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タンタン沢のタヌキ汁

作者: 斉藤寅蔵

 俺の祖父であるヨシゾウ爺ちゃんは、某県山中の通称タンタン沢と呼ばれる場所に一人暮らししていて、遊びに行くと『タヌキ汁』という最高に旨い鍋をご馳走してくれる。

 鍋の具は(きのこ)や川魚で、タヌキの肉なんか入って入ってないのだけど。

 なんでこれが『タヌキ汁』なんだろ?


 それはともかく、いつもは俺が行く前に爺ちゃんが山で茸や魚を採って準備してくれてるのだが、今年から俺も付いていって食材採取を手伝うことにした。

 いつまでも爺ちゃんに甘えるわけにはいかないだろ。


「そうか、コウキも手伝ってくれるか。そりゃ助かるが」

「茸には詳しくないけど山歩きには慣れてるから戦力にはなるつもりだよ」

「じゃあ頼むとしよう。ただ、この山にはヘソ曲がりの性悪ダヌキもおる。化かされんように気をつけてな。霧が出てきたら要注意だ」

「?なんか分からんけど分かった」


 こうして爺ちゃんの謎注意を受けて今日の茸狩りに付いていったのだけど。


「おおおおーい!?爺ちゃーん!どこー!?」


 はぐれてしまった。

 茸狩りに夢中になって気が付いたら濃い霧に辺りが包まれてしまっていた。

 すぐに見つけられると思った爺ちゃんの姿も見えず、呼び掛けても返事が返ってこない。

 しばらく途方に暮れていると近くの藪でガサガサっと音が鳴った。

 驚いてそちらを見ると俺より幾分歳上らしい男性が現れる。


「ああ、良かった。無事でしたか」

「え?ええと、どちら様?俺のこと御存知で?」

「この近所に住むマミサトといいます。ヨシゾウさんとこのコウキ君でしょう」


 ん?爺ちゃんの知り合いの方?


「ひとまず私の家へご案内しますので付いてきてください」

「あ、はい、すみません、お世話になります……って、えっ!?」


 こちらに背を向けたマミサトさんの尾てい骨あたりからタヌキの尻尾が生えてるんですけど!?

 すると俺の視線から疑問に気づいたマミサトさんが説明してくれた。


「ああ、尻尾ですか。ズボンの中に収まりきらないんで穴を開けて出してるんですよ」

「はあ、そうだったんですか……って、ええっ!?」

「どうかなさいましたか?」

「いえなんでもありません」


 穴を開けて出してるってことはアレ作り物じゃなくて実際に生えてるってことですか!?

 ……いや、冗談だろ。

 爺ちゃんも時々不思議な冗談言うし。

 タンタン沢ジョークなんだろう。


 マミサトさんに付いていくと30戸程の家が並ぶ集落に着いた。

 マミサトさんと俺が集落に入ると表に出ていた人達が

「無事だったんだね」

「良かったねえ」

 と優しく声を掛けてくれる。


 ……みんな尻尾生えてるんですけど!?

 まあ、アレだ。ここで流行ってるアクセサリーなんだろう。

 アクセサリーなんかと縁遠そうな和装もんぺ姿の婆ちゃんにも生えていることは深く考えないでおく。


 やがてマミサトさんの家に着いた。


「帰ったよー」

「お帰りなさーい。コウキ君も無事だったのねー。はじめまして、妻のキョウナですー」

「は、はじめまして」


 出迎えてくれたマミサトさんの奥さんの背後にも当然のように尻尾が揺れてるのが見える。


「カナー、お客様よー、こっちに来てこんにちはしなさーい」

「はーい」


 奥さんが呼び掛けると子どもの声で返事があって、トタトタと走る足音が聞こえてきた。


「こんにちはー!」

「こ、こんにちはー、……って、ええっ!?」

「どうかなさいましたか?」

「いえなんでもありません」


 元気に俺にあいさつしてくれたカナちゃんには尻尾に加えてタヌキの耳が生えてるんですけど!?

 これもう尻尾と違って誤魔化しようないだろ!

