05:お家に帰ったらとんでもなかった
家に帰ったら、アティカお姉様が憤怒の表情で出迎えてくれた。
「お帰りなさい、フェリ。」
実に素晴らしい笑顔なのが、逆に怖い。
しかも逃亡しようとしているパトリシアお姉様の腕をつかんでいたりするから余計に。
「仕事を増やした分は、働いてもらいます。」
あ、はい。
「取り敢えずは、物資の調達とその整理、そして配分よ。」
はい。
「お姉様もしっかりと働いてもらいますからね!」
「任せておいて!」
と元気に答えたパトリシアお姉様にアティカお姉様は顔を引きつらせていたけど。
と言う事で、まずは食料である。これが無いと、冬が越せない。戦なんかしている場合じゃない。
あれ? 逆に食料を奪う為に戦をするのか? とか考えだしたら止まらなかったので、一度封印をする。
余計な事は考えるな! 目の前の事に集中しろ! だ。
「小麦は十分そうね。」
と農地を回って、パトリシアお姉様と確認をした。
春に蒔いた小麦は、順調に育っている。よほどでない限り戦火もここには届かない事
が確定しているので、食料だけはしっかりと確保したい。それが後方戦の鉄則だから。
「乳製品は王都に出荷しない分を買い取って保管しているのよね?」
「そう。チーズは日持ちのするもの、特に何年か寝かせたら更に美味しくなるものを実験的に作ってもらっているんだよ。」
「それは………」
あ、パトリシアお姉様は知らないんだ。
もう何年も前から計画だけはしていたから、チーズはそうしていたりする。王都では売り出してはいないけれど、3年物が領地では出回り始めているんだよね。
「領内の物流関係は、アティカお姉様が一任されているからね。2~3年は大丈夫になっているんじゃないかな?」
これは、戦の為と言うよりは、飢饉に備えてなのだけれど。
この土地は、冷害があるからね。備えは食料とは限らず、お金の場合もあるのだけれど。まぁ、その辺は領ごと領主の考え方次第になるけど。
「凄いわね。」
「本当に。辺境伯様の方針でね、1年分以上の備蓄を用意するように指示されただけじゃなく、その為の新しい小麦の種も、チーズの作り方も教えてもらったから。」
「領地改革か。」
「そうなの。牛だけじゃなく、豚も増やしたし、塩漬けにした保存食の作り方も教わったの。ベーコンはおいしいよ。」
「そっか。いない間に、随分と変わったわね。」
「でしょう?」
何もない寒村に近かったんだよね、この辺の領。
だから、お隣の国の珍しいものを売る事で生計を立てる方向にシフトチェンジしたのは曾祖父の代から。商会から上がる利益を領に還元する事からのスタートだったそうだ。
でも、今の辺境伯になってから、寒さに強い小麦だとか、酪農に力を入れるようにと牛を安く手配してくれたりだとかが始まったんだ。本当に寄り親として素晴らしい行動をとってくれたんだよ。だから、寄子の領は辺境伯様について行くんだ。
それとは別に、芋とソバ。
荒地でも出来るから、と外国から入手してくれて、メインの小麦以上に畑が広がっていたりする。これがあれば、飢えないから。
北の地は飢饉との戦いだからね。
とか知ったように言ってみる。
実際に私たちの世代は、飢えを知らない。その前の世代で農業や酪農の改革が実施されたから。
そんなこんなで、御恩のあるいい寄り親である辺境伯様を絶対的に信頼している寄子の領主と領民だ、お願いされたらなんだって聞く。その上、こっちの作ったチーズを食べ、肉を食べ、ベーコンも食べているのに好き勝手言っているような王都民をよく思っていないのは当然だ。
田舎者? 粗忽者?
そんな風に言うのなら、食うな! と思わないでもなかったが、流通してくれないとお金にならないからね? だから、黙っていたけど腸は煮えくり返っていたんだよ。
何も言えないんじゃなく、何も言わなかった事にすら気付かないままのお貴族様の多い事多い事。びっくりだよね、と学園に入学してから思った。
「お姉様も驚かなかった? 学園の生徒って、領の事も本当に知らないの。」
「う~ん、私も知らなかったから言えないわ。」
え? そうなの?
「お父様の代には商会の方もかなりの規模になっていたでしょう? だから、商売は楽しいだとか、外国の商品は面白いだとか、そっちだったかな。」
「そっちかぁ………」
おじいさま、頑張ったからね。
だから、お父様の代には安定していたらしいんだ。冷害になって小麦が育たなくても、買う事が可能だったそうだし。
「フェリは本当に詳しいのね。」
と言われたけど。
でも、本当に詳しいのはアティカお姉様なんだ。私はそこまで詳しくはない。敢えて言うのなら、この領の事よりも、辺境伯領の方が詳しかったりするんだよね。ギルが教えてくれるから。
「資料で知っている頭でっかちだけどね。」
「それは仕方ないわよ。王都の学園に通っているのだもの。ここに住んでいる訳じゃないでしょう?」
「まぁ、そうなんだけど。」
それはね、そうなんだ。
でも、こうなる事を見越して色々と策を練っている事も知っていたから。そっちの資料は目を通してはいたんだよね。王都で仕入れておいた方がいいものだとかを知りたくて。
「でも、フェリからの『これが欲しい。この領で作っているから。』って手紙ね、商会では好評だったのよ。」
「え?」
「何が必要なのかを考えて、その取引先まで調べられるってすごい事だと思うの。」
「それは、会話の中で聞き出してたな。詳しくは知らなくても、とっかかりくらいは出来るでしょう?」
「それ、出来そうで出来ない事よ。」
そうだったんだ。
知らなかったよ。
「現状としては、小麦はいい感じに育っているから長雨にならなければ大丈夫そうだし、芋やソバも順調、と。後はレシピを考えればいいわね。」
「レシピ?」
「そう。飢饉になった場合の補助食の扱いじゃなく、美味しく食べられたら売れると思うから。」
この辺は本当に商売人なお姉様だと思う。
「そうねぇ………」
「他の国のレシピを見たいわね。調べてみるわ。」
そう言えばお姉様、お隣の国の言葉なら読み書き出来るんだったわ。
そして、避難の意味も込めてティルデ様の弟3人とお母様がやってきた。他にも今回の同盟者の家族も。忘れちゃいけないのは、侯爵家も一家総出でやってきた事。
悪政を敷いている事で水面下では有名な伯爵領を乗っ取る予定での行動らしい。これが今回の《肝》らしい。場所が最前線になりそうな所だったので、決めかねていたら証拠を突きつけ乗っ取ればいい、と辺境伯様だけでなく、公爵様も言っていたのだそう。
領主が王都に住み、領地を顧みていない事も知っていたので、実にあっさりと領の屋敷は落ちたそうだ。でもそれは、教えていない。
時機を見て、王都に悪事を書き連ねたビラをまいた上で、集めた証拠を国王に証拠を送り付ける事も決まっている。
要所の要でもあるその伯爵領は、今回の戦いの最前線になったのは言うまでもない。
お読みいただきましてありがとうございます。
無事に書きあがりましたので、誤字脱字チェックをしながら毎日1話更新を目指したいと思います。