まずは仮入部から
『卓球部は球技場の二階で練習しているわ。』
そうして俺は幽霊に案内されている。
事態が不可避とみた後の俺の行動は迅速だった。
あらかじめ持っていた入部願いを体育教官室に持っていき受理してもらった。その後顧問教師への挨拶をすませたのだが、そこで卓球部の予定表を預けられ、見学ついでに届けてくれとの命を授かってしまった。
まあどちらにせよ、こうなった以上延ばし延ばしにしてもしかたがない。
黙っていて事態が好転する事はないだろう。明日には幽霊が俺の前から消えてくれる等といった楽観的観が俺は得意ではない。そんなあやふやな幽霊の言うことなんて無視しろという反対意見も脳内では出たが、大多数の保守的意見により否決された。早々に村崎ゆらを納得させて退部させていただこう。それが今できる最善だ。
ちなみにこの高校では部活動への入部が原則必須とされている(先ほどまでは帰宅部希望)が、その入部に関する手順として、正式入部の前に2週間仮入部という期間が与えられる。先ほど確認したが、転校生である俺の場合にもそれは適用されるらしい。
どういうことかというと、厳密にいえば俺の入部届けはまだ正式に受理はされておらず、2週間以内に正式入部の希望を出さなければ比較的簡単に部を離れられるという事実が俺のこの迅速な行動の後ろ盾を果たしていた。
つまり2週間以内に村崎ゆらという存在をどうにかすれば、俺は平穏な環境を再び構築できる。
俺は球技場の二階へと通じる階段を上る。ゆらの案内もあったが、ここへは一度体育の授業で来たことがあった。
階段を登り終えると正面にフロアへつながる扉がある。中からはピンポン玉の打球音が聞こえる。一応、部活動はしているみたいだ。そしておれは扉をあける。
まず感じたのは熱気。密閉しているせいで、フロア内は外とかなりの温度差がある。卓球は当然風の影響を防ぐために締め切った中で行うのだが、ここまで熱くなるとは。
そして見知らぬ訪問者に一斉に中にいた人間の視線がこちらを向く。やはり女子が多い。ていうか男子はいるのか?ああ、いた女子の中に混ざっている。見えるのは2人しかいないが。全体を見ると卓球をしている者もいれば座ってしゃべっている者もいる。まあそんなに驚くことではない。ありがちといえばありがちな光景だ。
「あの、部長はどなたでしょうか?」
俺は一番近くで練習の手を止めてこちらをみていた女子に話しかける。
『あ、冴子じゃん。なつかしい』
うしろでは幽霊がはしゃいでいる。まるで久々に顔を合わせた同窓会さながらだ。まあもし彼女が本当に村崎ゆらの幽霊だとしたらそれも致し方ないか。頭の中にジョン以外の声が響いてくるのは少し違和感を感じるなあ。
「あ、ええ。呼んできます。」
冴子という女生徒は少し戸惑った表情を見せたがそう答えた。彼女のその動作を察したのか、すぐに一人の女生徒がこちらにやってきた。
「部長の西紀です。うちに何か?」
「ええ、あの急な話で恐縮なのですが、俺卓球部に入部したいと思いまして。」
そう言った途端彼女は劇的に明るい表情を見せた。
「え、ほんと!?入部してくれるの?うれしー」
いきなり慣れ慣れしくなったな。いや、普通か?
「うち男子が少ないから助かるよ。君一年生?」
「いえ、2年です。この春転校してきました。」
「ああ、君が例の転校生か。これはこれは」
なんだ例のって。
「それでですね。顧問の先生にこれを預かってきました。」
頼まれていたプリントを手渡す。
「そうだったの。ありがと。」
明るく受け取る彼女だが、なんていうか、少し態度の差がありすぎるな。さっき初め来たときと入部の旨を伝えた後とで。まあどうでもいいが。
「それじゃ俺は今日はこれで。」
「え。練習参加しないの?」
「ええ。今日はラケット持っていませんし、可能でしたら明日から参加させていただきます。」
「そう。分かったわ。じゃあ部員の皆には明日紹介するわね。放課後ここに集合してちょうだい。」
まあもうすでに十分知られているとは思うが。
「わかりました。では」
そういって俺は体育館を後にしようとする。
『ちょっとまちなさいよ。まだ何も聞き出せてないじゃない。』
幽霊がご立腹である。
『無茶言うな。そんなこといきなり聞けるわけないだろ。入部の段取りをつけただけでも十分すぎる成果だ。』
心の声でそう言っておれは体育館を後にする。