 ……いや、まだ決めつけるのは早い。

 今時のコスプレメイクならあのくらい自然なのもあったはずだ。

 そんなものを常時子どもに(ほどこ)してるのかという疑問には目をつぶる。


「コウキ君、お腹空いてるでしょー。鍋が出来上がるから食べながらヨシゾウさんを待とうね。じゃあみんな手を洗ってー」


 そういえばさっきからいい匂いがする。

 言われたとおり手を洗って三人で席についた。


「すみませんご飯まで」

「いえいえ気にしないで。今日はうちの自慢のタヌキ汁です。美味しいですよ」

「へえ、それは楽しみです……って、ええっ!?」

「どうかなさいましたか?」

「いえなんでもありません」


 タヌキがタヌキ汁って共食いですか!?

 あ、いや、別にマミサトさん達がタヌキってわけでは。

 混乱する俺の目の前のガスコンロに奥さんが鍋を置いて蓋をはぐる。

 あ、あれ?

 パッと見、鍋の具は茸と魚だ。

 肉っぽい具が見当たらない。

 つーか、爺ちゃんのタヌキ汁そのものだ。


「どうかなさいましたか?」

「え?あ、いや、タヌキ汁っていうけどタヌキの肉が見当たらないなーと」

「あっはははははっ!タヌキの肉なんて入れるわけありませんよ!」

「で、ですよねー」

「これは我々タヌキがつくったからタヌキ汁っていうんですよー」

「なるほど、タヌキがつくったからタヌキ汁ですか……って、ええっ!?」


 めっちゃ笑顔でカミングアウトされたんですけど!?

 この場面ってどういう態度とるのが正解なわけ!?

 と、そこでピンポーンと玄関チャイムが鳴って声がした。


「マミサトさーん。すまんがウチのコウキがおじゃましてると聞いたんだがー」  


 え!?爺ちゃん!


「いやー、コウキがご迷惑をかけて申し訳ない」

「いえいえ、ウチの里の問題ですから」


 出迎えたマミサトさんと親し気に話しながら爺ちゃんが部屋に入ってくる。


「おう、コウキ、無事だったか」

「爺ちゃん……本物?」

「?本物だが?」

「好きな声優は?」

「田○ゆ○り」

「良かった、本物だ」


 耳も尻尾も生えてないし間違いないだろ。


「コウキ、霧が出てきたら要注意だと言っただろう」

「う、ごめん、爺ちゃん」

「まんまと性悪ダヌキに化かされおって」

「この状況でそれ言っちゃう!?」


 ここにそのタヌキたちがいるんですけど!?

 これどうなっちゃうの!?

 ……あれ?別になにも起きないな?


「全くゴンザブロウも相変わらずで困ったもんだ」

「人間嫌いは変わりませんね」

「年取ってますます意固地になっちゃってるのよねー。それ以外は問題ないのだけど」

「ゴンザブロウじーちゃん、がんこー」

 

 ええと


「俺を化かしたのがそのゴンザブロウさんなの?」

「ああ」

「で、それをマミサトさんが助けてくれたってこと?」

「それ以外の何だと思ってるんだ?」

「もしかしてヘソ曲がりの性悪ダヌキってそのゴンザブロウさんだけ?」

「そうだな。他のタヌキは皆穏やかで親切だぞ。タヌキ汁のつくり方もここで教わったんだ」

「先にちゃんと説明してよ!性悪ダヌキの巣窟に連れてこられたかと思ってめっちゃビビってたのに!ビビり損じゃん!」

「ちゃんと説明しただろ『性悪ダヌキ()おる』って」

「そんな説明でそこまで読み取れないよ!」

「どっちにしろ真面目に聞いとらんかっただろ」

「それを言われると返す言葉もないよ……ごめんて」


 その後、マミサトさん宅で爺ちゃんと一緒にタヌキ汁をご馳走になった。

 爺ちゃん家に戻ってから俺もタヌキ汁のつくり方を習い、街に戻ってからは度々友人達に振る舞っている。

 山で採れる食材には敵わないが、スーパーで買えるものでも結構なレベルのものがつくれるようになり好評を得ている。

 ただ、魚と茸の鍋を頑なに『タヌキ汁』と言い張ることについては、友人達から不思議がられているけど。


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