第二章 掌の中
ようやく第二章に入りました。これから面白くなっていくと思われるので、お付き合いお願いします
少し肌寒さを感じて思わず目が開く。朧気な目は上手く焦点を捉えきれず、意識は未だに夢見心地を彷徨っている。夢と現の境がはっきりと分かれた時、沸々と迫り来る危機感が僕を駆り立てる。
やばい。と思って状態を起こすように脳が全細胞に呼びかけた途端、背中に激痛が走る。
「痛っ」
どうやら昨日はあれから椅子に座ったまま寝てしまったらしい。丸まった背中を摩りながら急いで時計を探す。時計の発見と同時に6時を知らせるアラームが鳴り始める。
「まだ6時か。よかった」
寝坊したかと思って内心ホッとする。アラームを止めて、年寄りみたいに丸まった背中を無理矢理矯正する。
「うぅ……ううぅ…」
骨が折れたような音を鳴らしながら、一段一段階段を下りていく。
静まり返ったリビングには、微かに父の残り香が漂っていた。以前母から父の出勤時間が早くなったと聞いていたが、こんなに早いとは思わなかった。容態の優れていない昨日の父を思い出すと、少し心配になる。
そのままキッチンに回り、ヤカンに水を汲み火にかける。食器棚からマグカップを二つ取り出して、コーヒーを二人分作る。お湯が沸くまでテレビを見ようと思い、テーブルの上に置いてあるリモコンに手を伸ばすが、脇に置いてある新聞が目に入る。恐らく父が出勤前に読んだのだろう。何故か暫く新聞から目が離れない。
何か大事な事を忘れている気がする。
―――――柳田 涼子。
思い出して一目散に新聞を捲る。これで全てがはっきりするはず。
本当はあってはいけない記事なのだが、心密かに期待してしまう自分がいる。
何枚か捲るうちに、ある見出しに目が留まる。
『港区女子高校生刺殺 連続通り魔の疑い』
昨日21時30分頃、東京都港区の南麻布で女子高校生が何者かに刺され、路上に倒れているところを近所の住人が発見し、警察に通報した。
殺害されたのは、事件が起きた南麻布に在住の 柳田 涼子さん(17)であることが判明。
涼子さんは地元の高校に通う高校3年生で、事件当日は銀座や六本木の高級ブランド店で買い物をしたあと、最寄りの広尾駅から自宅に帰る途中に何者かに殺害された疑い。警察庁は涼子さんの所持品が何も盗まれていないことから、先週に起こった通り魔事件と同一犯の可能性も視野に入れ、殺人事件として捜査することを明らかにした。
暫く食い入るように見ていたその記事が、ゲームの真偽を解くと同時に新たな疑心暗鬼を呼び起こす。ただ無感情に羅列しているだけの文字は、恐怖感を煽るのには充分過ぎるものだった。
遠くで寝室のドアが閉まる音がして急いで新聞を畳む。テレビを点けて、いかにもテレビを見ていたかのように装う。リビングのドアが開き、眠そうな母が入ってきた。
「おはよう」
「おはよう、今日も早いのね。さっきからお湯沸いてるわよ」
「えっ、ごめん。ついテレビに夢中で」
少しはにかんでみせてキッチンに回る。ヤカンの怒りを静めてマグカップにお湯を注いでいく。その行為を見た母が白々しく聞いてくる。
「あっ、お母さんの分は?」
マグカップが二つ置いてあるのを見れば分かるだろう。まったくこの人は。
「あるよ。ちゃんと」
無愛想に答え、二つ目にお湯を注ぐが半分くらいで滴に変わってしまう。沸かし過ぎて蒸発してしまったのだろう。どう見ても足りない。
「教えた通りね」
笑いながら言う母は、当たり前のように出来上がった方のマグカップを手に取り、リビングに戻っていく。最低だ。
仕方なく冷凍庫から氷を三つ取り出してカップに入れ、残りを牛乳で割ってアイスラテにする。スプーンで掻き混ぜ、底まで冷えたところで一気に飲み干す。なんだか損した気分だ。
使ったカップを洗い、水切り籠に逆さに置いて手を拭く。リビングに戻ると、そこには熱心にチラシを睨む主婦がいた。
「そろそろ朝御飯作ってね。俺部屋で支度してるから、出来たら呼んで」
「あぁもうそんな時間?弁当はいらないのよね?」
重い腰を上げてキッチンに向かう。
「うん、いらない。でもテストは今日までだから明日からまた弁当ね」
キッチンの方からわざとらしい声で、聞こえなーいと母の声が聞こえたが、これ以上は相手にしていられないので無視して二階に上がる。
もしかすると、家の母はクレメントキースより性質が悪いのかもしれない。
現 性質 掌