今から部活をはじめます。
「皆集合して。」
卓球場に集まった俺たちは既に集まっていた女子の輪に混ざる。中央には部長の西紀舞がいた。彼女は俺を施して、自分の横に立たせた。
「今日から入部してもらう赤城芥くんです。転校生だから2年生ね。」
既に話を聞いていたのだろうが、好奇の視線を向けられる。
「よろしくおねがいします。」
「ねえ、赤城君は卓球の経験あるの?」
女子の中の一人が高い声で聞いてくる。明らかに地毛とは思えない茶色髪はスポーツをやる前とは思えないほどクルクルとして肩にかかっている。
「一応、前の高校で卓球部でした。」
「へえ、そうなんだあ。」大げさに手を合わせて嬉れしそうな声を上げる。この薄っぺらいような態度はどうもやりづらい。こんなタイプは決まって裏には獣も逃げ出すようなえげつない表情をもっているものだ。せいぜい表面上の付き合いのみを心がけて行こう。
「じゃあ、普通に練習に混ざってもらっていいかな。とりあえずローテーションしてくから。皆台について。始めはラリーから。」
部長の指示に皆従う。
「赤城くん。俺と打たないか?」
黒宮が俺に話しかけてきた。
「ええー、黒宮君、私と打ってくれないのお?」
黒宮の近くにいた女子が甘ったるい声を出して抗議する。
「悪い、でも最初は男子同士で打った上げないと。」
どうやら心細い新人の為に気をもんでくれたようだ。それに抗議の声をかけられることも満更ではないようだな。まあ男女比が偏る集団にはありがちな光景だ。もう一人男子宮野守はいつの間にか台についてラリーをしていた。台には3人の女子がついている。あれでどうやってローテーションするのだろうか。
とりあえず俺達も手近な台につき、ラリーを始める準備をする。
「よし、じゃあまず軽くフォアラリーからやろうか。」
そう言って俺達はラリーを開始する。
「へえ、赤城くんも卓球上手なんだー。」
ラリーを初めてまだ5分も立たないうちに横の台にいた女子から声がかかる。
「だろ。ホームに無駄がないんだよな。」
何故か黒宮が答える。俺には先ほどからやたらアドヴァイスのような事を言われていた。
もう分り切った事だったが彼は典型的な自己愛者、ナルシストタイプだ。考え、言動が単純な分、俺はそんなに嫌いではない。こういうタイプはとにかくほめる。自尊心を傷つけないことだけを注意すればいい。
『ふん。あんた結構卓球うまいのね。さっきからラリーが全然終わらない。』
先ほどから一言も話さなかったゆらの声が脳に響く。
『確かに芥は卓球上手だけど、彼はダメだね。』彼女の声にジョンが答える。
心の声を出すのは疲れるので助かる。というかいつの間に起きたのだろうか。
『そなの?この黒宮も一応ウチの部では一番強いと思うわよ。』
『そうなんだ。でもホームは大ぶりだし、打球点は不安定だし。芥の玉筋がいいからなんとか続いているけど芥はやりづらそうだよ。』
確かにジョンの言った通りコースがやたらぶれるからラリーを続けにくい。彼曰く、俺のフォームは省エネすぎるらしいのだが、俺から見れば彼のフォームは大げさすぎる。もっともこういうタイプは不安定な分、試合になるとやり辛い場合がある。まわりは女子ばかりだし、部内1位というのもまあありえないことではない…か?
『そういえば、さっき黒宮が犯人っていってたな。』
俺はラリーを続けながら、心の声でゆらに話しかける。
『え、ええまあ。』
『犯人が分ってるなら俺がすることなんてないんじゃないのか。』
『正確には犯人って分ってるわけじゃないわ。でも関係しているのは間違いないと思う。』
『関係っていうと?』
『分んないけど…。』
『いや、全然分っていないんじゃないか。』よくそれで「犯人」なんていったものだ。
『で、でも、私、あいつとちょっとあって、それでそのことが誘拐に関係していることは間違いないのよ。』ゆらは引く様子はなかった。
『ちょっとってなに?』俺の代わりにジョンが聞いてくれた。
『告られたの。断ったけど。』ゆらは即答した。
『まさか、その逆恨みでとかいうんじゃないだろうな。』
そんな事が動機として採用されては彼もたまらないだろう。
『簡単に言わないでよ。この部活は特殊なのよ。』
特殊か…。確かに雰囲気は異常な気がする。それに彼のような自尊心の強いタイプは拒絶されることに殊更神経質になるだろう。自身のプライドを傷つける存在が何より許せない。加えて、彼のその性格をこの男女比の偏った環境が冗長させているともいえる。
『なんか大奥みたいな?』ジョンも俺と同じ思考をしていたようだ。
『そうよ。それそれ。まさにそれなの。』
