それでは自己紹介をお願いします。
俺たち(客観的には俺一人)は校舎横にある公園にやってきた。ここは昔の遺跡の跡らしく無駄にだだっ広い割に特に何もない。それゆえほとんど人はおらず、会話を聞かれる心配もない。
「ええと、それじゃあとりあえず自己紹介でもしようか?」
俺は心の声ではなく普通に話す。あれは結構疲れるのだ。
そして実体のない相手に対しての対処としてこれが適切なのかもわからない。俺は確かに自身の中に異常を一つ抱えているが、別段その手の事に慣れているわけではないのだ。今だって正直ジョンの「人ではない」発言を聞いて若干ビビっている。
「俺は赤城芥。この春この南高校に転校してきたんだ。2年生だ。」
とりあえず最低限の情報を開示する。
「それで君は―」
ジョンいわく「人ではない」彼女に目をやる。姿かたちは女子高生のそれではあるのだが、確かによく見ると妙に浮遊感があるし、どことなく透けている感じがする。なんだろう。そこにいるのに、見えるのに存在感が感じにくい。どうやら俺以外の人間には視えていないようだ。
「もしかして幽霊?」
以上の事を踏まえると妥当な推論である。別に俺はこれまで幽霊の類に遭遇したことなどないし、その手の霊的現象に直面したこともない。それでも超自然的現象については一応寛容な立場にいると自負している。というかすでにひとつ異常を抱えているし。
『私は―。』
ようやく彼女が口を開いた。先ほどの剣幕に比べるとずいぶん勢いがなくなった口調である。目を凝らして視ないとやはりただの女子高生にしか見えない。
『村崎ゆらよ。わたしもこの高校の生徒。』
彼女は俺の幽霊?という質問ではなく自己紹介をした。まあそれでも情報は手に入った。
「それで君はどうして―」
『待って芥っ』
俺の言葉を遮ったのはジョンだった。
「なんだよ。」
『村崎ゆらってさっき僕がいった例の行方不明になった女生徒の名前だよ。』
「なんだって?」
いよいよ事態は異常な度合いを強めてきた。ジョンが言うのだ。恐らく村崎ゆらという名前の女生徒が行方不明になったのは確かだろう。しかし、
「えっと、君はその行方不明になったっていう村崎ゆらなのかい?」
『え、ええそうよ。』
彼女は彼女でなにか話の流れに驚いた風だった。恐らくこれから自分が説明しようと思っていたことをジョンに言われてしまったことに驚いたのだろう。
「それを信じるに足る証拠はあるかい?」
『えっ、証拠って』
「いや、いい。まずそれは保留にしよう。それよりも君には聞きたいことがある。」
『聞きたいこと?』
「君には俺の他にもう一つの声が聞こえているのかい?」
そう、俺が彼女から一番聞きたかったのはこれだ。
『声って貴方がジョンって呼んでる人の事?』
「ああ、そう。ジョンなんか話せ。」
『なんかって。えっと。じゃあ村崎さん。復唱してみて。』
『ふくしょう?』
復唱するまでもなく彼女にはやはりジョンの声が聞こえているようだ。これでもし彼女の方も俺の幻覚でなければジョンは俺にしか聞こえない幻聴ではないことになる。
しかし、これはまた複雑である。
俺は今まで自分のこの異常体質にそれなりの現実的解釈も考えてきた。
つまりジョンとは俺の想像、もしくは精神的疾患によってもたらされたただの幻聴だということだ。よく漫画やアニメで人物の心理描写をするとき、天使と悪魔が出てきて囁きかけることがあるだろう。それは創作だとしても人間だれしも心の中で自分に語りかけたり脳内で声を発していたりするものだ。俺の場合はそれが高じて「ジョン」というまるで別人格の存在を作り出してしまったのではないか。とどのつまり二重人格というやつに俺も当てはまるのではないか。そういう考えが育っていた。
だが、この状況はどう説明する?村崎ゆらと名乗るこの幽霊には声だけでなく姿がある。それにジョンの言葉も聞こえているときた。
つまり、この幽霊とジョンは同じ?
