8 切なる祈り
アーリヤの教室とジュリアメーンデの教室は、同じ棟内にある。アーリヤの教室は二階、ジュリアメーンデの教室は三階にあり、両クラスとも階段のすぐ右隣にあった。
アーリヤは憮然とした表情で、こめかみを押さえる。
両親から名付け親――ジュリアメーンデの父親――のことを知りたいという思いに駆られてアーリヤは、 ジュリアメーンデの教室まで出向いていた。
彼のクラスメイトにジュリアメーンデを呼んできてと頼むまでは上手くいった。好奇の眼差しは気付かないふりをする。
あとは、アーリヤの言い方次第だ。変な理由など述べようものなら、ジュリアメーンデのことだ。二の句もなく断ってくるだろう。
教室の出入り口部分に手をかけて、ジュリアメーンデは小首を傾げた。あまり眠れなかったのか、目の下に薄っすらクマがある。もともと白い肌の色が、いっそう蒼く見える。
「何のようだ」
オブラートに包まない、率直な物言い。アーリヤも彼と同じように用件を簡潔に言うことにした。
「今日、予定入ってる?」
「いや……特には」
アーリヤはジュリアメーンデの返答に小さく「よし」と呟き、言葉を続けた。
「あたしの家に来てほしいの」
「……お前の家?」
「うん。父さんと母さんが――ジュリアのお父さんのことで話したいことがあるんだって」
なるべく誰にも聞かれないように声を落として囁く。
ジュリアメーンデは無表情にアーリヤを通り越して教室を出ようとする。そんな彼をアーリヤは慌てて追った。
「来てくれる?」
下手に出て言うと、ジュリアメーンデは小さく頷く。
「だが」
ジュリアメーンデは、勢いよくアーリヤを振り返る。至近距離にあるジュリアメーンデの整った顔に、アーリヤは目を白黒させた。
「一つ条件がある。ルマンデを連れて行くな。虫唾が走る」
「わかった。……と、言うことでごめん、ルー。今日は一緒に帰れません」
「ああ、オーケー。じゃあ、今日は別々に帰ろう」
ジュリアメーンデの教室前でアーリヤを待っていたルマンデは、険悪な双眸をジュリアメーンデに向けて踵を返した。
去って行くルマンデの後ろ姿を申し訳なく思いながら、アーリヤは見送った。
最近、微妙にすれ違ってはいるものの、アーリヤはルマンデと一緒に下校している。
母がジュリアメーンデに直接会いたいと言っているのだと嘘をついていること、悪者がアーリヤの名付け親であることなど、色々ルマンデに隠し事を持ってしまっている。
胸が軋んだ。
「ところで……お前の家族は何人いる」
「えっと、あたし入れて十人」
指を折って数えてみて、自分の家は大家族なのだと再確認した。
「……そうか」
帰り道、ジュリアメーンデは市場に軒を並べた食品店の一つに立ち寄った。
何を買うのかと訊くアーリヤを鬱陶しげに睨み、彼は白いパンを十個購入した。
アーリヤの喉が鳴る。白パンは王都の特産菓子だ。砂糖や蜜は一切使っていないのだが、上質な粉と卵、ミルクを混ぜて作っているため甘味がある。
そんなに安くはないため、アーリヤ達のような一般市民が白パンを食べられるのは祭典がある時くらいだった。
◆ ◆ ◆
アーリヤの弟妹達は、一様に目を輝かせた。それは、ジュリアメーンデが彼らに手渡した紙袋の中身が白パンだったからだ。
いつもは大人ぶって、つんとしているメグも頬を紅潮させて弾けんばかりに破顔する。
「ありがとう、ジュリアメーンデ!」
メグはそう言ってジュリアメーンデへお辞儀をした。
「あんた、ジュリアメーンデって名前だけど良い人だね!」
末の弟も受け取った白パンに齧りつきながら純真無垢な表情を見せた。
ジュリアメーンデは、「何で僕の名を……」と顔を引き攣らせる。初対面であるはずの子供達が好き勝手言う様に、彼は若干引き気味だ。
アーリヤは弟妹達に纏わりつかれているジュリアメーンデを見て、おなかを捩って笑った。このような光景、滅多に見られない。
