第八章 戻る場所、向かう場所
旅から戻った翌朝。
美由紀はいつもより少し早く目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む朝の光は、どこか柔らかくて優しかった。
隣にはレナが眠っている。呼吸のリズムが静かに聞こえてくる。
「……なんだろう、この感じ」
まるで“ふたりでいる”ことが、自然の延長線上にあるような気がした。
それは夢ではなく、確かに“今ここ”にある現実。
•
昼すぎ、ふたりはそれぞれのアパートに戻った。
日常のペースがまた戻ってくる。けれど、旅の中で交わされた想いは、確かな記憶として胸に残っていた。
美由紀は久しぶりに、自室の全身鏡の前に立った。
鏡の中の自分は、以前と何かが違って見えた。
メイクのノリ、服の選び方、表情の柔らかさ。
そういう小さな変化が、ひとつの“生き方”を形にしている。
「……わたしは、わたしとして、生きていく」
口に出してみると、その言葉は案外あたたかかった。
•
週末、レナが美由紀の部屋にやってきた。
「ねえ、美由紀。来週、わたしの両親に会ってくれない?」
言葉の意味をすぐには理解できず、美由紀は瞬きをした。
「……え?」
「話したいの。もうずっと前から。
あなたのことを“わたしの大切な人”だって、きちんと伝えたいと思ってる」
美由紀の心臓が、どくん、と鳴った。
「でも……レナ、大丈夫? その……わたしのこと、受け入れてもらえるとは限らない」
「わかってる。でも、黙ってる方が苦しいの。
わたしが誰を好きで、誰と生きていきたいかっていうことに、もう嘘をつきたくない」
まっすぐな目でそう言うレナに、美由紀は胸を突かれた。
怖い。けれど――
「……うん。わたしも、逃げたくない。レナとなら、ちゃんと向き合いたい」
•
夕暮れの中、ふたりは一緒に近くのスーパーに買い出しに行った。
何気ない会話。じゃがいもとたまねぎを手に取るレナの仕草。
エコバッグの中身を詰める美由紀。
そんなささやかな日常のすべてが、“ふたりで生きていく”という意味を持ち始めていた。
「ねえ、美由紀」
歩きながら、レナが不意に言う。
「“ふたりでいること”って、きっと、どんな困難にも小さな喜びにも、一緒に向き合うってことなんだよね」
美由紀は静かに頷いた。
「うん。わたし、もう独りじゃないって、思えるようになったから」
•
そして、来週。
ふたりは新たな扉を開けようとしていた。
たとえ簡単じゃなくても、
名前も過去もすべて抱きしめながら、“これから”を選んでいく。
それがふたりの“未来”になると信じて――。




