第四章 ふたりの日々
いつものカフェの窓際、レナはアイスティーのグラスを両手で包むように持ち、美由紀を見つめていた。
「今朝ね、目が覚めたとき、最初に思ったの。今日も美由紀に会えるんだって。……それだけで、ちょっと幸せだった」
美由紀は戸惑いながらも、嬉しそうに目を伏せる。
そんなささやかなやりとりが、今ではふたりの日常になっていた。
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春がゆっくりと街を包みはじめ、ふたりは少しずつ、時間を共有することに慣れてきた。
朝のメッセージ、休日の映画、他愛のないやりとり。
そこには特別な出来事も、大げさな告白もなかったけれど、美由紀は確かに「満ちていく」感覚を覚えていた。
ある日、ふたりで訪れた雑貨屋の鏡の前で、レナが唐突に言った。
「美由紀、これ見て。似合いそう」
差し出されたのは、薄いピンクの小ぶりなイヤリング。
美由紀はそっと手に取り、耳元に当てて鏡を覗く。
「……どう、かな?」
「かわいい。すごく」
そう即答したレナの顔は、ほんの少し赤くなっていた。
ふいに、ふたりの間に沈黙が流れる。
けれどその沈黙は、決して気まずいものではなかった。
心が寄り添っていることを、ふたりとも確かに感じていたからだ。
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その日の夜、美由紀はレナの家に泊まった。
お互いの寝息がすぐそばにある静かな夜。
消灯後、部屋の隅から月明かりが差し込んでいた。
「レナ……」
「ん?」
「わたし、あなたといると……わたしでいられる気がする。素直で、弱くて、でも前に進みたいって思える、そんな自分に」
レナはしばらく何も言わなかった。
ただ、美由紀の隣で、その手をそっと握った。
「それは、わたしも同じだよ。美由紀がいてくれることで、わたしも……強くなれる気がする」
ふたりの手のひらが絡み合う。
恋という名前をまだ口にしなくても、そこにあるのは間違いなく、愛おしさだった。
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朝、目が覚めたとき、美由紀は小さな決意を抱いていた。
「この人と、ちゃんと向き合っていきたい」
それは、恋人になると宣言するよりもずっと静かで、けれど芯のある誓いだった。
まだ未完成の自分を、見せられる相手がいる。
それだけで、世界の見え方がこんなにも変わるのだと、美由紀は初めて知った。