アーリヤ達が帰宅してから少し経った頃、父と母が仕事から帰って来た。
ジュリアメーンデは礼儀正しく背筋を伸ばし、ロケットペンダントを貰った礼と、家に呼んでくれたことへの感謝の念を述べた。
慣れているのか、粗なく挨拶を行なうジュリアメーンデにアーリヤは内心舌を巻いた。彼は実際のところ、とても常識がある者なのかもしれない。いつもは無口で言葉足らず、そして追い打ちをかける口の悪さが災いしてあまり良い印象を持たれないだけなのだろう。
あいさつも済んだところで、父が母に目をやる。母は頷き、棚から一枚の写真を取り出した。
「これを、君に」
アーリヤとジュリアメーンデはそれを覗き込んだ。そして、驚嘆の声を上げた。
「……っ! これは……」
ジュリアメーンデは差し出された写真を自分の方に引き寄せると、食い入るように見つめる。
母は、人差し指で柔和な面差しをした背の高い男を指した。
「これが父さんで、これがわたし。わたしが抱いてるのがアーリヤ。そして、父さんの横にいるのが、あなたの父親よ」
アーリヤは、横にいるジュリアメーンデと悪者を見比べた。まるで生き映しのようにそっくりだ。
写真に映った父や母は今より幾分か若々しいから、一緒に映っている青年が今目の前にいるジュリアメーンデでないのは明らかだ。しかし、同一人物かと思ってしまう程に写真の青年とジュリアメーンデは似ていた。
「写真を撮るのが嫌いだったらしくてね。この一枚も、娘の生誕記念にと頼み込んで、ようやく映ってくれたんだ。はは、近所のじいさんに撮るのを頼んだから、若干ブレてるな」
父は懐かしそうに写真に映った青年を撫でる。青年は口許にわずかな笑みを湛えている。眼差しはカメラのレンズではなく、アーリヤの母に抱かれた小さな赤ん坊に注がれていた。アーリヤは、その赤ん坊が自分なのだとすぐにわかった。
「父は……悪者は、どのくらいこの家に滞在していたのですか?」
掠れた声でジュリアメーンデは尋ねた。
母は腕を組んで首を捻った。
「えーと、三ヶ月くらいかしら。雨の中、意識がない状態で倒れてるのを父さんが見つけてね。介抱してやったのさ。そしたら、自分にはこれしかないって、ロケットペンダントをくれた。礼なんて、望んでなかったのに、律儀な人だったよ」
「あ、そうそう。忘れるところだった。ジュリアメーンデ、手を出してごらん」
父親がにこにことしてジュリアメーンデに手を出すよう促す。ジュリアメーンデは二度瞬き、言われたとおり手を出した。
ジュリアメーンデの掌に父は小さな銀の鍵を落とした。古ぼけてはいるが、小さな碧色をしたダイヤが埋め込まれており、美しい。
「この鍵……何?」
訊けずにいるジュリアメーンデのかわりにアーリヤが訊いた。
父はジュリアメーンデの胸に輝くロケットペンダントを指差す。
「ロケットペンダントの中身を見るための鍵だよ」
え、とアーリヤとジュリアメーンデは顔を見合わせた。
「……あたしには渡してくれなかったじゃない。ひどいわ、父さん」
アーリヤが文句を垂れると、父は頭を掻いた。
「たとえもらったものだとしても、ロケットペンダントの中身というのは持ち主が大切にしているものを入れているものだ。おいそれと見てはいけない。アーリヤは、開けちゃ駄目だと言っても興味本位で開きそうだと思ってね。渡さなかったんだ」
「…………」
父の言葉に、アーリヤは間違いないと納得した。自分の好奇心の強さは尋常でない。鍵など渡された日には、気になって気になって、何も手つかず状態になるだろうと予想出来る。
「ほら、ジュリアメーンデ。開けてごらん」
母に促されて、ジュリアメーンデは鍵をロケットペンダントの中央に挿した。カチリと微かな音がして、ロケットペンダントは開く。
柔らかなオルゴールの音。聴いたこともないものだったが、心に染みるメロディだ。ジュリアメーンデは息を止めていた。彼の視線はロケットペンダントだけに集中している。横にいたアーリヤは我慢出来ずにロケットペンダントを覗き込む。
