観点
「はぁ。疲れたな、コンビニでも行くか」
ゲームを始めておよそ3時間が経過した時、傑が立ち上がって大きく伸びをする。恐らく15試合くらいしたが、今日も1試合も勝てなかった。
「何故勝てないんだ」
身も心も真っ白になった僕は、自問自答を繰り返す。
「まあ、そんなに落ち込むなって。前より格段に強くなってたぜ」
上着を着ながら、傑が珍しく慰めの言葉をかけてくる。暫くして悔しさが笑いに変わり、僕も立ち上がって伸びをする。
「よし、喉渇いたしコンビニ行こう」
テレビを消して部屋を出る。
上着を着ながら階段を下りて外に出ると、辺りはすでに薄暗くなってきていた。コンビニまで歩きながら傑と世間話で盛り上がっている時、ふとゲームのことを思い出す。気付けば、傑と遊んでいる時は全く思い出さなかった。しかし、一度思い出してしまうと、頭の思考回路が切り替わってしまう。次第に会話は傑が一方的に話し、僕は相槌を打つだけになってしまう。
コンビニに着き、僕は午後teaとスナック菓子を手に取り、傑が買い終わるのを待つ。意外と傑はこういうことに時間が掛かる。決して優柔不断ではない傑は、どちらかというと完璧主義者なのだろう。自分が納得するまでは、絶対に退かないタイプだ。仕方なく先に会計を済ませて、雑誌を立ち読みしながら待つことにした。どうせすぐには決まらないだろう。
約5分後、僕の予想通り満足気な顔をした傑が僕の肩を叩いた。
「わりぃな、行こうぜ」
一緒に店を出た後、そのことについて傑に聞いてみた。
「なんでお前は、ああいうことには時間が掛かるんだ?」
「ん?」
僕の前を歩いていた傑には聞こえていなかったのか、振り返ってもう一度聞きなおしてくる。
「だから、普段から大抵の事に時間を掛けないお前が、さっきみたいな時はいつも時間掛かるだろ。何でなのかなって思ってさ」
それを聞いた傑は、苦笑して再び前を向く。
「そんなの当たり前だろ。お前だって自分の服を買うとき悩むだろ。それと同じ」
傑はあっさりと返答するが、何となく論点がずれている気がする。しかし、傑は根拠の無い話は絶対にしない。何かしらの持論を持っている傑の話は深くて面白い。僕はこういうお互いの価値観に触れられる会話が一番好きだ。
「確かに物を買うという点は合ってるけど、服を買うのとお菓子を買うのとでは値段も違うし、そもそも物が違うだろ?」
僕の問いかけに、傑は深く考え込むように下を向いたままだ。やがて考えがまとまったのか、顔を上げて口を開く。
「しょうがねーな、お前に分かりやすく説明してやるよ」
何を考えていたのかと思えば、僕に分かりやすい説明の仕方を考えていたらしい。傲慢な態度の傑に少し腹が立ち、小声で皮肉をこぼす。
「どうせ持論だろ」
「まあ聞けって。お前さっき値段が違うって言ったよな?それは服が何千円もするのに対し、お菓子は数百円で買えるという額の違いを言ったんだよな?」
「そうだよ、やっぱり額が高いと買うか迷うだろ普通。しかも服は自分が着るわけだし、持ってる服とかによって、合わせたりもするだろ?」
「確かに。じゃあ、何で額が高いと迷うんだ?服が欲しくて服屋に行ったんだぜ?」
最初は僕が質問していたのに、いつの間にか立場が逆転してしまった。
「それは……やっぱお金は大事だから?買った後の事とか考えると、買えない時とかあると思うよ」
「正解。簡単に言うと、人間が物事を考える時なんか限られていて、その大概がお金を使う時なんだよ。お金は使えば失ってしまう。人間は不安に耐えられない生き物だから、失うという行為を上手く受け入れられない。だから悩む」
だんだん話が深くなってきて、置いていかれないように必死に考える。僕が何も言わないのを確認して、傑は話を続ける。
「しかしそう考えた場合、優の話は矛盾する。服を買った場合、お金は無くなるが服は残る。そして今後その服を活用できる。しかし食べ物や飲み物は、お金も無くなり、消費すれば何も残らない。」
「でも、食べ物は生きていく為のエネルギーになるんじゃない?飲み物だって貴重な水分だろ?形には残らないけどさ」
その僕の意見を聞いた傑は、足を止めてその場に項垂れてしまった。
「お前は俺をからかってるのか?」
言っている意味が分からない。
「からかってるって、どういう意味だよ?」
「お前今、俺が言いたい事言ったようなもんだよ」
そう言うと傑は家の中に入っていってしまう。気がついたら傑の家の前だった。未だに理解できない僕は急いで傑の後を追う。
「ちょっと、もう少し分かりやすく説明してくれよ」
僕は玄関で靴を脱いで、階段を上がる傑の背中に声を掛ける。
「まあ本当に必要な物なんて、案外安く手に入るってことだよ。だからホームレスのオッチャン達は生きていけんだよ」
背中で語った傑のその一言で、何となく傑の言いたい事が分かった気がした。
「生きていく為に必要な物か……」
今日もまた一つ、僕の価値観が傑色に染められていった瞬間だった。