5 試練の間
前期末テストが開始する二日前。夏の太陽が燦々と降り注ぐ聖プローシュ学校に、激震が走った。サンマウド国王からの使者だと名乗る騎士達がやって来たのだ。
鈍色の甲冑を着た騎士は、萎縮している教師に案内されてアーリヤ達のクラスに姿を見せた。
「アーリヤ、ちょっと来なさい」
帰る準備をしていたアーリヤは、まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったため飛び上がった。恐る恐る、教室の入り口に近付く。
「ああ、あなたがアーリヤ嬢ですね」
騎士は優雅に腰を折ってお辞儀をする。何が何やらわからないアーリヤに、深紅のマントを纏った騎士は事情を説明してくれた。
「王の命により、お伺い致しました。あなたとジュリアメーンデという少年に、王が面会を望まれております」
聞き耳を立てていたクラスメイト達が、一様に目配ませする。
「あ、あたし……何も悪いことは……」
してないはず、と消え入りそうな声でアーリヤは呟いた。
最近、自分がしたことを思い出してみる。確か、近所のおじさんの目を盗んで裏の畑に実った果実を食べた。しかし、それだけで国王がアーリヤに直接制裁を下すとは考えられない。しかも、ジュリアメーンデはその件には無関係だ。
今にも泣きそうなアーリヤに、騎士の一人が耳打ちする。
「大丈夫。王が君を呼ぶのは、証人が欲しいだけだから」
「え……?」
騎士は兜を脱ぎ、茶目っけたっぷりにウインクして見せる。流れる金髪と澄み渡った空のような目の端整な顔立ちをした騎士に、クラス中の女子から黄色い声が上がる。騎士は、幼い子にするようにアーリヤの頭を撫でてくれた。アーリヤが不安にならなくて済むよう、わざわざ兜を外して笑顔を見せてくれたのだろう。
「ルマンデ・ポウロ聖堂で天使が微笑んだ人物は誰か。真実を知るのは、君と、聖堂に仕える神官だけなんだ」
騎士が小声で言ったことに、アーリヤは目を丸くする。
ジュリアメーンデに向かって天使が微笑んだところを見たのは、アーリヤだけではなかったらしい。
まさか、こんな事態になるなど予想していなかったアーリヤは、無言で下唇を噛んだ。
「とにかく、王城まで来てくれるね?」
拒絶を許さない騎士の言葉に、アーリヤは頷いた。
今の会話は小声で交わされていたため、近くにいた教師も生徒も誰一人聞き取れていないはずである。皆、アーリヤが騎士団に連れて行かれるのを黙って見送っていた。
遠巻きにアーリヤと騎士の会話を見守るルマンデの視線が、痛かった。
◆ ◆ ◆
アーリヤと騎士達が校庭に出ると、そこにはジュリアメーンデと校長、そして幾人かの騎士がいた。ジュリアメーンデは両脇を騎士に抱えられている。
「何なんだ、無礼だぞ。離せ」
怒りを撒き散らしながら、騎士に引きずられる形でジュリアメーンデがアーリヤの傍までやって来る。騎士達はジュリアメーンデの鼻持ちならない態度に苦笑気味だ。
ジュリアメーンデはようやく騎士達の拘束から解放される。彼は射殺さんばかりの形相で騎士達を睨んだ。
そして、はたとアーリヤを見受け、「……ああ、アーリヤも呼び出されたのか」と呟く。
ジュリアメーンデは、くるりと騎士と先生を見ると言い切った。
「だから、誤解だと言ってる。僕は、初代悪者と同じジュリアメーンデという名を持っている。その僕が、勇者なわけがない」
「わかった。話は陛下の前でしてくれればいい。それでは先生方、申し訳ないが生徒達をお預かり致します」
「は、はいっ」
校長は、裏返った声で返事をする。
騎士団に属する者は良家の子息が大半で、見目麗しい者がその多くを占めている。
