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なんでもない日常の価値

白石ヒロは、自分のことを「取るに足らない人間」だと思っていた。


それは卑屈というほど強い感情ではなく、

ただ事実を並べた結果、自然と出てきた結論だった。


成績は平均より少し上。

運動は人並み。

特別な才能も、目立つ欠点もない。

どこにでもいる高校2年生。


地方都市の、よくある高校。

朝は同じ時間に起き、同じ道を通り、

同じような一日を消費していく。


その隣には、いつも幼馴染の星宮そらがいた。


「ヒロ、今日さ、数学小テストあるって知ってた?」


夕方のコンビニ前。

そらは缶ジュースを振りながら、楽しそうに言った。


「知ってたけど、忘れてた」


「それ知ってたって言わないんだよ~?」


そらは笑う。

屈託のない、笑顔だった。


一つ年上の幼なじみ。

昔から、そらはいつも少し先を歩いていた。


成績も、友達の多さも、要領の良さも。

それなのに、なぜかヒロの隣にいる。


ヒロは、その理由を深く考えないようにしていた。


考えるほど、自分の価値が軽くなる気がしたからだ。



コンビニで買った弁当を、二人で半分ずつ分ける。


「半額シール、神だよね~」


「でも、半額になる理由を考えると、

 ちょっと損した気分になる」


ヒロが言うと、そらは首を傾げた。


「味は同じなのに?」


「でも“価値”は下がってるだろ」


そらは一瞬考えてから、言った。


「ヒロってさ、

 すぐ値段の話するよね」


「現実的って言ってほしい」


「うーん……理屈屋」


そらはそう言って、弁当を一口食べた。


「私はさ、

 誰と食べるかの方が大事だけどな~」


ヒロは返事をしなかった。


返事をしてしまうと、

それが“自分に価値がある”と言っているみたいで、

落ち着かなかった。


帰り道。

街灯がぽつぽつと灯り始める。


前から来た見知らぬ男が、そらに絡んできた。


大したことはなかった。

ただ少し距離が近くて、少し声が大きくて、

少しだけ不快だった。


気づいた時には、

ヒロはそらの前に立っていた。


「やめてください」


声は震えていたが、足は引かなかった。


結果、軽く殴られた。

それだけだ。


大事にはならなかった。


病院の待合室。

消毒の匂いが鼻につく。


「なんで、そんなことするの」


そらが言った。


「放っとけばよかったのに」


ヒロは視線を逸らす。


「……放っとけなかっただけ」


そらは黙り込んだ。


しばらくして、小さく笑う。


「ヒロってさ、

 自分のこと、安売りしすぎ」


ヒロはその意味が、よくわからなかった。



帰り道、雨が降り始めた。


傘は一本しかない。

自然と、肩が触れる距離になる。


「ねえ、ヒロ」


「もしさ」


そらは前を見たまま言う。


「二人のうちどっちかしか助からないって言われたら、

どうする?」


ヒロは、考える間もなく答えた。


「二人共助かる方法を考える」


理屈でも、覚悟でもない。

ただ、そうするしかないと思っただけだった。


そらは一瞬、言葉を失ったように見えた。

それから、ゆっくりと目を瞬かせる。


「……そっか」


笑顔はいつもと同じだった。

けれど、その奥で、何かを飲み込むような間があった。


「ヒロは、そう言うと思ってた」


その声は柔らかく、

それでいて、どこか遠かった。


その夜、ヒロは気づかなかった。


その言葉が、

“二人で助かる道がない時”の答えとして

そらの中に刻まれてしまったことに。


そして――

その選択肢に、

そら自身が含まれていないことにも。


ただ一つ確かなのは――


この何でもない日常が、

彼にとって計り知れない程の価値を持っていたということだけだった。


それを、

彼自身が一番理解していなかった。

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