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第五章 波紋とまなざし

春が深まるころ、ふたりの時間にも少しずつ変化が現れ始めていた。


それは、レナが新しい仕事を始めたことだった。

彼女の勤務先は都心の広告代理店。これまでより忙しく、不規則な生活がふたりの間に少しずつ距離を生んでいた。


「最近、少しだけ会える時間が減った気がするね」


そう言ったのは、美由紀だった。

カフェのカウンターで、温かいミルクティーの湯気を見つめながら、少しだけ視線を落とす。


「ごめん……でも、わたし、仕事も頑張りたくて」


レナの声に嘘はなかった。

けれど、美由紀は小さな孤独のようなものを、胸の奥に感じてしまった。


彼女が自分の時間を削ってまで応援したいと思う人。

でも、そう思えば思うほど、“自分の居場所”はどこか遠のいていく気がする。


それは、恋が深まるほどに抱える、ある種の「揺らぎ」だった。


ある日、美由紀はふと思い立ち、久しぶりにひとりで街を歩いた。


新宿の雑踏。人の波に紛れるように、スカートの裾を押さえながら歩く。

心がすこし、空っぽだった。


ふと、ショーウィンドウに映る自分を見て、立ち止まる。


目の前にいるのは、たしかに“美由紀”だった。

けれど、その視線の奥にあるものが、自分でもつかめない。


「わたしは、何を怖れてるんだろう」


恋をして、心が満ちて、けれどその愛に少しずつ依存していく自分がいた。

“自分の美由紀”が、誰かの感情に振り回されるようになることが、どこか怖かったのだ。


その夜、美由紀は日記を開いた。

そして初めて、レナには言えなかったことを文字に綴った。


「愛されたいと思う一方で、

愛されていないと感じる自分に怯えてしまう。

レナは優しくて、まっすぐで、だからこそ……

わたしの弱さまで、許してくれるかが怖い」



数日後、ようやく会えた夜、レナは美由紀の変化に気づいていた。


「……何か、あった?」


「ううん、ちょっとだけ、自分のことで整理してた」


「そっか」


レナは無理に踏み込まなかった。けれどその目は、どこまでもまっすぐだった。


「もし美由紀が、離れていくことがあっても、私は追いかけたいって思ってる」


その一言が、美由紀の中に静かに染み込んでいく。


「レナ、わたし……もう一度、ちゃんとあなたと話したい。

ちゃんと、わたしのことを伝えたいから」


“ふたりでいる”という選択は、いつでも優しさだけで成立するものじゃない。

ときに痛みや嫉妬、不安や期待と共に歩く。


けれど、互いの言葉でそれを手渡せるなら――。

それは、未来へ向かう強さになるのだと、美由紀は知り始めていた。


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