事故で死んだ俺の異世界転移が決まりましたが、俺はトラック運転手側です【なお特典付き】
……あーあ、死んだな。
そう思いながら目を開くと、真っ白な世界が広がっていた。
「なんだ、ここは……」
空中に浮いているような、不思議な感覚。
現実ではない場所で、俺は呟く。
「!」
背後に気配を感じ、振り返る。
そこには、今まで見たことのない、神々しく美しい男が立っていた。
どこか感情を感じられない瞳をした彼は、静かに口を開いた。
「申し訳ありません。こちらの間違いで、あなたを……」
そのフレーズには、聞き覚えがあった。
これは、まさか!?
「あの……まさか、異世界転生……?」
「話が早くて助かります。まあ、あなたの場合は“転移”になりますけどね」
「う、嘘だろ……!?」
俺の趣味は仕事の合間に異世界物のWeb小説やライトノベルを読み漁ることだ。
有名作品のコミカライズも、アニメも追い掛けた。
無名作品を掘り出すことも大好きだ。
昨夜もスコッパー活動に夢中になってしまい、気がつけば朝を迎えていた。
それくらい、あの手の世界観に惚れ込んでいた。自分が体験したいと、心の底から思うほどに。
だからこそ、分かる——これは、俺が夢見ていた展開だ、と!
目の前にいるのは、手違いで俺を殺してしまったと謝罪にきた“神”に違いない!
「マジか……! やったぜ、ついに俺にもチャンスが!」
「あなたは事故で死んでしまったわけですが。そこに対して、思うことはないのですか……?」
神が、困惑している。それも無理はないだろう。
普通は“死”という名の理不尽に酷く動揺したり、しかもそれが間違いだというのであれば、神を怒鳴り上げたりするものだろう。だが俺の場合、そんなことはない!
(つまんねぇ毎日に飽き飽きしてたんだ! 理想の世界で大暴れできるなら、これ以上の喜びはねぇよ!)
間違いだ、と言うのであれば、きっとチート能力が貰えるはずだ。
どうせなら転生して貴族の息子になったり、可愛い幼馴染と一緒に育ったりしたかったが、転移でもまあ、良いだろう。ひとまず、神に言葉を返しておくべきだろうか。
(そもそも死んだ理由が死んだ理由、だからな。反省してるフリくらいはしとくべきか。
その方が、色々と特典足してもらえるかもしれねぇし?)
俺は、しおらしい顔を作って口を開く。
「死に対して思うことはないですが、俺は、トラックで人を撥ねた上で死亡した……そうですよね?」
「はい、そうなります」
「加害者である俺が、異世界に行く。それは、許されるのでしょうか?」
そう、俺はトラックを運転していた側だ。
俺の仕事は、トラックの長距離運転手。運転中に居眠りをしてしまった俺は、横断歩道を渡っていた女子高生を撥ね、そのまま電信柱に激突して命を落とした。
トラックに撥ねられ、死亡し、異世界へ行く。
それは定番とも言える流れだ。だが、あくまでも“撥ねられて死亡する”のが定番だ。
人を撥ねて死亡した俺に、それが当てはまるとは思えない……だが、
(間違いだって、言ってたからなぁ。俺の居眠り自体が間違いだったんだろ。
むしろ、あの女子高生は運が悪かっただけなんだろうなぁ……ま、もうどうでも良いけど)
自分にはその資格はありませんと言わんばかりに俯いてみせれば、視界の片隅で神も悲しげに微笑んでいた。
「言ったじゃないですか。間違いだったんです、と。本来であれば、こうなるはずはなかったのです」
(やっぱり……!)
求めていた言葉が、返ってきた。
顔を上げる。神は変わらず、悲痛な表情を浮かべていた。
「許して欲しい、とは言いません。ですがせめて、あなたが求める力を授けましょう」
(よっしゃ! チート能力フラグが立った!!)
待ってました!
