表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

第七章 声になった言葉

正太朗は、自分の暗い部屋でソファに座り、背もたれに頭を預けていた。


天井を、ぼんやりと見つめる。


青ざめた玲子の顔が浮かぶ。


正太朗の中では、玲子は物静かな少女の記憶のままだった。


その彼女が、大声で拒絶した。


玲子は、自分の前から立ち去るとき――


どんな顔をしていた?


あの公園も、SNSも。


絶対に玲子だ。


そうじゃなきゃ、あんなに動揺するはずがない。


でも――

どうして嘘をついた?


玲子が立ち去る直前に聞こえた、消え入りそうな声。


『…知られたくなかった』


小学校のころ。

正太朗は玲子を意識するようになった。


そして気づいた。


いつも、玲子がひとりでいることに。


でも神社で歌っている玲子は、幸せそうだった。


まるで別人だった。


鳥籠から飛び立った鳥のように、玲子は自由だった。


羽を広げて、歌っていた。


だからこそ、歌えていたんだ。


「知られたくなかった…そういうことか」


正太朗は気づいてしまった。


自分が――

玲子の秘密を暴いてしまったことに。


土足で踏み込んでしまった。


そんなつもりじゃなかった。


中学校に進学したとき、玲子の姿がどこにも見当たらなかった。


廊下で、小学校から顔なじみの女子をつかまえて聞いた。


「桧山さん? ああ、引っ越したらしいよ」


知らないうちに、いなくなっていた。


誰にも、何も言わずに。


ショックだった。


頭がガンガンして、そのあとの授業は何も入ってこなかった。


卒業式の日、正太朗が一言でも声をかけていたら、今とは何かが違っていただろうか。


ふと、小学校の門を静かに出ていく玲子の後ろ姿を思い出した。


まるで、誰かに見つかる前に姿を消そうとしているかのようだった。


正太朗は勢いよく立ち上がると、奥の部屋のクローゼットを開けた。


たしか、ここに。


奥から段ボールを引っぱり出す。


小学校の卒業アルバム。


その間に、一枚の写真が挟まれていた。


卒業式のあと、花壇の前でクラス全員が並んで撮った、最後の集合写真。


いや、全員じゃない――。


その中に、玲子の姿はなかった。


玲子は決めていたんだ。


みんなの前から、こっそり姿を消すことを。


大人になるにつれて、小学校の頃の記憶は少しずつ薄れていった。


それでも、頭の片隅には残っていた。


だから体が反応した。


SNSも。

公園も。


中学校の頃から、ポツリと開いたままになった穴。


ずっと、そのままだった。


埋めたかっただけなんだ。


暴くつもりなんてなかった。


傷つけるつもりもなかった。


照れて笑みを浮かべてくれる玲子を、勝手に想像していた。


点と点がつながるように。


あの神社の光景を、

二人だけの秘密として共有できると――

そう思っていた。


正太朗の手の中で、写真がぐしゃりと潰れた。


どう伝えればよかった。


強い拒絶だった。


見えない厚い壁が、降ってきたようだった。


いつの間にか、カーテンの隙間から朝の光が差し込んでいた。


正太朗は床に座りこんだまま、後ろ手に体を支え、肩の力を抜いた。


その傍らには、握り潰されたばかりの写真が転がっていた。


「桧山は、ちゃんと帰ったよな…」


ポケットに入れていたスマホが、ゴトリと床に落ちた。


「あ…」


正太朗は床に落ちたスマホを見た。


充電が切れていることを、すっかり失念していた。


正太朗はコンセントに充電器を差し、スマホにつないだ。


充電が復活したら、玲子に連絡してみようか。


電話より――SMSだよな。


なんて送ろう。


昨日はごめん?


無事ついた?


おはよう?


しばらくして、画面がゆっくりと点いた。


手を伸ばさないまま見ていると、画面の明るさがゆっくりと落ちていく。


そのときだった。


ピコン、と小さく音が鳴った。


表示されたメッセージは短かった。


「ごめんなさい」


正太朗は床から奪うようにスマホを持ち上げた。


その勢いで、せっかくつないだ充電コードがスマホから抜けた。


指は迷わなかった。


十秒もたたないうちに、返信を打ち込んでいた。


「大丈夫」


玲子から先にSMSが来た。


嬉しさに、口元が緩む。


「大丈夫」


今度は唇に乗せて、声に出した。


玲子とは、まだ切れていない。


高揚感が冷めやまないまま、正太朗はジョギングシューズを引っかけると家を飛び出した。


まだ朝の空気は冷たかった。

冷たい空気が肺に流れ込む。


人の少ない住宅街を、正太朗は走った。


家の周りの最短コースを走り切っても、その高揚感はまだ体の奥に残っていた。


ジョギングの勢いのまま家へ戻る。


玄関のドアを閉めても、胸の鼓動はなかなか落ち着かなかった。


シャワーを浴び、タオルで髪を拭きながらスマホを手に取る。


画面を開いて、しばらく考えた。


迷った末、短い言葉を打つ。


『また会えたら嬉しい』


送信ボタンを押した瞬間、急に気恥ずかしさが込み上げてくる。


――送ってしまった。


正太朗はベッドに倒れ込んだ。


走った疲れが一気に押し寄せる。

一睡もしていない体も限界だった。


目を閉じると、すぐに意識が遠のいていった。


枕元のスマホは、静かなままだった。


その後も、画面が光ることはなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