それに、王直属の騎士団ということにもなるとその容姿は別格で、麗しい者が非常に多かった。中には王の血筋を受け継ぐ者もいる。
アーリヤ達を迎えに来た騎士達が纏うマントは、深紅。その色は、サンマウド王国国旗の色である。すなわち、貴色。王直属騎士団を示すものだ。
騎士達が一斉に兜を取って、礼に則り教頭に頭を下げた。
けぶる金髪にブルーの瞳の淡い微笑を宿した青年に、ハシバミ色をした髪と目を持つ威厳ある風貌の男、こげ茶の髪にアクアマリンの双眸を優しく細めた貴族然とした少年など――。学校や王都中見回しても、あまり見かけない程の美形揃いだった。
アーリヤは、とろんとした目で頬に手を当てる中年の教頭を見やった。懸命に笑顔を浮かべて品の良さを見せようとしている校長は、現在独身である。
この分では、ジュリアメーンデが勇者云々と言った話は右耳から左耳に抜けているに違いない、とアーリヤは思った。そう思わずにはいられないくらい、校長は騎士達の顔しか目に入っていなかった。アーリヤやジュリアメーンデの方など見もしない。
「だから、行かないと言ってるだろう。聞こえないのか」
「本当に勇者ではないと言うのなら、王の御前で言うがいい。我々は、お前達を王へ届ける責務がある」
何とジュリアメーンデが言おうが、罵ろうが、騎士達は迅速な動きで馬車へアーリヤ達を押し込めた。
「…………ふざけるな」
アーリヤは、低く呟いたジュリアメーンデの方を窺い、ギョッとした。彼は魔法の詠唱を始めている。
ジュリアメーンデが唱えている呪文に、アーリヤは覚えがあった。ジュリアメーンデの制服を取り返そうとした際に、プラナという赤毛の先輩が放った風の拘束具を発現する呪文だ。
今、騎士達は馬車を出す準備を整えており、気が逸れている。ジュリアメーンデのことだ。
きっと、一瞬の隙を狙って鮮やかな手際で騎士達を拘束するだろう。だが、そんなことをすれば国家反逆罪だと処罰されることは必至だった。
(ごめん、ジュリア)
アーリヤは心の中でジュリアメーンデに謝ると、馬車の窓から騎士達を睨みながら詠唱する彼の足を、思い切り踏んだ。
「う…………っ」
つま先を遠慮なしに踏んだため、ジュリアメーンデの痛みは相当なものだっただろう。彼は痛みに悶絶する。
馬車を出す準備はすぐに整い、騎士達が乗り込んでくる。こげ茶の髪をした騎士は一足先に、馬を飛ばしてアーリヤ達が来ることを事前に国王へ知らせに行った。
御者が馬を鞭で叩く音がする。ゆっくりと、馬車は滑るように走り出した。
「一体、彼はどうしたんだ?」
しきりにつま先をさすっているジュリアメーンデに疑問を持ったハシバミ色の髪目をした騎士が訊いてくる。
まさか、あなた達を拘束しようとしていたから、あたしが足を踏みましたと言えるはずもなく、アーリヤは曖昧に笑って見せる。ジュリアメーンデは悔しそうにアーリヤを横目見た。
そんな二人の様子を、アーリヤを迎えに来てくれた金髪青目の騎士は微笑ましげに見守る。
「君達は、仲良しなんだね」
「そんなことない!」
アーリヤとジュリアメーンデの声は、重なった。
◆ ◆ ◆
白亜の石を幾重も積み上げて造られた城の外壁を横切り、両腕を広げても届かないくらい大きな門を潜り抜け、アーリヤ達は王城へ入った。
近くを通り過ぎるだけで空気が違うのを感じる城。
丹念に建造されたと思われる城は、長い年月をかけて所々ひび割れて蔦が這っているものの、とても重厚な造りをしていた。サンマウド王国の主である王が住まうこの城は、アーリヤ達民衆にとって、おとぎ話の世界に出てくるもののような、不確かで、決して入ることの出来ない領域だ。