しかし、それを顔に出すわけにはいかない。
俺は、ゆるゆると首を横に振るった。
「そんな……! 俺に、何かを求める権利なんて……!」
「なんでも良いのですよ? 例えば、“不老不死の力”……とか」
——不老不死。
魅力的な響きに、俺はつい、うずうずしてしまう。
神は、笑った。
「ふふ、顔に出ていますよ。では、まず不老不死。他にも何かありませんか?」
「あ、えっと……その……」
これは大盤振る舞いしてくるタイプの神を引いたらしい。俺は運が良い!
だが、弱々しく悔いる演技もそろそろ面倒臭くなってきた。どこかのタイミングでやめたい。
そんなことを考えていると、神はくすくすと笑い声をあげる。
「思いつきませんか? そうですね……人気どころだと、女性にモテモテになる力だとか、
全ての属性の魔術を使えるようになるだとか……あとはどれだけ食べても太らない、とかでしょうか」
「良いですね……! それ、全部お願いします!」
「おや? 欲望に素直になってきましたね? はい、構いませんよ」
どうやら神は、あまりにも酷い“間違い”をしてしまったのだろう。
そうでなければ、自分から提案するような真似はしないだろう。
(はは、俺に罪を背負わせて、俺の名誉を穢しちまってるんだから……それも当然か)
ふと、撥ねた女子高生の姿を思い出す。
死の間際、最期に見た彼女の姿は酷いものだった——花の女子高生サマも、ああなってしまえば何の価値もないだろう。
(流石に死んでんだろ。つーか死んだ方がマシ? ……って奴?
ま、アイツも転移させてもらえるだろうし、俺が気にする必要はねぇよな)
そろそろ、欲を丸出しにしても良い頃だろう。
念のため敬語は使いつつ、大人しいフリは続けつつ、俺は神に要望を伝えていく。
「えっと……そうですね。転移なら、顔を変える……なんて、できないですよね?」
「できますよ? 年齢は変えられないのですが、顔くらいなら。どんな顔が良いですか?」
「できるんですか!? では……」
俺は女子高生がキャーキャー騒いでいるイケメンアイドルの名前を出した。
女に好かれる力は別で貰えるようだが、やはり外見が伴っていた方が良いに決まっている。
周りにいる他の男を、美貌と女で嫉妬させるのも悪くない。
「あとは……頭が良くなる、とか……」
「ついでに人間離れした運動神経、とかどうですか?」
「良いですね! 人間離れ、なら人間離れした魔力が欲しいですね」
「分かりました。それなら最初から魔術は抜群に使えるようにしてしまいましょうか」
「あ、あと! 体術のプロフェッショナルになりたいです!」
「それだけで良いんですか? 体術だけでなく、ありとあらゆる武器を使いこなせるようにしますよ」
何故か神も一緒になって、俺の能力を考えてくれている。
俺が思いつかないような、魅力的な案ばかりだった。
(むしろ『お任せで!』とかでも面白かったかもしれねぇな)
どうやら、過去に出会った人間が色々要望を出していたらしい。
神はしっかりその要望を覚えていたようだ。
(……しっかし、可哀想な神サマだなぁ)
それだけ、この神が間違いを犯しまくる“無能”なのだろう。
だが、今となってはどうでも良い。理想の異世界生活が待っているのだ。
むしろ神サマの無能さに感謝すべきだろう。
「……では、要望は以上ですか?」
「そうですね、ありがとうございます。色々聞いていただけて、感謝しています」
「いえいえ! すべて、こちらの間違いですから!」
俺は、最後まで神を責めなかった。
それだけできっと、神目線ならありがたいだろう。俺に感謝しろ。
そして俺は、人当たりの良い柔らかな笑みを浮かべた。
俺の笑顔に騙される愚かな神が、ついでに何かしら強い能力を付与してくれるかもしれないからな。
