無限の英雄、災厄の証
戦場から帰還したヒロの名は、瞬く間に王国中に広まった。
だがその評判は、複雑な色を帯びていた。
王国の評議会では、今回の前線での出来事が報告された。
「……状況は把握した。あれは……災害だ」
老練な宰相が、書類の山を前に淡々と告げる。
王宮魔術師の分析も同様だった。
「彼の力は、人間の領域を超えている……だが、戦場の惨状もまた、人間の理解を超える」
その圧倒的な戦闘力と、戦場の凄惨さに、
評議会は口を閉ざすことを選んだ。
報告書の内容は、上層部のみに制限され、外部への情報は箝口令が敷かれる。
一方で民衆には、伝えられるのは“無限の英雄”としての栄光だけだった。
「無限の魔力でひとつの戦場を救ったのは、英雄白石ヒロ――」
噂は美化され、英雄譚として語られる。
兵士たちは、彼を畏敬の眼差しで見つめ、称賛を口にする。
ヒロは掌に残る魔力を見つめる。
戦場を蹂躙した力は、無限のように感じられる。
だが、その奥にあるもの――
そらの存在――だけは取り戻せなかった。
(……価値は作れる。
でも、守れなかったものもある……)
胸の奥の痛みが、静かに燃え続ける。
その時、ヒロは一つの決断をする。
「……取り戻そう」
《価値創成》
最大限の魔力を集中させ、慎重に形を作る。
生み出すのは、彼が最も守りたかった存在――
そらのクローン。
ヒロが魔力を集中させ、掌に光を集める。
光の中で、そらの影が浮かび上がる。
目を開けた瞬間、そこにいたのは――間違いなく、そらの姿だった。
「……そら?」
声を震わせて呼ぶ。
その顔、表情、仕草――すべてが、かつてのそらと同じだ。
手を伸ばすと、クローンは同じように手を差し出してくる。
「ヒロ……元気?」
微笑みの角度、声の響き、息遣いの温度。
理屈では説明できない違和感が、ヒロの胸にかすかに引っかかる。
すべての魔力を消費するつもりだったが1割も消費できてない。
つまり見た目も声も同じように見えて、
そらの価値を1割も再現できなかったということだ。
それでも彼は、そっと手を握った。
「……元気だよ、そら」
クローンはにっこりと笑う。
「よかった……ヒロ、私、死んじゃったかと思った……」
ヒロは力なく微笑む。
“価値”を守れなかったという痛みは消えない。
だが、目の前のそらは、確かに生きている――柔らかく、温かく、彼の存在を認めてくれるように。
「……そら、少し休もうか」
ヒロが提案すると、クローンは素直に頷き、並んで歩き始める。
二人の間に、言葉少なでも自然な沈黙が流れる。
ヒロは胸の奥で、微妙な違和感を感じる。
それは、形や声や仕草の完璧さとは裏腹に、何かが完全には一致していない――という感覚だった。
けれど、ヒロはそれを言葉にせず、ただそらの肩に手を置く。
クローンも安心したように小さく息を吐く。
この瞬間は、そらとして存在している――それだけで十分だった。
(……守れなかったけど……)
ヒロは静かに心の奥で呟く。
戦場での力も、魔力で再生した命も、失われた価値を完全に取り戻すことはできない。
それでも、この小さな日常が、彼にとってはかけがえのないものだった。