「こら、アーリヤ」
父の咎める声は耳に入ってこなかった。
ロケットペンダントの中には、青年と美しい少女の姿があった。そして少女は赤ん坊を抱えている。赤ん坊の髪は黒い。青年は間違いなくジュリアメーンデの父だ。少女はおそらく、ジュリアメーンデの母親だろう。そして赤ん坊は、ジュリアメーンデ。
オルゴールの音が響く。
「アーリヤが母さんのおなかにいることを知ると、自分にもこの間息子が生まれたと話してくれた。ジュリアメーンデという名をつけたと言うから、それはもう、こっちはおっかなびっくりしたもんさ。『亜種族の友に息子を託したんだ。僕には、育てることが出来ないから』って。……彼は、君が亜種族の友と一緒にプラウディア連邦国で暮らすことになると思っていたみたいだよ」
父の言葉にジュリアメーンデは目を伏せる。長い睫毛に憂いが差した。
「だからこそ、ジュリアメーンデという名を付けたと言っていた。その名があれば酷い差別は受けないと考えたらしい。連邦国では、『ジュリアメーンデ』は英雄という意味を持つんだろう?」
ジュリアメーンデは無言で頷く。
「あの人が出て行くちょっと前にね、騎士団が家に来たのよ。多分、彼を捜してたんだと思うわ。わたし達は彼のことを匿った。だって、彼はとても優しい人だった。わたしが陣痛に苦しんでいる時、一生懸命声をかけてくれた。でも、アーリヤが生まれて一週間くらい経って、彼は何も言わずにこの家を出て行ったの。迷惑がかかると思ったんでしょうね。そんなこと、これっぽっちも思ってなかったのに」
「……だから、アーリヤから君の名前を聞いた時、期待が胸によぎったんだ。わたし達にとって、彼は――アーノルは悪者なんかじゃなく、友人だから」
アーノル――天使の子という意味を持つ名前だ。
アーリヤは、絶句した。
悪者となった一人の青年は、神の子という意味を持つ名を持っていた。
そして、彼はただ一人行方を断ったのだ。生まれたばかりのジュリアメーンデを友人に託して。
何の理由があってアーノルが行方をくらませたのかアーリヤにはわからない。今、彼がどこにいるかは誰にもわからない。悪者は現在、消息不明だともっぱらの噂だ。他国で王国に攻め入る機会を狙っているとも言われているし、既に死亡しているとも言われている。
アーリヤは上目遣いでジュリアメーンデを見て、目を見張った。
彼は無表情のまま涙を零していた。
ジュリアメーンデは、アーリヤの強張った顔を見て自分が泣いていることに初めて気がついたようで、乱暴に涙を拭った。しかし、彼の涙はとどまることを知らず、流れ続ける。
藍色をした瞳が潤み、滴が零れる様は大地にしたたる恵みの雨の如く、鮮やかだった。
その涙の美しさに、アーリヤは脳髄が痺れるのを感じた。同時に目頭が熱くなって涙が頬を伝った。頭の中を様々な思いが駆け巡る。
いつも他人と一線を引いているジュリアメーンデ。彼は育ての親に愛情を注がれつつも、きっと本当の両親に焦がれていたに違いない。初めて見る自らとそっくりな父親の姿に彼が動揺するのも無理はなかった。
アーリヤは小刻みに震えるジュリアメーンデにしがみついた。彼もまた、きつく抱きついたアーリヤの腕に自分の手をそっと重ねた。そんな二人を抱えるように、アーリヤの両親は熱い抱擁をくれた。
◆ ◆ ◆
「……本当に、いいのですか?」
「うん。きっと、その写真は君が持っていてくれた方がアーノルも喜ぶ」
「……ありがとう、ございます」
泣き腫らした目でジュリアメーンデはお礼を言った。
ジュリアメーンデは手に持っていた古い写真をそっとカバンの中にある本に挟んだ。弟妹達は彼にじゃれつく。
両親の強い希望で夕飯までジュリアメーンデは一緒にいた。
ご飯が出来上がるまでの間、彼はわんぱく盛りの弟妹達の相手を引き受けてくれた。