「準備はできましたね? では、道を作ります」
気がつけば、俺の目の前には大きな穴が開いていた。
ここに飛び込めば、俺が行くべき世界が待っているらしい。
「では……! 行ってきます!」
「はい、お気をつけて」
神に手を振られ、俺は異世界へと向かった。
「……」
——残された神は心底軽蔑した眼差しで穴を見下ろした。
「そう……間違いだったんだよ。テメェみたいなド屑を、生み出しちまったこと自体がな」
神は神でも、彼は“冥府の神”だ。
男は、最後までその事実に気づかなかった。
そもそも彼は、自分を“神”だとすら名乗っていなかったというのに。
「何が異世界だ、笑わせる。オレは一言も“楽しい異世界”だなんて言ってねぇよ」
冥府の神は、男に対して「求める力」を授けるとしか言っていない。
その力が活かせる世界に行けるという保証は、一切していない。
「お前の転移場所は、魔物だらけの地獄だよ。もう人間なんて誰も残っちゃいねぇし、しかも魔物は永遠に湧き続ける。
ご自慢の魔力と身体能力にだって、限度がある……いつかは、ぶっ倒れるだろうよ」
ふっと、冥府の神は嘲るような笑みを浮かべた。
「それでも、どれだけ魔物に襲われようと、死ねねぇんだよ。欠けた身体はすぐに再生する。
お前は、よりにもよって”不老不死”を願っちまったからなぁ?」
美麗な容姿も、女性にモテる力も、全属性の魔術を操れるだけの膨大な魔力も、人間離れした身体能力も。
それを活かせる場所に行けないのであれば……何の、意味もない。
冥府の神は変わらず、男を嘲笑し続ける。
「なーんで、初手で被害者の安否を確認しないのかねぇ。そういう考えに、行きつかねぇんだよ。
死んでなくとも、被害者はとんでもねぇトラウマ背負ったり、酷い傷を負ったり……今まで通りの生活ができねぇことが、大半だってのによ」
混乱して泣き叫んで、罪の意識に押し潰されそうになった人間も過去にはいた。
欲しい能力は何かと問えば、「自分はどうなっても良いから、被害者を事故に遭う前の姿に戻してくれ」と言うような、そんな人間だっていた……そういう人間も、混ざってはいた。
だが、一定数はこれだ。
冥府の神の元に来る人間は、ほぼ、このパターンだ。
死んで神の元に行けたのだから、異世界で無双できる。
勝手にそう考え、勝手に期待に胸を躍らせ、被害者の存在なんて知るかと己の欲望を剥き出しにする。
頭の中で考えているだけならまだ良いが、その手の人間は誘導を掛けてやれば、すぐに陥落する。今回の男もそうだった。
「被害者。被害者の家族。被害者の周りの人間。そいつらの人生をぶち壊しちまった。
どうしてそれを考えねぇのか、そこに思考が行きつかねぇのか。本気で理解に苦しむわ」
——彼が殺した少女は、アイドルを夢見ていた。
毎日のように養成所に通い、ダンスや歌のレッスンを続けていた。
レッスンが終わっても、家で夜遅くまで自主練習に励んでいた。
そんな中でも、眠い目をこすりながら、学業にも専念した。
どちらにも、彼女は決して手を抜かなかった。
そして彼女は必死に努力して努力して、ついにオーディションに合格した。
夢を応援してくれていた家族に早く報告しようと、はやる気持ちを懸命に押さえながら帰路についていたところに……これだ。
彼女は死ななかったとしても、もう、アイドルにはなれなかったに違いない。
悲惨な事故だった。少なくとも少女の身体に、酷い傷跡が残ることは避けられなかった。
男が犯した罪は、そういうものだ。それなのに。
「……」
奥歯を噛みしめ、冥府の神は天を見上げる。
少女の魂は今頃、そちらに向かっているはずだ。
「せめて、異世界で幸せになれよ。お前の家族も、友達も、お前を合格させた人間も
……きっと、それを望んでいるだろうからな」