ジョンも俺も冗談半分だったのに答えたゆらには幾分のふざけも混ざっていなかった。それにしてもそんな状態で男の方から告白をされ、さらに断るなんて中々太い神経をしているというかなんというか。確かに外見はかなり美少女と言っていいと思うが、こんなきつい性格をしてよく…。
「ローテーション」
部長の号令に一旦思考が中断される。どうやら台を移動して練習相手を変えるようだ。卓球の練習では良くある形態である。台を左に移動した。向こう側からも移動してきた女子が台につく。
「あ、あの、よろしくね。」今までとは違って気弱な感じの女子だった。
「こちらこそ。」無難な笑顔を向けると、向こうも安心したように微笑み返した。
『弥生…。』
ゆらの声は小さかった。ただ呟いただけらしい。表情は分らないが、その声色には感慨深いものを感じる。
『弥生ってゆらちゃんの親友っていっていた子だったね。』ジョンもそのつぶやきに反応する。
どうやら目の前の彼女が幽霊の言っていた親友、弥生というらしい。視た感じ性格は正反対だな。だが彼女のようなタイプは周りからは守ってあげたいという意欲を掻き立てる雰囲気を持っている。清楚とか清純とかいうカテゴリを具現化したような子だ。
ちなみに卓球の腕はやはり芳しくなかった。まだ温泉卓球に毛が生えた程度だ。それでも玉筋がめちゃくちゃな黒宮より、ラリーするだけなら楽だ。かといって黒宮相手に試合に勝つことは難しいだろうな。
『なあこの部活の顧問とか指導してくれないのか?』俺はゆらに話しかける。
『ウチの顧問卓球素人だし、あんまり練習見に来ないしね。ってそんな事よりもっと弥生に話しかけなさいよ。』
『話しかけろって言われてもな。』他の女子と違って彼女もあまりコミュニケーションに積極的な方ではないようだ。
『弥生、私がいなくなって大変なのよ。あんた男なんだから優しい言葉の一つでもかけなさいよ。』
なんて暴君な幽霊なんだ。
『初対面の俺がいきなりそんな言葉かけたら怪しいだろう。』
『つべこべ言ってないで話すのよ。彼女の名前は椿弥生。O型で射手座。12月2日生まれ、好きなものはスイートポテト、趣味は裁縫。髪の毛につけているヘアピンをほめてあげると喜ぶわ。』
そんな個人情報を並べたてられてもな。
「椿さん。」
「え、あっ、ごめんね。私下手だから練習にならないよね。」
声をかけた俺に反応して直ぐに自嘲気味に謝る。
「いいや、ただそのヘアピンが可愛いなって。」俺は彼女の頭についているリンゴ(?)のヘアピンを指差す。というか、普段言いなれていないことをいったせいで鳥肌がたっている。それにやはり初対面の人間から出る言葉ではない。案の定ポカンと口をあけていた彼女だったが、言葉の意味が伝わったのか顔を赤くして玉を明後日の方向に飛ばしてしまった。
「あ、ごめんなさい。」
「いや、俺こそいきなり変なこと言って悪かったね。」
「ううん。でもちょっと驚いちゃって、会ってすぐにヘアピンの事をほめてくれたの、赤城くんで二人目だったから。」
そういって彼女は複雑な表情を浮かべる。そして思い出してしまったものを後悔するように少し顔を振った。
二人目…か。
「そういえばどうして私の名前知ってるの?まだ自己紹介してないよね。」椿は顔をかしげる。
しまったな。
「えっとこないだ入部届け持っていく時に部員名簿を見せてもらってそれで…。」
「ああそっか。」
無理のある説明だったが納得してくれたようだ。本当は今行方不明の君の親友の幽霊に教えてもらったんだよ、といって信じてくれるはずもない。
「あー、弥生ちゃんさっそく転校生と仲良く話しちゃってぇ」
横の台から甲高い声がかけられる。先ほど集合した時に俺に卓球の経験を聞いてきたクルクル巻き毛女子だ。
「え、ううん。そんな仲良くだなんて。」椿は気まずそうに反応する。
「いいなあ、弥生ちゃんはか弱いキャラで皆からちやほやされて。」
「そんな、別にちやほやなんて私。」
あからさまな嫌味に椿はどんどん縮こまってしまった。
『笑子…相変わらず嫌なやつ。』ゆらが吐き捨てるように言う。
なるほど、彼女を見ていると庇護欲を掻き立てられるのは俺も納得だ。それゆえ、同性にはそれが面白くない連中がいるのもうなずける。特にこのような女の比率が多い場所では典型的軋轢のような気がする。
ああ、全く嫌な雰囲気だ。例えばここで俺が執拗に彼女と話すことがあれば笑子とよばれた女子からの風当たりは強くなる一方だろう。確かに椿のようなタイプの傍にはゆらのような芯のしっかりしたタイプの人間が必要かもしれない。
「ローテーション。」そこで再び部長からの声がかかり俺は目で椿に挨拶し、隣の台へ移る。