とある村人の話
あの日、村に突然、響いた。
腹の底が震えるような――
声というより、音だった。
村から、そう遠くない場所。
距離は測れないが、近いとわかった。
その瞬間、誰もが動きを止めた。
家の中でも、外でも、関係なく。
耳を澄ます。
次に来るのは、二度目の咆哮か。
足音か。
それとも、静寂か。
遠くの山にこだます音が、すべてを掻き消してくれたらよかった。
だが、そんな都合のいいことは起きない。
大人は、全員、理解していた。
魔獣が出た。
次の音で、すべてが決まる。
生か、死か。
――あの瞬間を思い出すと、今でも身が震える。
だが、今はもう、ない。
ないのだ。
代わりに、村の側には小さく切り開かれた土地が残った。
森が抉られ、地面が露わになっただけの場所。
それが、すべてだった。
来たのは、二人だった。
茶色の髪の、軽装の青年。
そして、人間と呼ぶには少し躊躇うほど整った顔立ちの男。
正直に言えば――
見た瞬間、絶望した。
無理だと、思った。
ただ命を捨てに来ただけだと。
それでも、彼らに託すしかなかった。
選択肢は、なかった。
あれほど恐ろしい出来事を、記憶の彼方へ追いやるには、まだ時間が足りない。
次が、ないとは言い切れない。
だが、今は。
今だけは。
こうして胸が上下し、鼓動が続いていることを、噛み締めている。
それで、十分だった。




