状況を整理しよう。
「状況を整理しよう。」
自宅への帰路、未だ俺の後ろについている幽霊に俺はこう切り出した。
『なによ。整理って。』
幽霊こと村崎ゆらは不機嫌そうにそう答える。先ほど俺が何もせずに帰ってしまったことが相当ご不満らしい。
「まずこれからすべきことと問題点の確認だよ。」
『馬鹿ね。そんなのわかりきってるでしょ。私を探すのよ。』
村崎はそんな分かり切った事何を今さら、といったように喚く。
「うん、まあそう。それが最終目標。君の体。つまり現在行方不明である村崎ゆらの実体を発見すること。そしてそのためには行方不明の原因の究明。君の証言を信じるならば犯人を発見することが必要だ。」
『だから卓球部で情報収集するんでしょうが。それをあんたったらのこのこと帰ってきちゃって。』
そう言って足をバタバタさせている。若干浮遊しているもんだからまるで空中で子供が駄々をこねているような恰好である。頼むから落ち着いてほしい。
「重要なのはここからだよ。やみくもに情報収集といっても手段を考えないと何も得られないだろう。俺みたいな新参者に皆がいろいろ教えてくれると思うかい。よしんば教えてもらえたとしても何度も聞いていれば必ず不信感を抱かれる。」
『それは…』
「それにもし本当に卓球部内に犯人がいるのだとしたら、情報収集は秘密裏におこなわなければならない。理由は当然犯人に知られるわけにはいかないから。もし過激な人間だったら俺が危ないし。証拠が失われる恐れがある。表立っての行動は極力控えないと。」
下手に詮索していると思われて災いが飛び火してくるのは御免である。
『そんなこといってたら何も分からないじゃない。』
「だからまず俺たちがしなくてはいけない事がある。」
『なによ、それ?』
ゆらは口をとがらせながら聞く。
「それは協力者をさがすことだ。」
『は、協力者って?』
「卓球部内での情報提供者を見つけるんだ。その人なら行方不明事件当時のことも詳しいだろうし、他の部員についての情報も得られる。基本はその協力者を媒介にして情報収集をおこなう。」
村崎は唸りながらあごに手を当ててしばらく考えているようだったが一応納得したらしい。
『ああ、そういうことなら弥生がいいわ。あの子なら協力してくれるはず。』
名案だと言わんばかりに彼女は声を張り上げる。幽霊の声とは思えない。というか耳も塞げず、頭に直接聞こえる分、頭の芯に響いてくる。
「その人は君と親しかったのか?」
『ええ、弥生とは親友よ。』
そしえ今度は誇らしげに胸を張る。本当になんというか活発な幽霊だ。
「できれば君との関係はあまり無い人がいいな。それで且つ確実に犯人又は、事件に関与していないものが必須だ。」
さらに協力者は理想一人、最悪でも二人でなくてはいけない。その協力者からの情報はできるだけ事態、つまり卓球部で起きたらしい事件について客観的に接していた人物がいい。彼女の親友ということはどういう形であれ、この事件に関わっている可能性がたかい。これでは得られる情報が正確かどうか、少し怪しい。その人間の心情、当時の状況、村崎ゆらへの友情などの理由によって事実は容易に形を変えてしまう。
『なによ。弥生のこと疑っているんじゃないでしょうね。』
「疑ってるよ。現時点では卓球部全員が容疑者だ。俺たちが警察を上回って君の実体を見つけ出すには君から与えられた前提条件に焦点を当てて調べていくしかない。今それ以外に手掛かりがない以上、すべての部員を疑うのは当然だ。」
まあ、警察を上回る必要なんてないのだか。
それ以前に俺は実際のところ卓球部に犯人がいるという彼女の言葉をほとんど信じていなかった。仮にもし、被害者の身近に犯人がいるとしたらとっくに警察が捕まえているはずだし、それにまだ高校生という身分の人間が誘拐の加害者に回るというのがどうも現実味を帯びない。これは子供だましの誘拐とはわけが違う。恐らく犯人はどういう経緯にせよ村崎ゆらの命を奪っているのだ。別に目の前に本人の幽霊がいるからというわけではないが、これだけ長い間身柄が発見されていないなら殺されていると考えるのが妥当だろうし、恐らく警察もそう考えているだろう。
『手掛かりなら私が持ってるわよ。』
「君からはまだ犯人が卓球部であるという情報しか聞いていない。」
『犯人は卓球部員だけど弥生じゃないわ。彼女は被害者なんだから。』
