虚勢
結局残りのテストもゲームのことを考える時間に費やし、白紙に終わった。
学校が終わると、すぐに帰り支度をして教室を出る。柳田涼子のことから、学校も安全な場所とはいえなくなった今、安心できる場所は家しかない。
いつも通り電車に乗り、7分足らずで葛西に着く。階段を下りて改札を通って駅を出る。
ケータイを取り出してマナーモードを解除し、メールがきていないことを確認してから再びポケットにしまうが、すぐにケータイが鳴り出す。この着信音は傑からだ。
「もし?」
「あーもしもし?今どこ」
受話器の向こうから、傑の声に重なって複数の聞き慣れた声が聞こえてくる。どうやらまだ学校にいるらしい。
「今、ちょうど葛西に着いたところだけど」
「マジ?もう帰ってたのかよ。俺さ、今日部活休みだから遊ばねえ?」
唐突な傑の提案に、いつも通り快諾しようと思ったが、奴らの動きが気になるこの現状で遊んでいる暇など無い。しかたなく断ろうと思ったが、最近傑と遊んでなかったし、せっかく傑から誘ってくれたのだから。という気持ちが判断を鈍らせる。
散々悩んだ挙げ句、結局断る理由が見つからず、約束を受けることにした。
「いいよ。どこで遊ぶ?」
「じゃあ俺も今から帰るから、とりあえず家に着いたら連絡する」
「わかった。じゃあ後で」
傑の声が通話終了の電子音に変わったのを確認してからケータイをしまい、再び家に向かって歩を進める。
車の後を追うように、爽やかな風が環七通りを吹き抜ける。僕はその風を体内に取り込んで、頭の回転数を上げるための動力に転換する。
パソコンで全てが働くこのゲーム。
参加しているプレイヤーは、皆パソコンを持っていることになる。しかも皆自由に私用できるパソコンでなければならない筈だ。家族共用などといったパソコンでは、簡単に親に知れてしまい大騒ぎになる。僕の考えでは、中学生の恐らく高学年からの参加が最低ラインだと考える。しかもそれなりに裕福で、僕みたいな一人っ子の可能性が高い。
しかし、これは学生の可能性を考慮しただけの考えでしかないし、実際は仕事で使用したりする社会人の方が、パソコンを持っている割合は圧倒的に多い。学生と比較しても、その差は雲泥の差程あるだろう。インターネットで何でもできる今の時代、社会人なら一人一台持っていてもおかしくはない。
こう考えると他のプレイヤーは自分より皆年上で、たかが高校生の僕なんかに比べて、様々な知識を身につけている立派な『大人』に思えてくる。なんだか自分が不利な状況に立たされている気がして、少しながらも戦意が薄れてしまう。
しかし、前向きに考えると僕が有利だと思える点が一点ある。
それは僕が学生だということ。
社会人なら、自分の生活のために働かなければならない。
ゲームのことなど考えている暇などないだろう。
だが皮肉にも、既に一人が処理されたことを知った今日、もう他人事では済まされなくなったわけだ。会社を辞めたりすれば、禁止事項の『急激な生活基準の変化』に当て嵌ってしまう。勿論僕も学校を辞めることはできない。だから普段の生活を営みながら、生き残るための考えを廻らさなければならない。そのために必要なのは時間だ。
その点においては、学業が仕事である僕は断然有利だといえる。大人の方が頭の良いイメージがあるが、そもそも隠れんぼなのだから、頭の善し悪しは然程関係ない。このゲームは決して有名大学出の坊ちゃんが勝つとは限らないのだ。寧ろ必要なのは知恵だ。それも悪知恵。
悪知恵比べなら望むところだ。あの傑にだって負ける気がしない。傑にはいつも、それは屁理屈だ。と言われるのだが、屁でも何でも理屈は通っているのだから間違ってはいないってことだ。
それに、今の大人達なんかには絶対に負けたくない。はっきり言って今の大人達は腐ってる。地位や名声を利用して、なにかと騒ぎを起こす市議会議員や、リストラされただけで自殺する本当の役立たず達、感情に任せて人を殺すような、人間と言う名の器を身に纏っただけの木偶の坊。
メス(欲望)を見つけては腰を振るような猿(大人)なんかに負けたら、恥ずかしくて生きていけない。だから僕はこのゲームに勝ち残って、猿達を足蹴にもっと高みを目指す。
本当の大人になるために。
実際はそこまで大人を憎んでいるわけではなかった。悪い大人と言ってもほんの極一部の人間で、本当は感謝しなければならない大人の方が星の数ほどいるということも、僕なりに理解しているつもりだ。特に両親には。でも、きっと僕はそうでもしないと
人を殺すことなんて、できないから…………。
然程