アーリヤはそれを母親と共に夕食作りをしながら見守っていた。アーリヤに比べて、ジュリアメーンデは面倒見がいいようだ。彼は学校で絶対に見せることのない、淡い微笑を浮かべて弟妹達と遊んでいた。
「また来てね、ジュリア! 今度、さっき教えてくれた『宝石の冒険』の本、貸してね」
帰る時間が来ると、末の弟はべそをかきながらジュリアメーンデに懇願した。末の弟は特にジュリアメーンデに懐いたようだった。本の朗読をしてもらったからだろう。
「ああ。わかった」
そう言って、ジュリアメーンデは幼い弟を撫でる。そして、アーリヤの両親に向き直ると頭を下げた。
「それでは、お邪魔しました」
アーリヤは一歩前に進み出た。
「本当に、送らなくていいの?」
ジュリアメーンデは皮肉げな笑顔で頷く。
「子供じゃない。帰り道くらいわかる」
いつもと変わりないひねくれ具合も、先ほどの涙が全て帳消しにしてくれた。
◆ ◆ ◆
噎せ返るように匂い立つ緑が聖プローシュ学校を囲っている。
廊下を歩きながら、窓から照りつける太陽の眩しさにアーリヤは、げんなりと肩を落とした。本格的な暑さが大陸にやって来た。
これから三ヶ月間、暑い日は続くのだろうと思うと気が滅入る。
「何で、貴様に教えなければならん」
「…………気になっただけさ」
不穏な会話がアーリヤの耳に届いた。
廊下のつきあたりに人影がある。ジュリアメーンデとルマンデだ。
ルマンデはアーリヤとは反対方向に歩いて行く。微かに覗いた彼の表情は酷く思い詰めたものだった。
ジュリアメーンデは大きく溜め息を吐いた。彼はどうやらアーリヤの気配に気がついていないらしい。足音を忍ばせて真後ろへ立った。
「ジュリア、ルマンデと何を話していたの?」
いきなり声をかければ、ジュリアメーンデは長い髪を鬱陶しげに払って振り向いた。驚いた表情をしていなかったので、少しだけ不服に思う。
「いや……別に」
言葉を濁すジュリアメーンデに、アーリヤは冷たい視線を向ける。
彼は視線を逸らし、躊躇いがちに口火を切った。
「勇者になる方法を教えてくれ、と言われた」
「え……?」
「…………それだけだ」
やはり、ルマンデは勇者になりたかったのだ。
あの時アーリヤに「もういい」と言ったのは強がりのポーズでしかなく、深層心理下でルマンデは勇者になる方法を考えていたに違いない。
ずっと、近くにいた。
なのに、彼の葛藤に気付けなかった自分自身が腹立たしかった。
アーリヤは嫌な予感がした。
ルマンデはとても切羽詰まった顔をしていた。アーリヤは彼が去って行った方向へ走り出す。
「おいっ、アーリヤ!」
後ろから這ってくるジュリアメーンデの声は聞こえないふりをした。
校舎から出るところで、ようやくアーリヤはルマンデを見つけた。声をかけようと試みたが、ルマンデは人目を気にするように視線を周囲に配っている。
(怪しい)
奥歯に物が挟まったような不快感がアーリヤを満たす。
ルマンデは校門を抜けて、帰り道とは逆方向に歩いて行く。
アーリヤはその後を見つからないように物陰に隠れながら後をつけた。
ルマンデは段々人気がない場所へ足を伸ばす。さすがにもう物陰に隠れてやり過ごすにも限界を感じた時、彼は寂れた教会の中へ入って行った。
背の高い大木の陰に隠れていたアーリヤは、小首を傾げて周囲を見回した。そこには見渡す限り、荒れた土地が広がっている。作物を育てるための農地もなければ、豊かな川もない。
ただ、乾いた土の上に小さな白い教会だけがあった。
教会はもう誰も掃除していないのか、雑草に覆われて黄緑の蔦が這っている。
アーリヤはしばらくルマンデが出て来るのを待っていたが、一向に出て来る気配がなかったため、中へ入る決意を固めた。
金色の取っ手を引く。扉は軋み、ゆっくりと開いた。
内部は非常に整然としていた。
