単騎
昨日の晩飯と同じような朝食を食べ、歯を磨き、髪を整えて家を出る。ヘッドホンを付けて、いつも通りMDを再生して音楽を聴く。そしていつもの道をいつものように歩くが、何か違う。というよりは、
違和感――――――。
自分が気にしているせいなのか、やけに視線を感じる。周りの人と目が合うだけで怖い。
自分以外が全員敵に見える。まさに隠れんぼ。
少しだけMDのボリュームを上げて、できるだけ顔は上げないようにして早足で駅に向かう。
通勤、通学ラッシュで混み合う東西線。一体この車内に何人の人が乗っているのだろう。もしかしたら僕以外のプレイヤーが乗っているのかもしれない。
あいつ……この人……あの人……それとも………。
一人で暗中模索している間に電車は減速し始め、東陽町の車内アナウンスが流れ始める。
混み合う人達の合間を縫うように車両から抜け出して、新鮮な外の空気を吸う。
混み合った朝の満員電車の中は酸素が薄く、窒息してしまう気がする。
それ以外にも香水を大量に付けている奴とか、加齢臭のキツイおやじ、大声で喋るGALとかも窒息の原因だ。そういった僕の気分を害する外敵や雑音から身を守るために、いつも音楽を持参している。ヘッドホンから聴こえてくる音楽は、僕の体をメロディーのバリアで覆ってくれる。そして僕が雑音の世界に迷い込まないように、いつも優しく誘導してくれる。
駅のホームで東京メトロ東西線を見送った後、前の人に倣って改札を出る。途中でコンビニに寄って、蒸しパンと午後teaを買ってから学校に向かう。
同じ格好をした働き蟻達と共に、昇降口で内履きに履き替えて各巣に入っていく。教室に入ると既に傑が席に座っていて、珍しく教科書を読んでいる。いや、読んでいるというよりは、ただ眺めている感じだ。
「おはよ。お前が勉強とは珍しいな」
昨日の言葉をそっくり返してやった。
「ばぁーか、俺が勉強なんかするわけないだろ。これは読書だよ」
そう言うと、教科書の表を見せてくる。
表紙には現代文と書かれていた。現代文は昨日のテスト教科だから、確かに読書だ。その光景は、側から見るとテストを諦めただけの馬鹿に見えるが、傑は違う。所謂、『一度聞けば分かる』授業を聞いているだけで理解できる傑は、秀才と呼ばれる部類の人間なのだろう。その性分からくる余裕ならば納得がいく。
「なんかお前、最近忙しそうだな」
いきなり核心を突いた傑の質問。返す答えに戸惑ってしまい、曖昧な答えを返す。
「え?あぁ、まぁ忙しいって言ったら忙しいかな」
曖昧な答えを返したせいで、隠し事をしていることがばれたかもしれない。傑はこういうことに関しても頭がキレるから厄介だ。
「なんだよ、気になるだろ。教えてくれよ」
「えー…。じゃあ2ヶ月後に教えるよ」
「なんだそれ」
結局聞き出せないことを悟ったのか、傑は前を向き拗ねてしまった。とにかく今は傑にもゲームのことは絶対に言えない。
静まり返った教室。テスト時の席に着き、前からくる答案用紙を後ろに回して時を待つ。
やがて開始のチャイムが鳴り響き、一斉に紙を捲る音が聞こえる。僕は解答用紙に名前だけ書いて、それからはゲームのことを考えていた。
昨日の晩、気になることをパソコンで色々調べてみた。
まずは事の元凶、クレメントキースについて。
クレメントキースは実在した人物で、航空会社の株を売買する持株会社 North Americanの設立者だった。
North Americanはアメリカ合衆国の航空機メーカーで、特に第二次世界大戦時には、戦争に使われたアメリカ戦闘機の製造を行っていた。
次にプレイヤー名について。
案の定、僕達プレイヤー名は戦闘機の名前で、その殆どが North Americanで製造された戦闘機から取ったものだった。そしてゲーム終了日が8月15日の終戦記念日とは、随分凝ったことをしている。
それに、ミッチェルが死んだ時に使われた『散華』という言葉も、確か日本兵が戦死したときに使われた、戦死を美化した表現だ。
ここまで戦争に拘る理由は何なのだろうか。
それに戦争と隠れんぼの関連性なんて皆無に等しいと思う。
遊んでいるとしか思えない。その遊び心で人の命を簡単に扱うキースに無性に腹が立つ。しかもその決断を全く関係のないプレイヤーに決断させるこのゲーム。僕はプレイヤーの名前を知った時、躊躇いなく書き込むことができるだろうか。僕が直接殺すわけではないが、間接的に殺していることになるのかもしれない。
考えているうちに45分はあっという間に過ぎてしまい、白紙の解答用紙は速やかに回収されていく。周囲では緊張から解放されたクラスメイトの嘆き悲しむ声や、互いに答えを確認し合う声が聞こえてくる。いつもなら僕もその中の一人なのだが、今の僕にとってそれは全く関係のない話に聞こえてくる。
鞄から午後teaを取り出して封を切り、ストローを挿して口元に持ってくる。顔を45度上げた視線の先には、見慣れた時計が音も無く時の経過を知らせていた。
側 所謂