その城に自分は足を踏み入れたのだと思うと、アーリヤは背筋が伸びる。馬車から降りた瞬間、思わずジュリアメーンデの服の裾を握った。彼は長い黒髪をはためかせて振り返る。
『裾を握るな、歩きづらい』とでも辛辣に言われるかと思ったが、ジュリアメーンデは何も言わずに再び前を向いた。
ジュリアメーンデは王城に対して何の感動も生まれないのか、坦々と騎士達の後をついて行っている。対してアーリヤは、深紅の絨毯が敷かれた床や巨大な柱に刻まれた歴代の王の顔、飾られた調度品や武器などに、忙しなく目を動かして騒いでいた。
城の入り口からまっすぐ進んだ先に一際大きな扉があった。騎士達が二人がかりでようやく開くその扉の向こうは、とても広い場所だった。
(舞踏会とか、ここであるのかしら)
アーリヤは、ジュリアメーンデの裾を握る力を強くする。
「さあ、王の前へ行く。きちんと頭を下げるんだぞ。何、俺達の後に続いて真似れば大丈夫だ」
ハシバミ色の髪目を持つ騎士が小さく囁いた。彼の顔が一層引き締まる。
「ここは……?」
「謁見の間だ。もう皆集まっている」
アーリヤの問いに短く答え、騎士は毛の長い深紅の絨毯へブーツを沈ませた。その後ろに金髪青目の騎士も続く。
謁見の間には、ハシバミ色の髪目を持つ騎士が言ったとおり多くの人がいた。彼らは毛色の違う猫を見る目で、アーリヤ達に向かって不躾な視線を送る。彼らは両端に寄っている。
アーリヤ達が中央まで進むと、正面の壇上にかかっていた金縁の赤いカーテンが勢いよく開かれる。
カーテンの向こう側――一段高き場所にある王座に腰かけた国王は、射抜くような双眸でアーリヤ達を眺める。日に焼けて浅黒い肌が精悍な顔立ちを引き立てている。思っていたよりも若い。年の頃は三十そこそこだろう。
王のすぐ横には、ルマンデの伯父がいた。彼は国王付きの騎士だ。ここにいるのは当然である。
ルマンデによく似た風貌をした彼は、いつも近所で会う時と変わらずにこやかだ。
先頭を行っていた騎士達が片膝をついて深々と会釈する。アーリヤとジュリアメーンデもそれに倣った。
面を上げよ、とすぐに国王が口にする。さっと騎士達は立ち上がり、左右に身を引く。金髪青目の騎士はアーリヤにウインクした。
白亜の柱のたもとにいた蒼い法衣を纏いし白髪頭の神官が、あっと声を上げてアーリヤとジュリアメーンデを指差す。
「陛下、間違いございません。この者に、天使様は微笑まれました。あいにくその少年は眠っていましたが、横にいた少女はしかとそれを見ておるはずです」
皆の目がアーリヤへ注がれる。
緊張感あふれる視線に、アーリヤは冷や汗をかく。隣にいるジュリアメーンデは、きつい目でアーリヤを見る。まるで、否定しろと言わんばかりの厳しい目がアーリヤの左頬に突き刺さる。
「天地創造の天使・アーリヤと同じ名を持つ少女よ。その者の言うことは真か?」
国王は稲光のような鋭さのこもった声で訊いてくる。
アーリヤは恐怖を感じ、ジュリアメーンデの後ろへ隠れた。
「……おい、こら」
ジュリアメーンデの咎めは聞こえないふりをし、彼の背中に首を引っ込める。
ルマンデの伯父が、苦笑して王を諌める。
「陛下。子供にそのような威圧的な聞き方をしてはいけません」
「だが、コンタス。この少女の一言で次代勇者が決まるんだぞ」
「……アーリヤ、正直に答えてくれ。天使が微笑んだのは、聖堂の神官が言うように、ジュリアメーンデなのか? それとも、ちまたで噂されているとおり、ルマンデなのか?」
アーリヤは、自分の一言でルマンデとジュリアメーンデの今後が決まることを察した。
(あたしの言葉が、二人の未来を決めちゃう。んな、馬鹿な。あたしはただのしがない一般人ですよ?)
