるだろうか。それとも僕の家を知っているということ、近くにいるということを僕に言いたいのだろうか。いずれにしても腑に落ちない。


まあ最初から謎めいたことだらけなのだから、今更謎を追っても仕方がない。

とりあえず今は、この口座が使えるのか確かめる必要がある。尤も、使えると分かったとしても、引き出しの奥にしまってある100万円をこの口座に移す気はない。この期に及んで信用していないわけではないが、信頼することはできない。当然の事だがゲームが始まった以上、徹頭徹尾用心することを怠ってはいけない。全てが後の祭りでは遅いのだから。早朝からの意外な出来事のおかげで、すっかり目が覚めてしまった。

薄暗い部屋のカーテンを開けると、今まで遮られていた陽光が、一瞬にして僕の部屋を照らしだす。

そのあまりの眩しさに、反射的に目線が下がる。最近の天気は晴れ続きで、本当は清々しい気分になるはずが、今の僕は、胸中に潜む蟠りと中和しても、やっと曇りになる程度だろう。この胸の曇った蟠りは、ゲームをクリアーすれば晴れるのだろうか。二ヶ月という短い期間なのに、遥か遠い日のように思う。

少しだけ窓を開けて、澱んだ部屋に清浄な空気を取り込む。まだどこか冷たさを帯びた六月の風は、肌に馴染んで気持ちが良い。小さく深呼吸をしてから、学校に行く支度を始める。


制服に着替え終わって、今日聴くMDを選り抜きしていると、下から母の呼ぶ声が聞こえる。どうやら朝食ができたようだ。仕方なく適当にMDを抜いて、鞄に投げ入れる。

キッチンのテーブルの上には、既に数品のおかずとトースターが置かれていた。どうやら朝食はパンらしいが、和食派の母にしては珍しい朝食だ。


「今日は洋食なんだ」


「そうよ、偶にはいいでしょ」


狭い弁当箱に冷凍食品を無理矢理詰め込む母は、片手に持った菜箸で、パンがしまってある棚を指す。棚からパンを取り出して、トースターでパンを二枚焼いている間にコーヒーを入れる。


「そういえば、父さんって今日休みなの?」


「今日は午後からなんだって、まだ寝室で寝てるわよ」


成程。と思い、コーヒーを一口飲み終わった途端にパンが勢い良くトースターから跳ね上がる。その些細な衝撃に驚いてしまい、取っ手にコーヒーを零す。


「熱っ」


思わず表情を歪ませるが、カップを持った手は離すまいと必死で堪える。


「相変わらずね」


口惜しいが今回ばかりは母の言う通りで、反論する術は皆無である。カップをテーブルに置き、床に垂れたコーヒーを拭き取る。幾つに成ってもトースターに驚く自分が情けないとは思うものの、認めても治らないのだから仕方がない。

自責の念に駆られている内に意外と時間が無いことに気付き、手早く朝食を済ませて身支度をして家を出る。

駅までの道のりを少し駆け足で進み、遅れた距離を取り戻す。

駅に近づくに連れて人通りも多くなり、駅の構内は既に沢山の人で入り組んでいた。周囲の流れに合わせて改札を抜け、僕もホームを目指す。急いだ甲斐あって、予定時刻の三分前にホームに着く。歩きながら息を整え、落ち着いたところで鞄からMDを取り出して再生する。片手で携帯を弄っていると、今更ながら今日が金曜日だということに気付く。


「もう金曜日、早いな」


テスト期間ということもあったが、それ以上に今週は色々あり過ぎた。しかし、これからしなければならない事の方が色々あるのだから、疲れたなどとは言ってられない。寧ろ、日の経過を早く感じることはプラスに考えるべきだろう。


東西線が目の前をゆっくりと流れて、ドアを前にして停車する。やがて鳴り響く耳をつんざく程の発車のベルが、僕を不愉快にさせた。

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