簡素な礼拝用の長椅子が五列並んでいる。床には敷物は敷かれておらず、剥き出しの木目が年季を感じさせた。
真正面にあるステンドグラスは赤、青、黄と順序よく填め込まれている。ところどころひび割れており、そこから強い陽射しが差し込んで教会の内観を照らす。光は、教会が埃にまみれているのを浮き彫りにする。
そんな中、彼はステンドグラスの真下で膝まづいて祈っていた。
「ルー」
呼びかけに、ルマンデは振り向く。
彼はやつれた顔をしていた。頬が削げている。溢れんばかりに溌剌とした少年の姿は、影を潜めていた。
アーリヤはルマンデに近寄り、おずおずと手を伸ばす。
「ルー、寝てないの? 顔色が……」
「触るな!」
小気味いい音がした。ルマンデは俯き、下唇を噛んだ。彼の顔は前髪に隠れて窺い知ることが出来ない。
ルマンデから払い退けられた手が痛む。アーリヤはショックを隠しきれずに落胆した表情を形成してしまう。
ルマンデは片膝をついて立ち上がると、アーリヤから距離を取って歯を食いしばった。爪が食い込む程、両手を握りしめている。
「コンタス伯父さんも、アーリヤも。皆してオレのことを馬鹿にしてるんだ」
「馬鹿になんてしてないわよ!」
「いいや、してるね。オレが勇者になれないって、そう思ってる。だから、そんな悲しい目をしてるんだ」
ルマンデは自らを嘲るように唇の片端を上げる。
「……そんなつもりは……」
「憐れみなんて、いらない。オレは、オレのやり方で勇者になる。絶対に! どんなことをしてでも!」
捲し立てるルマンデに、アーリヤは何も言えない。
今、何を言っても彼には届かない。
彼の意識は『勇者になる』という一点にしぼられている。結局、他人の心に入り込んで動かすなんて芸当がアーリヤに出来るわけがなく。
アーリヤは己の無力さに項垂れた。
突如、耳をつんざくように高い音がした。ルマンデ・ポウロ聖堂で聞いた鐘の音に非常に似通った音。アーリヤの胸を音は揺らす。
まさか、とアーリヤは天を仰いだ。ルマンデも同様に顔を上向かせる。
鐘の音は次第に近づいてきて、アーリヤの平衡感覚を喪失させる。馬車酔いした時にも似た吐き気をもよおす。
こんな薄汚れた教会へ天使が降り立つわけがない。
そう思うものの、現実にステンドグラスから射し込む微々たるものだった光が強い銀の色合いをもってアーリヤ達の目前に迫る。
アーリヤは銀糸で出来た衣を纏った女性を見た瞬間、卒倒するかと思った。
間違いなく、そこには天使・アーリヤがいた。
天使は艶然とルマンデに微笑み、何事か呟いた。彼女の声はアーリヤに聞こえない。
ルマンデの顔に喜色が浮かぶ。
「オレ……選ばれたのか?」
天使は頷き、手の甲から地図を出現させると、ルマンデの手に落として消えて行った。
天使が去ったと同時に鐘の音は消え、無音が教会を包んだ。
ルマンデは受け取った地図を眺め、笑んでいる。
アーリヤは混乱した頭をどうにか動かしてルマンデに手を出した。彼は今、とても機嫌が良い。先程のように手を振り払われることはないだろうとアーリヤは踏んだ。
「ちょっと、地図見せてもらっていい?」
「いいよ」
ルマンデは昔のルマンデに戻っていた。慈愛に満ちた表情をアーリヤに向けている。
アーリヤは、ルマンデから見せてもらった地図を凝視して、細部まで鮮明に記憶した。
それからどうやって帰ったか、アーリヤは覚えていない。ただ、帰ってきてすぐにジュリアメーンデがもらった地図を広げた。脳に焼き付けたルマンデの地図とそれを重ね合わせる。
(一緒だ……)
アーリヤは愕然とした。
ルマンデが天使からもらった地図は、ジュリアメーンデがもらった地図と寸分違わず同じだった。
印を辿る。そこは国外だった。
アーリヤは胸騒ぎを覚える。鼓動の音が耳に響いた。
『二人の英雄は、並び立たない』
ルマンデも勇者になれるのかと訊いた時に、コンタスの呟いた言葉がよみがえる。