いや、こう結論づけるにはまだ判断材料が無さ過ぎる。この幽霊を含めて俺の幻覚である可能性も十分にある。
とにかく今はこの幽霊から情報を引き出してみるしかない。
「すまない。話をもどそう。君が村崎ゆらっていう確たる証拠をあげられる?」
『さっきから何?証拠証拠って。私は村崎ゆらだっていってるでしょ!?』
先ほどの剣幕が戻りつつある。とういうか幽霊っぽくねえ。
「い、いや、そう言われてもね。俺はこの春転校してきたばかりだといったろう?だから君の顔も知らないし、いきなり行方不明になった女生徒だと言われても―」
『本当だよ。』
答えたのは彼女ではなくジョンだった。
『彼女の言っていることは本当だと思うよ。僕が新聞でみた顔とそっくりだもん』
『そっくりじゃなくて本人なのよ。あ、でも新聞にどの写真のったんだろ?生徒手帳の写真私変な顔してるんだよねえ。てゆうか私全国に顔知れ渡っちゃったじゃない。もう外歩けないよお。』
それ以前にもう幽霊だろうに。
「いや、大丈夫だよ。そんな写真一々覚えているのなんてジョンくらいなもんさ。」
『なにそれ。私が記憶にも残らない。幸薄だっていいたいの?』
「い、いやそういうわけじゃなくて」
なんか幽霊に迫られているぞ俺。先ほど自己紹介を始めた時のしおらしさはとこへやら。どうやら彼女の性格はこれがデフォルトらしい。正直あまり得意なタイプではない。今日の事は無かったことにして早々にここから立ち去るのが賢明かもしれない。別に今まで実害はなかったのだから、ジョンの秘密が解けないことくらいなんでもない。俺にとっては生まれてからずっと付き合いのある声だ。いまさらどうこうする気もない。それに比べてこの行方不明の女生徒という肩書には果てしない実害を感じる。下手に首を突っ込むと取り返しがつかなくなりそうだ。
「じゃ、じゃあ俺たちはそろそろ帰るから。元気で。」
努めて紳士的に別れようとする。
『は?ちょ、ちょっと待ちなさいよ。まだ話は終わってないわよ。』
「いや、俺にはもう話すことはないよ。」
『あんたになくても私にはあるのよ。いいことあんた私を助けなさい。』
止める間もなく一息で言ってしまった。聞かなかったことにしたいなあ。無視するか。
『無視したらずっとあんたに憑いてやるから。』
幽霊だけにぞっとしない言葉である。現状ではかなり効果的だ。ジョンはいいとしても、こんなTHE幽霊が周りにいたのでは俺は異常から抜け出せない。
「助けるって具体的には?」
『え、助けてくれるの?』
「話を聞くだけだよ。まあ乗り掛かった船ではあるし。」
『まあいいわ。話してあげる。』
あれ?なんでいつの間にかこんなに上目線なのだろう?
『貴方に私、村崎ゆらを見つけてほしいの。』
「つまり死体を?」
『死体っていうな。言葉に気をつけやがれ。この糞餓鬼。』
「いや、君こそ罵倒する言葉は選びなよ。」
『とにかく私を見つけてほしいのよ』
「そう言うからにはまだ事件は解決していないのか。」
『ええ、そうよ。犯人も私もまだ見つかってない。』
「ひどく全うな意見で恐縮だけど、そういう捜査は警察に任せるしかないんじゃないか。個人ができる捜索なんてたかが知れているよ。」
『だめよ。警察は確かに優秀かもしれないけど、私の事件なんて数ある仕事の一つにしかならないんだから。』
「それは言い過ぎだろう。彼らも必死に捜索しているはずさ。」
『駄目ったらだめ。いい?私はいまさらそんな議論をするつもりはないの。私がいままだ見つかっていないのが現状。そして貴方は私を見つける。これはもう決まったの。いい。』
なんだ、なんだこれは?あやうくうなずいてしまいそうになる。いったい彼女はどこのジャイアニズム教育をうけたのだ。基本的に理詰めタイプの俺やジョンには最も苦手な相手だ。しかも幽霊。
『それに警察が知らない情報だってある。なんてったって私は被害者張本人なんだからね。』
確かにそれは貴重な情報だ。被害者本人からの情報が得られるなら。正確な事件発生時刻、場所、状況など様々な―
ってあれ?
「君が村崎ゆら本人なら君の体が今どこにあるか分かっているんじゃないのか。」
当然そいう疑問にぶち当たる。まあ返ってくる答えはおおよそ想像できるが、一応確認は必要だろう。
『そうだったら苦労しないわよ。私だって気付いたらこの高校の前にいてなにがなんだかわけわかんなかったんだから』
やはり、そんなところだろうとは思った。
「ちなみに君はいつからそこにいたんだ?」
『ううん。最近?』
「ひどく曖昧だな。まあそれはいいとして、現実問題探すとしてどうするんだ?何度も言うようだけど俺は転校したばかりでこの高校の事は何も知らないし、言いにくいけど何処か遠くに埋められていたりしたらお手あげじゃないか。」
『だから言ってるでしょ。被害者である私の証言があるって。』
「でもどこにいるか分からないんでしょ。それじゃあ何の意味も―」
『犯人をしっているわ。』
力強く彼女はそう言った。
「ほう。顔をみたのか?」
『いいえ、顔は見ていない。でも目星は付いてる。』
「目星?」
『そうよ。犯人は南高校卓球部の中にいるわ。』
そういって自信満々にビシッと指をさす。
「い、いやもしそれが本当でも俺には調べようが―」
『貴方には調査のため卓球部へ入部してもらうわ。』
今ようやく気付いた。彼女俺の話なんか聞いちゃいない。それにしても卓球部に入部だって?
嘘…だろ?