価値の再生
戦場が終わって、王国の町は不思議な静けさに包まれていた。
英雄としてのヒロの名は、民衆の間で祭り上げられ、兵士たちは畏敬の眼差しで彼を見る。
だが、ヒロ自身の胸の奥は、静かに重かった。
(……戦場は終わった。
でも、守れなかったものもある……)
ヒロはそらのクローンと並んで歩く。
街の人々は二人を見て、口々に賞賛をつぶやく。
「無限の英雄が戻った!」
「戦場を一つ救ったんだって!」
ヒロは微かにうなずき、視線をそらに戻す。
クローンは笑顔で、少しはにかんだ仕草をする。
それだけで、ヒロは胸が少し軽くなるように感じた。
「ここが……城下町か」
そらは周囲を見渡す。
微妙に戸惑いながらも、興味津々で町並みを見つめるその姿は、確かにそらそのものだった。
「うん。少しだけ落ち着ける場所だ」
ヒロは答えながら、魔力を手のひらに集める。
“価値創成”はもう戦場だけでなく、日常にも使える。
袋詰めされたパン、湧き出す清水、傷を癒す薬――戦場で役立った魔力の使い方を、今度は民衆のために応用する。
クローンは隣に座り、目を輝かせてヒロを見つめる。
「私も、魔力で何かできる?」
ヒロは微笑みながら手を振る。
「君も魔力は使える。でも、私の《価値創成》は、僕にしか使えない。
食べ物や水は作れないけど、魔力でできることはまだいっぱいある」
クローンは少し首をかしげ、手をひらりと振って光を試す。
小さな火花が飛び、空気が震える。
物は生まれない。形も変わらない。
だが、目の奥には好奇心が光っている。
「……なるほど、私はまだそっちじゃないんだ」
クローンは小さくつぶやき、口元に笑みを浮かべる。
「でも、やってみたい」
ヒロはそっと手を置く。
「大丈夫だ。焦らなくていい。少しずつ覚えれば、君にも役に立てることがある」
二人は並んで町の人々を助けた。
クローンは魔力でできる範囲の支援を行い、子供たちや老人に笑顔を返す。
ヒロは魔力と《価値創成》で人々を守る。
行動は似ていても、二人の役割は自然に分かれている。
夕日が傾くころ、二人は丘の上に腰を下ろす。
「ヒロ、私……ここでいいのかな?」
クローンが小さな声でつぶやく。
ヒロは肩を軽く抱き寄せ、うなずく。
「うん、ここにいるだけでいいんだ」
微かに違和感がある――息遣いのリズムや声の温度、仕草の微妙な差。
ヒロはそれを感じつつも、言葉にはせず、そっと手を握った。
沈みゆく夕日を二人で見つめる。
戦場での無限の力も、喪失の痛みも、
この小さな日常の前では、ほんの少しだけ和らぐ。
しかし、その静けさを破るかのように、王国の伝令が駆けてきた。
「白石ヒロ殿、王国より命令。新たな前線に赴け――戦争は再び激化している」
ヒロはゆっくりと立ち上がる。
手のひらに魔力の感触を残したまま、伝令を見下ろす。
「……行かない」
伝令は一瞬言葉を失い、次に微かに震える声で告げる。
「ですが……王命です。従わねば――」
ヒロの瞳が鋭く光る。
「魔力で戦場を蹂躙したことを、忘れたか?」
言葉の重みが、町の空気を震わせる。
伝令は無言で後ずさる。
「命令に従う気はない。
もう、戦う理由は国のためじゃない」
その瞬間、町に緊張が走る。
街の人々も、兵士も、ヒロの力を思い出す――
王国は、かつての英雄に強く命令できない。
恐怖と敬意の入り混じった沈黙が、町を包む。
クローンそらはヒロの横に立ち、そっと手を握る。
「ヒロ……どうするの?」
その瞳は、まだ無垢で、彼を信頼している。
ヒロは魔力の残り香を感じながら、静かに答えた。
「……戦うなら、守るためだけだ」
町を見下ろす丘の上で、ヒロとクローンは夕日を背に立つ。
英雄として祭り上げられ、国を恐れさせる力を持ちながらも、
その力を、彼自身の意志で使う決意を固めた瞬間だった。




