選ばれる価値
目を開けた瞬間、
白石ヒロは自分が立っている場所を理解できなかった。
天井が高すぎる。
床が冷たすぎる。
空気に、鉄と石の匂いが混じっている。
「……そら?」
反射的に名前を呼ぶ。
すぐ隣に、星宮そらがいた。
同じように呆然と周囲を見回している。
「う、うん……いる」
それだけで、少しだけ胸が落ち着いた。
二人を囲むように、ローブ姿の人間たちが並んでいる。
奥には玉座。
金と石で飾られた、明らかに“王宮”だった。
「召喚は成功だ」
低い声が響く。
玉座に座る男――王が、二人を見下ろしていた。
「異界より来た若者たちよ。
我らは君たちを、戦争のために呼んだ」
その言葉で、現実が一気に押し寄せる。
説明は簡潔だった。
この世界には“魔族”が存在し、
王国は長年、劣勢の戦争を強いられている。
魔族は魔力に優れ、
人間側は消耗している。
だから――
「異世界の力を持つ者を召喚した」
ヒロは、嫌な予感しかしなかった。
拒否権などまるでない、圧力があった。
「次に、能力鑑定を行う」
前に進み出たのは、王宮魔術師だった。
年配の男で、白髪は整えられているが、瞳に感情の揺れはない。
人を“人として見ていない”目だった。
「名を名乗る必要はない。
――こちらが視る」
魔術師が杖を床に打ちつけると、
淡く発光する魔法陣が二人の足元に展開された。
空気が、重くなる。
ヒロの胸の奥が、わずかにざわついた。
(覗かれる……)
魔力が、皮膚ではなく“概念”に触れてくる感覚。
記憶でも、身体でもない。
――魂そのもの。
「……ほう」
初めて、魔術師の声にわずかな抑揚が生まれた。
「主観的価値を定義し、同等の価値のものを生み出す能力」
「等価交換の概念を、個人単位で成立させている」
周囲の貴族と騎士たちがざわめく。
「能力名は――」
「《価値創成》」
その瞬間、空気が変わった。
空気が、一瞬止まった。
「創成……?」
「神の権能に近い名だぞ」
「なぜ人の身で……」
そらが、驚いたようにヒロを見る。
ヒロ自身も、名前の重さを実感していた。
(……俺が、こんな大層な名前の能力を?)
しかし魔術師は、感情を戻さない。
「だが――」
続く言葉は、冷え切っていた。
「基準が個人依存」
「価値の定義が不安定」
「価値を創成するというには名前負けしている」
期待は、音を立てずに崩れ落ちた。
「次」
そらの足元に、同じ魔法陣が広がる。
魔術師の眉が、ほんのわずかに動いた。
「……異常な定着性」
「生命活動を“安定させる”能力」
「損傷修復は微弱」
「しかし、致命傷を越えさせない」
能力名が告げられる。
「《生命安定》」
静寂。
「治癒能力ではないのか」
「戦闘向きではないな」
評価は、すぐに下された。
「即効性なし」
「戦況を覆す力ではない」
そらは、何も言わなかった。
「――実演を行え」
王宮魔術師の指示で、台座の上に金貨が置かれた。
分厚く、重い、王国の刻印が打たれた純金貨。
「それを使え」
ヒロは一歩近づき、金貨を見下ろす。
(重さ、光沢、数)
(でも……俺が思う“価値”は)
指先に、熱が集まる感覚があった。
身体の内側から湧く、“納得”に近い感覚。
(この金貨で、人はどれくらい助かる?)
(どれくらい戦える?)
金貨が、静かに光を失った。
――砕けたわけでも、溶けたわけでもない。
“価値だけ”が抜き取られたように、
ただの金属片に変わる。
次の瞬間、ヒロの手の中に重みが生まれる。
剣。
均整の取れた刃。
安定した重量配分。
振れば、確実に敵を斬れる。
だが――
「……普通だな」
誰かが呟いた。
「業物ではない」
「特別な付与もない」
ヒロは唇を噛む。
王宮魔術師が淡々と記録を取る。
「価値消費に対し、成果が平凡」
「戦術的価値は低い」
「次」
そらの前に、担架が運ばれる。
乗せられているのは、若い兵士。
腹部を深く裂かれ、息は浅い。
「このままでは、一時間ともたぬ」
そらは、少しだけ震える手で、その兵士に触れた。
(お願い……)
魔力が、じんわりと流れ込む。
眩い光も、派手な変化もない。
ただ――
乱れていた呼吸が、一定になる。
心拍が、安定する。
血は止まらない。
傷も閉じない。
それでも、死の気配だけが、遠ざかっていく。
兵士の瞳が、わずかに焦点を取り戻した。
「……生きてる」
誰かが、戸惑った声を上げる。
だが――
「治ってはいないな」
「戦場に戻れる状態ではない」
王宮魔術師は、感情なく告げた。
「致死を回避するのみ」
「戦術的価値は低い」
そらは兵士から手を離し、
小さく息を吐いた。
「……よかった」
その呟きは、誰にも拾われなかった。
「以上だ」
魔術師の宣言で、実演は終わる。
残ったのは、
平凡な剣と、
“死ななかっただけ”の負傷兵。
そして――
「両名、戦局を左右する価値なし」
即座に下される判定。
そらが、何も言わずに隣に立つ。
その距離だけが、
まだ“失われていない価値”のように感じられた。
「両名とも、主力戦力としては不適」
「だが、完全に無価値ではない」
ヒロは、その言い回しに引っかかった。
「試験的に、
最前線へ投入する」
失敗しても痛くない場所。
使えたら儲けもの。
そういう扱いだった。
王宮を出る時、
そらが小さく息を吐いた。
「ね、ヒロ」
「うん」
「……私たち、
あんまり期待されてないね」
ヒロは、無理に笑った。
「命があるだけ、マシだろ」
そらは一瞬だけ、
何か言いたそうにして、やめた。
馬車に揺られながら、
ヒロは考える。
(価値がない、か)
世界が決めた価値。
王国が決めた価値。
それを否定するつもりはなかった。
――まだ、この時は。
この判断が、
どれだけ致命的な誤算だったのかを、
誰も知らなかった。




