第一章 夜の公園で聞いた歌声
読みやすさを考えて第一章と第二章を合体しました。
文章の内容自体は変わっていません。
今日のコンサートもやりきった。
ファンの歓声で高ぶっていた熱が、夜風に当たり段々と冷めてくる。
もう少し夜風に当たりたくて、いつもと違う道を歩く。
初めて通りかかる公園。
そして、耳に届く心地よい歌声。
「…え?」
正太朗は手を耳に当てた。
イヤホンはしていない。
ポケットに入れてあるスマホを取り出し画面を見る。
画面に表示されているのは、ただの今の時刻。
今はあのお気に入りのSNSを開いていない。
それなのに聞こえてくる。
間違いない。
いつもイヤホン越しで聞いているあの声だ。
SNSにはまだアップされていないはずの自分たちのバラード曲。
さっきまで、その曲に合わせ、ショウとして踊っていた。
正太朗は無意識に走り出していた。
公園の入り口で自然と足が止まった。
月と公園の街灯に照らされ、見えた一人の女性の横顔。
その横顔に、遠い記憶が重なる。
震える肩。
俯いたままの背中。
「……桧山?」
無意識に出た声。
彼女と距離が離れているため、彼女の耳には届かない。
(あー、あのSNSの声がどこか心地よくて懐かしい理由が分かった。
桧山の声だったんだ…昔、偶然聞いた、あの歌声)
*
教室で繰り返し流れる同じ音楽。
音楽発表会を控え、歌詞をしっかり覚えているか、テストのため一人ひとり歌わされていた。
床を引きずる椅子の音。
歌声。
また床を引きずる椅子の音。
一人また一人と進んでいく。
正太朗自身、別に歌うことが嫌いなわけではないが、なぜこんなテストまでしないといけないのか。
(…めんどくせ)
正太朗は内心悪態をつきながら頬杖をついた。
ふと、目についた斜め前の女の子。
話したことは…なかったはず。
なんとなく、その子の背中を眺めていると、肩が小さく震えているのがわかった。
先生に名前を呼ばれて、その子が立ち上がる。
足も震えている。
流れ出す音楽。
「声が小さい。ちゃんと歌いなさい」
先生が音楽を巻き戻し、始めから歌わされる。
変わらず、声が小さく、しまいには音もはずしてしまった。
「歌詞は覚えてるみたいだから、もういい、次」
嘲笑、あきれ顔、悪口が彼女に細々と降り注ぐ。
華奢なその子の背中が、正太朗の目にはさらに小さくなって見えた。
*
放課後、気づくと、正太朗は、その子の後をつけていた。
ぴたりと止まる歩調。
その子がきょろきょろと辺りを見回すのを見て、正太朗はなぜかとっさに隠れてしまった。
誰にも見られていないことを確認すると、彼女は、地元の小さな神社の鳥居をくぐり、ちょっと小走りで階段を駆け上がって行ってしまった。
正太朗も慌てて後を追う。
彼女は大きな岩に腰をおろしていた。
「また…怒られちゃった…」
彼女はランドセルをおろし、大きく深呼吸をする。
誰もいないことを、もう一度確かめてから。
そして、呼吸を整えると、さっきのテストの歌を歌いだした。
正太朗は、まるで時が止まったかのように彼女の声に酔いしびれたように動けなくなった。
「…歌えるじゃんか」
彼女が歌い終えて満足そうに神社の階段を下りて行ったあとも、正太朗はそこに取り残されていた。
*
正太朗は、ひとり昔の余韻に浸っていた。
目の前の世界が開けていくような感覚。
大人になって昔と声は変わっていたが、たしかに桧山の声だ。
あんなに綺麗な声を間違えるはずがない。
手の中のスマホが震えだす。
画面を見る。
電話ではない。
正太朗は、視線を上げた。
もう、公園には誰もいない。
さっきまであった歌声も、風に溶けていた。
立ち尽くす。
ただ、街灯が虚しく光っていた。
*
現実かうつつか。
とぼとぼと歩いて帰宅した正太朗は、一人掛けのソファにスマホを放り投げ、自分の体を大きなソファに沈めた。
照明もつけず、静寂に包まれた真っ暗な部屋で目を閉じる。
今日は大勢の観客の前で何時間も踊った。
毎日同じだけ練習しているはずなのに、本番の緊張は別物だ。
疲れているはずだった。
汗を流して、ベッドに行かなければ。
わかっているのに、体が動かない。
ふと目を開ける。
目が暗闇に慣れてきて、今は回っていないシーリングファンライトを見つめた。
あのバラード曲のサビをなんとなく口ずさんだ。
次の瞬間。
正太朗は思い立ったように飛び起き、スマホを手に取った。
ブラウザのお気に入りから、あのSNSにとぶ。
こんな時に限ってなかなか開かない。
いや、いつもと同じなのに、焦っているせいかもしれない。
開いた。
小さく、でもちゃんと主張している「UP」の文字。
再生を押す指が震える。
流れ出す伴奏。
そして彼女の歌声。
ああ、夢じゃなかった。
*
目覚めのいい朝だった。
こんなに胸があたたかいのは、いつ以来だろう。
正太朗は、それから毎日あの公園を通るようになった。
帰宅が早い時は、ジョギングのコースをわざと遠回りした。
でも会えなかった。
一週間。
二週間。
……一か月。
もうすぐ全国ツアーが始まる。
しばらく自宅には戻れない。
この公園にも。




