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試合形式の練習をしませんか。

「よろしく。」次の練習相手も当然女子だったが、椿とも他の女子とも違い今度は愛想を含まない声だった。


「こちらこそ。」俺も余計な事を話すのは面倒なので早速ラリーを開始する。


40ミリボールのピンポン玉が俺と彼女の間を行き来する。


『おい、村崎。』俺はゆらを呼ぶ。


『なによ、うるさいわね。』


先ほどからずっと笑子という女子に向かって罵声を浴びせていたのだ。元気な幽霊だ。


『彼女の名前は?』


『は?ああ、牧野さん。私あんまり彼女の事しらないのよね。あんまり部内でもしゃべらないし。』


『彼女、上手いでしょ。』俺でなく、ジョンが云う。



『え?別にそんな皆と変わんないはずだけど。』


『そんなはずない。少なくともこの部内では抜群にフォームが綺麗だ。』

ラリーをしただけでわかる。彼女はスポーツマンだ。


『ううん。でも試合ではそんなに勝ってるところ見たことないけどな。』


『…。なんだろな。』


「牧野さん。」


思わず俺は話しかけていた。


「なに?」


ラリーをしながらレスポンスがくる。


「ちょっと実践形式の練習しませんか?」


「いいけど私別に強くないよ。」


彼女はやはり無表情だったが応じてくれたようだ。


「あ、大丈夫。別に俺も強いわけじゃないから。」


そう言って俺はラリーを打ち切り、試合形式の打ち合いに変更する。




結論から言うと彼女はやはり強かった。


俺のサービスも難なく見極めてくるし、反応も速い。

どう言ったわけか目立った攻撃をしようとしなかったが、それでも体が勝手に反応したのだろう。

一度彼女から攻撃に転じてきた場面があった。俺はそのときカットと呼ばれる後陣戦型のプレイヤが主に使う下にスピンをかけた返球をした。今まで前陣にいた俺がカットをしたのは彼女にとって意外だったのだろうがその返球は俺にとってもっと意外だった。彼女はラケットを低くバックスイングし、腰をひねって上に振りきった。ドライブと呼ばれる技術である。カットに対しては定番な対処法だがそれを女子がこんなに綺麗に大胆にやってのけたのを見たのは初めてだった。激しく上回転のかかった打球は不自然なほどきつい放物線を描き、俺の脇を抜けて行った。


俺は驚いて彼女を見たが、彼女はまるでばつが悪いような顔を一瞬見せ、直ぐに無表情にもどってしまった。その彼女の空気が質問する事を拒んでいるようでもあった。



「ローテーション」

結局話はほとんどできないまま牧野みちるとの練習は終わった。


そのまま順に練習相手を変えていったが、皆確かに女子ということを差し引いても上手いとは言えないような感じだった。

意外だったのは練習後、声をかけてきたのが牧野みちるその人だった。


「赤城くん。」


「ん?なに?」


周りも俺に声をかけた牧野さんをみて意外そうな表情をしていたが、黒宮や宮野を取り巻いて雑談を始めてしまった。


「なんで私の名前を知っていたの?」


おっと、今ここでその質問をするのか。さてどう答えるか。


「えっと部活に入る時に名簿をみたんだよ。」


結局椿さんにしたものと同じ言い訳を口にする。


「答えになっていない。名簿を見たとしても『牧野』が私だとは分らないはず。」


彼女は表情を崩さずにそう続けた。


ああ、これはどうしようか。まさか顔写真付きだったなんて言えるわけもない。椿さんが全く怪しまなかったから油断していたな。


「えっと早く部員の皆の顔覚えたくて名簿みて名前を覚えていた人が誰か黒宮くんにきいたんだよ。確かに紛らわしい言い方だったね。」


何とか苦しい言い訳をつなげる。一応筋は通ったと思うが―。


『よくもまあそうペラペラと作り話がでてくるわね。』


誰のせいだ!


「…ふうん。」

牧野さんは納得したような落胆したような読みづらい表情をしていた。そんな理由か、つまらないと言われているようだ。



「でもびっくりしたよ。まさか牧野さんから話しかけられるとは思わなかった。」


不思議と本音が口に出た。


「心配しなくても他の子ももう少ししたら沢山話しかけて来てくれるわ。今は様子見しているだけ。」

心配などはしていないのだが、教室転校初日に観察される転校生質問攻めみたいなものを期待していたと勘違いされたのだろうか。


「君は他の子とは違うの?」


「少なくとも他の子が様子見をしている内に疑問を解決してしまおうという思考回路ではあるわね。」

俺の質問に即座に答えるあたり頭の回転が速そうだ。


『確かにみんな雑談しているふりしてチラチラとこっち見てるわね。』


まるでマルチモニタみたいだ。


「そう言えば牧野さんの名前の下あたりに載ってたええと村崎さんだったと思うんだけど、彼女ってもしかしてもう部活やめたの?」


『あ、あんた―』


突然自分の名前が出されてゆらは驚きの声を上げる。まったく、騒がしい。


「どうしてそう思うの?」


発言を向けられた牧野さんはさして動揺している風にも見えなかった。


「さっきもいったけど名前を覚えていた人がどの人か黒宮君に聞いていたんだよ。その時村崎さんの名前を出した時だけ、反応がおかしかったからちょっと気になって。」


「なら私の反応もおかしかったって事にしておいてくれる。特に言えることはないから。」

なにも言えることはない、か。


「そう。ならあまり気にしすぎないようにするよ。」


これ以上深く聞いても怪しまれるだけだし、こちらに情報収集の狙いがあると見破られたらまずい。


「それがいいわ。気にしないでもそのうち耳に入るだろうし。」


確かにそうだろう。むしろ現時点で村崎ゆらが行方不明になっていることをしらないのも若干不自然かもしれない。まあジョンがいなければ俺は村崎ゆらという存在すらしらなかったのだから大丈夫だろう。嘘はそれが嘘だと思うからばれるのだ。真実だと思いこめばそれは真実になる―というのは言いすぎだが。


「じゃあ俺はもう部室に戻るよ。お疲れ様。」


村崎ゆらの話は聞きたいが質問攻めにされるのは嫌だ。初日はおとなしくしておいたほうがいいだろう。


「お疲れ様。あ、それと―。」

牧野さんは最後にほんのわずかに笑みが含有された表情で俺にこう質問した。






「黒宮君に名前に対応する顔を教えてもらったのって、いつ?」


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