心の中で言ってみるが、口に出す勇気はない。
アーリヤは、周囲を見回す。誰も助け舟をくれようとしない。ふと、ジュリアメーンデと目が合う。彼は小さく首を横に振った。
絶対……嘘を吐いてでも、自分に天使が微笑んだと言うなと語る瞳。ジュリアメーンデは半ば必死だった。頑なに、勇者の称号を拒絶していた。
ルマンデに天使が微笑んだと言った方が、ルマンデ伯父であるコンタスのためにも良いに違いない。
もしも嘘が露見した場合は大目玉だろうが、ルマンデなら上手くやるだろうという妙な自信があった。
アーリヤが唇を開きかけたその時、騎士達と同様、脇に控えていた一人の男が手を打った。
国王の視線を受け、彼は一歩進み出る。男は大仰に国王へ向けて会釈し、白い歯を見せた。服や装束品を見る限り、貴族か何かだろうとアーリヤは判断を下す。
「陛下。こうして詰問しているのも何ですから、いっそ『試練の間』へ落としてみてはいかがでしょう」
「――――!」
男の放った『試練の間』というフレーズをアーリヤはを知らなかったが、なんとなく嫌な予感がした。それはジュリアメーンデも同じらしい。彼は神経質な表情を浮かべている。
「しかし、それはあまりにも……」
イスの肘掛けを持ち、身を乗り出して国王は渋い顔で反論しようとする。それをコンタスが止めた。
「陛下、それがいいかもしれません。『試練の間』に勇者の資格を持たない者は入れない。万が一、彼が勇者でなかったら、『試練の間』より弾き飛ばされて戻ってきます」
アーリヤとジュリアメーンデそっちのけで話が進んでいく。ジュリアメーンデは青ざめた顔で眉根を寄せた。彼は立ち上がり、抗議の声を上げる。
「ちょっと待て……何を勝手に――――っ」
がくん、とジュリアメーンデの姿が消えた。いや、正確に言うといきなり現れた穴に落ちた。
アーリヤは慌てて穴の中に手を伸ばすが、すんでのところで届かなかった。
穴を出現させたのは数人の魔術師のようだ。彼らはコンタスと国王に合図でも送られたに違いない。
呆然として、わけがわからずその場に座り込むアーリヤに、コンタスは優しく声をかけてくれる。
「安心していい。すぐ帰ってくるよ」
「安心って……っ。できないよ! どう見ても、穴だよ。ほら、風を吸い込んでる。きっと、地中深くあるんでしょ。……っ。ジュリアが着地に失敗したらどうすんのよ!」
アーリヤは混乱していた。自らも後を追おうとするが、騎士達に止められる。
「いけない。勇者でない者が入ると、弾き飛ばされるとコンタス様も仰っていただろう」
金髪青目の騎士は、もがくアーリヤをなだめる。
アーリヤは項垂れた。こんなことになるのなら、さっさとルマンデに天使が微笑んだと嘘を吐いていればよかった、と後悔した。そうしていれば、ジュリアメーンデは『試練の間』などに落とされず済んだのだ。
少しだけ落ち着きを取り戻したアーリヤは、毅然とした面持ちで国王へ臆面もなく視線を向けた。その強い眼差しを受けて国王は少したじろいだ。
「『試練の間』って、なに――いえ、何ですか?」
「ジュリアメーンデが落ちたのは、『試練の間』。こことは違う亜空間にある――初代勇者が作った空間。そこを抜け出すことが出来て初めて、勇者を名乗ることを許される。……コンタス、着地に困ることはあるか」
「いえ、陛下。あの空間は全てがねじ曲がっておりますから、落ちた衝撃も感じなかったはずです。随分昔のことになりますが、私も弟も大丈夫でしたから」
国王とコンタスの会話を耳にしながら、アーリヤは真っ暗な穴の中を覗き込む。
「…………ジュリア」
ジュリアメーンデの声がするかも、と耳を澄ましたが、何も聞こえてこなかった。
◆ ◆ ◆
いつの間にか、西日が大窓から謁見の間に射し込んでいた。
ジュリアメーンデが『試練の間』に落ちてから、早数時間が経過している。
アーリヤは部屋の片隅で膝を抱えて座り込み、学友の帰りを待っていた。
もう家に帰っていいぞ、と国王やコンタスから再三気遣われたが、アーリヤは頑としてその場から立ち去ることを拒絶した。ジュリアメーンデを置いて一人家路に着くことは、アーリヤの矜持に反する。
誰も言葉を発しない。果てしない沈黙が降りる中、皆ジュリアメーンデの一刻も早い帰還を望んでいるのがひしひしと肌から伝わってくる。
突如、アーリヤが寄りかかっていた窓ガラスが震えた。それを封切にして、謁見の間を取り囲む窓が不自然に音を立て始める。
アーリヤは目を丸くして立ち上がった。
ざわめく人々をよそに、段々と揺れは激しくなり、ガラスにヒビが入る。突風が起こったのかと思ったが、どうやら違うらしい。外の向こうに広がる景色は、静止していた。風によって木の葉が舞い上がっている様子は見られない。
窓ガラスが嫌な音を立てる。
「皆の者、伏せろ!」
コンタスが叫んだと同時に謁見の間にある全ての窓ガラスが内側に向かって砕け散った。アーリヤは何が起こったかわからないまま、反射的に頭を押さえてうずくまった。後ろに束ねた髪が中央に向かって靡く。薄目を開けて風が吹く方を見て、ぎょっとした。大きな光の球体が謁見の間の中央に浮かんでいたのだ。
(な、何あれ……!)
