まずは主人公の設定から
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S県警は2010年1月5日、如月市御門町の高校生村崎ゆらさん(17)が昨年2009年12月23日の放課後、行方不明になったことを公表し、情報提供を呼び掛けている。
当局によると村崎さんは12月23日部活動終了後、午後7時以降行方が分からなくなっている。同日夜に家族が警察に届け出た。
1日にターミナルそばの小浜港の突堤で村崎さんのかばん二つを捜査員が発見。荒らされた形跡はなく、財布なども入ったままだったという。県警は事件や事故に巻き込まれた可能性もあるとみて調べている。
(2010年1月6日朝刊より抜粋)
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俺、赤城 芥は異常者だ。
特殊。
はみ出し者。
正常の反対。
マイノリティ。
言い方は何でもいい。
しかし果たして世界にいる様々な異常者には自分が異常であるとの認識があるのだろうか。異常を異常と感じていない事こそが異常者たる所以といえなくもない。いやもし自分が異常者でなければ俺はこう断言できていただろう。
異常という自覚があればそれは正常な証拠である、と。
残念なことにこの論理は俺が異常者であるという純然たる事実の前に瓦解してしまう。自分という人間を冷静に分析した上で、自覚症状の有無を正常な証拠として採用するわけにはいかないのだ。
さてそれではさっそく俺の「異常」を紹介する。
もしこの異常が実は異常ではなく誰しもが経験するありふれた事案であるという意見をお持ちの方がいたら是非ご一報を願いたい。
俺はその方への厚いお礼と、今まで自分を特別だと勘違いしていた非礼を謝罪しよう。だからあまり「異常」といっても構えないで聞いていただきたい。
へーあぁそういうことあるよね。あるある(笑)。みたいな。
俺には小さい頃から声が聞こえた。
その声は俺と似たような声でまるで頭の中に直接響いてくるように語りかけてきた。耳から入力されるどの音の性質とも異なる物であることが、理解できていた。そう、この声には発信源たる実態がなかったのだ。
その声の存在を自覚してからも俺は初めそれを異常だとは認識していなかった。物心ついたころから聞こえてきたその声は当たり前の現象だと、不思議に思うことをしなかったのだ。だってそうだろう。俺は俺しか知らないのだから。それを異常だと疑い始めたのは母の言葉がきっかけだった。まだ小学校の頃母は俺に少し怯えたような表情でこう聞いた。
「あなた。誰と話しているの?」
その言葉に子供の俺は
「誰って声がするでしょ?僕のほかに―」
と言ってしまった。そこでようやく俺は母の表情の異変に気付いた。母はまるで気味の悪いものを見るように俺をみていた。子供ながらにそれは悪い事だったのだと直ぐに理解できた。そして怖くなった。
当然、俺は病院へ連れて行かれた。
親の目からも俺の様子はただの独り言だとか、気のせいだとかいう理由から逸脱していたのだろう。それでもそこから直結して幽霊などのオカルトの類に結びつけなかったのは親の願いだったのだろうか。
その時は何の検査か全く分かっていなかったが、今思えばあれは精神検査の類だったのだろう。聞こえもしない声が聞こえると言われた親の対応としては至極当然と言えよう。
結果的に俺がそこに連れて行かれたのはその一度だけだった。俺は母から質問を受けた直後からその声の事を隠すようにしてきたのだ。人前では話したりしなかったし、検査で声の事を聞かれても今は聞こえないと話した。
その甲斐があってかおそらく検査に異常はなかったのだろう。俺自身その声が聞こえるということ以外自分の精神に異常があるとは思っていない。例えばこれが解離性同一障害、つまり二重人格の類であるとするともう一つの人格は凶暴な性格だったりひどく暗い性格であったりすることが多いらしい。俺自身のケースにはそれが当てはまらない。そもそもその声は俺の体を乗っ取ることはない。できるのはただ俺と話をすることだけだ。
検査を受けた直後は親からも度々声の事について聞かれたものだったが、否定し続けることで親も信じてくれたようだ。小学校高学年の頃にはもう全くその話題が家族の中で上がることはなかった。
しかし、その声は相変わらず聞こえ続けた。
そして俺と会話をし続けた。
ある時俺はその声に聞いてみたことがあった。
「なあ一体君はなんなんだ?」
『僕?なんだって聞かれても』
その声は自分を「僕」とよび、いつも少し気弱な印象を受ける。
「君の声は俺にしか聞こえない。でも君は俺じゃないよな?」
『芥は芥。僕は僕だよ。』
「でも君には姿がないだろ?それともこの声は全て俺が作りだしている幻聴か?」
『芥が作り出しているかはわからないけど、芥にしか聞こえなければそれは幻聴なのかもしれない。』
「しれないって。頼りないな。でも俺の中では君は確かに独立して存在している。」
『だから僕は僕。』
「じゃあ君の名前は?」
『…ジョン』
「いや嘘でしょ。君は未来の救世主か!?」
『地獄で会おうぜベイビ』
「口調変わってるぞ。というか完全にさっき見た映画の影響じゃないか。」
『……』
それで声―自称ジョンは黙ってしまった。恐らく彼にも自分の存在をうまく説明することができないのだろう。意図的に隠している可能性も当然考えられるが、前者が確からしいことを俺は頭の何処かで理解していた。いや、理解というか、そんな気がしただけなのですがね。
そしてこの時から俺はその声をジョンと呼ぶようになってしまった。一度名前を与えてしまうと声を一つの存在として受け入れられるようになったのだ。それでもこのことは誰にも話してはいけない。それはジョンと俺に共通した認識として根付いていた。母から質問される前から俺はもしかしたら頭のどこかでこれが異常であることに気づいていたのかもしれない。何故かそんなきがした。
俺は今まで自分の中に異常を抱えたま生きてきたのだ。
それでも特段それ以外に変わったことはなかった。
変わった話相手がいるくらいだ。
さて一通りこれが俺の云う「異常」の概要だが、どうだろうか。これがあるあるネタであることを切に願う。
ああ大丈夫。ちゃんと分っていますよ。
異常が異常であることくらい。
それでそれで。
俺は高校1年が終わるころに小さな事件に直面した。
その事件について今は語ることはしない。
なに、小学生の頃、離婚して二人暮らしだった父親が再婚して、相手が住んでいる町へ引っ越してきたという、取るに足らない事件である。
しかし、その転校先で俺を待っていたのは―
新しい異常だった。