「被害者?いったい何のことだ。いや、その前に君が行方不明になった事件は本当に『事件』なのか?ジョン、公にはその辺はどうなってるんだ」
『新聞には事件、事故の両面から捜査しているってかいてあったよ。』
まあ良く聞く文句ではある。
「とにかくまずは村崎ゆらが行方不明となった経緯を教えてくれ。すべてはそこからだ。」
『いいわ。教えてあげる。』
自宅へ帰るためには駅に行く必要がある。そして駅まではまだ徒歩で10分くらいかかる。俺はその間、幽霊からの説明を聞く。
『えっと、私が誘拐されたのは12月23日。その日は祝日だけど午後からウチの高校で練習試合があったの。来たのは隣の高校の女子卓球部。ウチは女子部員の数だけは多いからときどき依頼されるのよ。そのたびにがっかりされて帰ってくけどね。ウチは皆弱いから。それで部活が終わったあとで私が一人残ってたんだけど、部室にいたところを急に何かで口を塞がれて、そこから意識がないのよね。』
「意識がないって、眠らされたとかそういうことか?」
『多分。薬を嗅がされたような気がするし。』
『新聞じゃあ、連れ去られたのは校外だろうってなってたと思うけど。』
ジョンが指摘する。全くよくそこまで詳細を記憶していられるものだ。
『でも私が襲われたのは部室よ。』ゆらはハッキリと断言する。
「まあ、外部犯を想定すれば自然と校外に目が向けられるかもな。さすがに外部の人間が勝手に球技場に侵入して犯行に及んだとは考えにくいだろう。途中だれに見られるかもどこにだれがいるかも分らないんだから。」
『最低でも内部に仲介した人間がいないと難しいって事?』
「ああ。でもな…。くどいようだけど、警察は本当に部内での捜査はしていないのか?可能性として検討していてもよさそうなんだが。」
『そりゃ、話くらいは聞いてたみたいだけど、犯人として疑っている風じゃなかったわ。私実際に警察に行って話聞いたんだから。』
おお。これは幽霊ならではの情報だ。どうやら俺に会う前は自身で色々調査していたようだ。
『そう言えばゆらちゃんのバッグが港の近くにあったって新聞にあったっけ』
ちゃん付けかよ。
『そう。それで部室の鍵はしまっていたの。当然私の持っていた荷物はどこにもなかったわ。それとちゃん付けすんな。』
『ご、ごめんなさい』
弱いな、ジョン。それにジョンが俺以外と会話しているのがなんだか新鮮だ。
「それは普通に犯人が君を誘拐した時に荷物を持って出るときに鍵をかけただけじゃないのか?」
『そうね。でも部室の鍵の場所を知っているのは部員だけよ。』
「ふむ、ああ。なるほど。」
『でもそれなら部外の人間がたまたま鍵の場所を知っていたのかも。』ジョンが云う。
「いや、ジョン。よく考えてみろ。もし部外の人間が犯人だとして、犯行現場が部室だった場合。お前ならどうする?わざわざ鍵を閉めて、荷物を持ち出して犯行現場を偽装する必要があるだろうか。まあ部外者といってもそれが校外の人間か校内の人間かでの場合分けは必要だけどな。だが犯行現場を校外にした方が都合がよくて且つ、本来の犯行現場で最も犯行がし易いのは卓球部員だ。逆に警察からすれば卓球部員を容疑者の視野に入れることはあっても焦点を絞ることはしないだろう。」
恐らく高校生が誘拐の加害者だという事に違和感を覚えるのは俺なんかよりも強いはずだ。
俺の説明を黙って聞いていたゆらは口を少し開けてぽかんとしていた。
『そ、そうよ。そう云う事。これで卓球部内に犯人がいるって分ったでしょ。』
「まあ可能性があることは認めるけどね。どうも君にはそれ以上の確信めいたものがあるような気がするんだが。」
そう言って俺は幽霊の目を視る。
『べ、別に。何もないわよ。』
誤魔化すような言い方だった。
「まあいいか。じゃあ俺は電車乗って帰るけど、君はどうするんだ?」
話している間に既に駅の前までついていた。
『私はもうちょっと調べてみるわ。いいこと。明日はちゃんと調査するのよ。じゃないと呪うから。』
だから呪うとか言うな。
「分ったよ。じゃあまた明日な。」別に幽霊なら睡眠や食事の必要もないんだろう。俺は彼女を置いて駅入り口の階段を上がる。
『あ、そうだ。あんたのクラス教えなさい。』
ち、気付かれたか。
『…2年2組だよ。』
心の声が届かない聞こえないことを祈った。