白い光と荒々しい風は徐々に収束していく。
弱まった光の中から、ジュリアメーンデは吐き出された。
彼は、ぼろぼろになった制服で床に這いつくばった。彼の手には何かが握られている。
「ジュリア!」
アーリヤは感極まってジュリアメーンデに抱きつく。
ジュリアメーンデはそれに対してコメントするどころではないらしく、王とコンタスに対して髪を振り乱して怒鳴った。
「なんてところに放ってくれた! 死にそうになったぞ!」
何ヶ月も何ヶ月も、と呪うように言うジュリアメーンデを眺め、国王はゆったりと肘掛けに凭れかかり、飄々と言ってのけた。
「そなたが『試練の間』に行ってから、まだ数時間しか経っていない」
「……何だと?」
険呑な光を宿した瞳で、ジュリアメーンデは国王を睨みつけた。
「あっちは、時間の流れがおかしいんだ。ん? ジュリアメーンデ、その手に持っているのは……」
コンタスは言葉を切り、じっとジュリアメーンデが右手に握りしめている茶色い紙を訝しげに見つめた。
ジュリアメーンデは、自らに集まる視線が鬱陶しいのか、顔をしかめる。そして、つかつかとコンタスの前まで進み出ると、紙をなすりつけるように渡した。
コンタスは、その紙を見た瞬間、表情を一変させた。壇上にいた国王もそれを覗き見て目を丸くする。好奇心に勝てなかったのか、コンタスの周りに人が寄って来た。皆、紙の中身を見た途端、口を閉ざす。
ジュリアメーンデはそんな国王達を横目に出て行こうとする。
アーリヤは、止めた方がいいかと思ったが、ジュリアメーンデから醸し出される威圧的な空気に圧されて声をかけられなかった。
「待て」
コンタスの声が響いた。
ピタリとジュリアメーンデの足が止まる。
コンタスは逡巡する仕草をして見せたが、意を決したのか精悍な顔つきでジュリアメーンデの肩を掴んだ。
「この地図は、『試練の間』にて、天使からもらったんじゃないか?」
顔が見えなくてもわかる。ジュリアメーンデの肩が震えた。図星なのだろう。
アーリヤは胸に手を当てて事の成り行きを見守っていた。
必死に頷く神官が視界のすみに入る。褒美がほしいのが見え透いている。自分が勇者を捜し出したとでも言わんばかりの誇らしげな顔に、アーリヤは苛立ちを覚えた。
ジュリアメーンデは無言だった。
「ジュリアメーンデ」
コンタスの呼びかけに、ジュリアメーンデは勢いよく振り向き、肩に置かれた手を払った。彼の目に怒りの炎が灯っている。
「…………そんなもの、要らない。貴様の甥にでも渡せばいいだろう」
場の空気が凍った。
コンタスも、国王も、騎士達も何も言わない。
アーリヤは自分のことのように焦燥に駆られた。アーリヤはジュリアメーンデに近付くと、小声でジュリアメーンデに耳打ちする。
「ジュリア、まずいわよ。そんな言い方」
「………………」
ジュリアメーンデはアーリヤに目をくれることなく踵を返す。
「ちょっと、待ちなさい」
入り口のところに控えていた騎士がジュリアメーンデを剣で扉を塞ぐことで制止した。
ジュリアメーンデは、躊躇うことなく呪文の詠唱を始めた。騎士の顔が強張る。無理もない。ジュリアメーンデの頭上に現れた炎の球体は小さな太陽のように空気を揺らめかせている。
それでも騎士は果敢にもジュリアメーンデに挑もうとしたが、コンタスが「よせ」と言ったことで舌打ちして後ろへ下がった。
ジュリアメーンデは、完全に騎士が武器を下ろすのを見届けてから、詠唱を止めた。彼は呪文を練り上げて作った炎の球体を思い切り扉にぶつけた。二人がかりでようやく開くことの出来る扉が、開いた。
「……この上なく、不愉快だ」
ジュリアメーンデはそう捨て台詞を残すと、ブーツの音を高らかに響かせて謁見の間から立ち去る。
「ほお……豪胆だな」
ジュリアメーンデの度胸に感心したのか、王は顎に手をやって呟く。
呆けていたアーリヤは、ようやく意識を取り戻して慌ててジュリアメーンデの後を追った。コンタスの呼び止める声は聞こえないふりをした。