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11 いくつかの刻を越え


 遠い記憶の扉を閉じ、いつしか皆から『ルマンデ』と呼ばれるようになったジュリアメーンデの横で、アーリヤは亜種族達を引き連れてサンマウド王国へ攻め込んできた『ジュリアメーンデ』と呼ばれるようになった、かつての幼馴染みの青年――ルマンデを睨みつけた。

 ルマンデは昔と変わらぬ笑顔をアーリヤに向ける。

「久しぶり」

「…………」

 アーリヤは返事をしなかった。

 ジュリアメーンデはアーリヤを庇うように背中に隠した。彼の手にはコンタスより譲り受けた使い込んだ剣が握られている。この十年で随分、彼は腕力が強くなった。

 昔は剣を持ち上げることなど絶対に出来なかったのだから、彼の努力は並大抵のものではない。

 ルマンデは、柔い太陽の光さながらに煌めいていたプラチナの短髪を、漆黒に染めていた。対するジュリアメーンデも、長かった髪を肩辺りまでばっさり断ち、伝承に残る勇者の姿に似せて金に脱色していた。

 二人共少年から青年にすっかり面差しを変え、背丈もアーリヤより頭一つ分以上ある。

 月日の流れを感じさせた。

 ルマンデが指揮する大軍の容赦ない黒魔法攻撃に、アーリヤ達王国軍はなす術もなく後退を余儀なくされ、王城に立て篭もっていた。今も両軍が交戦する音が耳に届く。

 アーリヤとジュリアメーンデは、ルマンデ達の背後から隙をついて魔法を放ち、軍を混乱させる役割を担ってルマンデ・ポウロ聖堂に身を潜めていたのだが、ルマンデに見つかってしまった。

 思えば、この聖堂が全ての始まりだったのかもしれない。

 アーリヤはここで見た天使の微笑を思い出し、歯噛みする。

 聖プローシュ学校の課外授業でここを訪れる以前から、ルマンデは黒魔法に魅入られていたかもしれない。しかし彼が本格的に黒魔法を学び出したのは、天使がジュリアメーンデへ微笑んだあとだったとアーリヤは記憶している。

(もしかしたら、あたしがこの聖堂にジュリアを無理矢理引っ張ってこなかったら、こんなことにはなってないかもしれない……)

 思ったところで詮なきことを、考えてしまう。

 運命の悪戯とは、酷いものだ。

 勇者になりたかった少年と悪者になりたかった少年は、自分達の望んでいなかった者となって相見えている。

 全ての始まり、全ての終わり。

 ここで決着がつく。勇者と悪者、どちらかが死ねば全てが終わる。

 ジュリアメーンデが剣の柄を握り直した。

 ルマンデも背負った大剣を引き抜き、酷薄な笑みを浮かべた。

 アーリヤは一歩下がったところに控える。

 悪者に対抗するため、アーリヤは十年間魔法の勉強を欠かさなかった。

 しかし、ルマンデが家族を惨殺した現場を見たショックからか、どうしても攻撃魔法を使うことが出来ず、治癒魔法や防御魔法を専門に学んだ。アーリヤは詠唱を開始しようと、唇を開く。

 その時、ジュリアメーンデの指先がアーリヤの唇をかすめた。アーリヤは目を丸くする。

「……これは僕とあいつの戦いだ。手を出すな。危険すぎる」

「でも――っ」

 ジュリアメーンデだってアーリヤと共に崖上から見ていたのだから、わかっているはずだ。

 ルマンデの力は強大で、王国軍の半数を黒魔法で一瞬にして削った。

 それを目の当たりにして、アーリヤは敗北を予感した。しかし、口に出すことは出来なかった。王国の命運がかかっている戦争なのだ。負けるかも、などと言えば容赦なく断罪される。

 ジュリアメーンデは、薔薇のように赤い唇に笑みを乗せる。

「大丈夫だ。昔、言ったろう。絶対に、お前とこの王国を守ってやるって」

 アーリヤの胸に、あの日のジュリアメーンデが去来する。

 あの日、ジュリアメーンデはアーリヤを救った。絶望の淵から抜け出せなかったアーリヤを、彼が救い出してくれた。

 ジュリアメーンデはあの日と同じ、決然とした瞳をしている。

「ふーん、アーリを守るために勇者になったんだね。美談だ」

 揶揄するようにルマンデは言った。

「ああ、そうだ。そのためだけになりたくもない勇者になったんだ。だから、こんなところで死ぬなんてまっぴら御免だな」

 きっぱりとジュリアメーンデは言い放つ。ルマンデが目を細めた。

 それに、とジュリアメーンデはぼそりと呟く。

「お前には、ルマンデと戦ってほしくない」

 アーリヤは虚を突かれた表情でジュリアメーンデを見つめた。彼はアーリヤを見ようとしない。

 十年一緒にいたことで、アーリヤはジュリアメーンデの数少ない言葉の中に内包された思いを汲み取るのが上手くなった。ちょっと前だったら、足手纏いだからそんなこと言うのだと憤慨していたが、彼の真意は別のところにある。

 彼は、幼馴染みであるルマンデと戦うことで、アーリヤの心が悲鳴を上げるのではと懸念しているのだ。

 そんなアーリヤ達の言葉が聞こえていないだろうルマンデは乾燥した笑みを浮かべて小首を傾げる。

「オレに勝てるとでも思っているの?」

「思っているのではなく、勝つ。それ以外はない」

 ジュリアメーンデはそう言って、剣の柄を握り直した。

 少しの沈黙ののち、二人は同時に青い絨毯を蹴り上げてぶつかり合った。

 高らかに、剣の擦れ合う音が天井を突き抜け、聖堂全体に響き渡った。



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【恋愛遊牧民G】
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