親友の“価値証明”
翌朝、前線は、静かすぎた。
嫌な予感がするほどに。
鳥の声もなく、風だけが吹いている。
ヒロは、水袋を背負いながら歩いていた。
昨日と同じように、
“今日を生き延びるための価値”を配るつもりだった。
(昨日は……うまくいった)
兵士は生きている。
補給も、最低限は回った。
英雄じゃない。
でも、無価値でもない。
その感覚が、
胸の奥に、かすかな熱として残っていた。
「ヒロ」
そらが、いつも通りの距離で隣に来る。
「今日も、たぶん大丈夫だよ」
根拠のない言葉。
でも、ヒロは頷いた。
その瞬間――
地面が、鳴った。
低く、腹の底を叩くような音。
次の瞬間、
前線全体を覆うほどの魔力反応。
「伏せろ――!」
叫び声と同時に、
視界が白く塗り潰される。
耳鳴り。
視界の端が白く焼ける。
ヒロは、地面に叩きつけられながら、
咄嗟にそらの名前を呼ぼうとして――声にならなかった。
(どこだ……?)
土煙の中。
悲鳴と、命令と、魔族の咆哮が混ざる。
「陣形を立て直せ!」
「後衛が――!」
昨日まで“静かな前線”だった場所は、
一瞬で、地獄に変わっていた。
数で押す魔族。
砕ける陣形。
回復が追いつかない負傷者。
「後退しろ!」
「無理だ、退路が――」
砲撃のような魔法が降り注ぎ、
塹壕が崩れる。
ヒロは、剣を振るっていた。
生成した、あの“普通の剣”で。
(昨日までは、これでよかった)
(生き延びられた)
だが今日は違う。
魔族の数が、明らかに多い。
動きも、統率も、昨日までとは別物だった。
(足りない……)
(これじゃ、守りきれない)
そのとき。
――地面が、抉れた。
爆風。
叫び声。
視界の端で、そらが吹き飛ばされる。
「――そら!!」
ヒロは、我を忘れて駆けた。
瓦礫の山。。
その下で、そらは倒れていた。
そらは、瓦礫の下敷きになっていた。
腹部から血が流れ、呼吸が乱れている。
「……ヒロ」
声は、かすれていた。
呼吸は浅く、
それでも、目は彼を捉えていた。
「動くな……今、何か出す……!」
そらは、自分の状態を理解していた。
治せない。
戻れない。
それでも、笑った。
「……ねえ」
ヒロが膝をつく。
「しゃべるな、今――」
「ね、ヒロ」
そらの手が、彼の袖を掴む。
「ね……」
「昨日さ」
「役に立った、って言われたでしょ」
ヒロは、答えられなかった。
「ヒロの力、すごいと思う」
「ちゃんと、生きる価値、作れてた」
血の匂いが、濃くなる。
そらの手が、ヒロの袖を掴んだ。
「でもね」
「今日のこれは……」
言葉が、少し詰まる。
《生命安定》が、無意識に発動している。
致命傷。
それでも、死なない。
――“つなぎとめている”。
「治らないけど……」
「まだ、あるよ」
ヒロの喉が、締まる。
「何がだ」
そらは、静かに言った。
「価値」
ヒロは、首を振った。
「やめろ」
「それを言うな」
そらは、困ったように笑った。
「ヒロってさ」
「自分のことも」
「私のことも」
「ずっと、安く見積もるよね」
ヒロの視界が、滲む。
「でも」
「私は、知ってるよ」
「ヒロが思ってる“価値”」
そらは、息を整えながら、続ける。
「一緒にいた時間」
「他愛もない話」
「助け合ったこと」
「全部……」
「ヒロにとって、大事でしょ」
「でもね」
「今なら、わかるの」
「ヒロにとって、私の命がどれくらいの価値か」
ヒロの喉が、鳴る。
「やめろ……」
「それ、考えちゃだめだ」
そらは、首を振る。
「大丈夫」
「ヒロは、ちゃんと優しいから」
「だから……」
彼女は、笑ったまま、告げる。
「使って」
世界が、止まった。
(換金する?)
(命を?)
(そらを?)
無意識に拒絶していた“選択”。
だが、彼女の能力《生命安定》が、
皮肉にもその瞬間まで、命を“つなぎとめて”いた。
――死なない。
――でも、助からない。
死の淵の苦しみだけが、続いている。
ヒロは、震える声で言った。
「……価値なんて」
「そんなもの、わからない」
そらは、微笑んだ。
「嘘」
「ヒロは……」
「私のこと、きっと世界で一番大事」
彼女の視線が、逸れる。
「ねえ……」
「私が、ここで“全部”になれたら」
「それって、悪くないよね」
指先から、力が抜けていく。
その瞬間。
ヒロの中で、
“価値”が、崩壊した。
金でもない。
武器でもない。
王国の評価でもない。
――そらが、そこにいること。
笑って、隣にいたこと。
何気ない時間。
それが、すべてだった。
(……価値は)
(最初から、無限だった)
ヒロは、泣きながら、能力を起動した。
《価値創成》
換金対象:星宮そら
世界が、軋む。
数値が、跳ね上がる。
測定不能。
上限消失。
“魔力”が、溢れ出す。
そらの身体は、光に包まれる。
「……ヒロ」
「ありがと」
それが、最後の言葉だった。
すべてが、終わった。
ヒロは、膝をつく。
手の中に残ったのは――
溢れかえるほどの“魔力”。
無限に近い、価値。
遠くで、戦闘が続いている。
ヒロは、立ち上がる。
涙を拭い、
初めて“戦いを終わらせるため”に、
価値を使おうとした。
この日、王国は知ることになる。
価値を測れなかった少年達が、
測ってはいけない価値を
証明してしまったことを。
そして――
それは、もう、戻らない。




