第二章 ふたりの距離
その夜、美由紀はレナからのメッセージを何度も読み返していた。
「今日はありがとう。また会えるかな?」
文面は短く、さりげなさを装っていたけれど、行間に何かが滲んでいた。
やさしさとも、名残惜しさとも、あるいはそれ以上のものとも言える感情が。
美由紀は自分の指先が震えていることに気づき、そっとスマートフォンを置いた。
言葉にできない気持ちが胸の内で渦を巻いていた。
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数日後、ふたりは再び会った。
季節外れの雨が降りそうな曇り空の下、待ち合わせ場所に立つレナは、ほんの少し緊張した面持ちで美由紀を見つめた。
「ねえ、美由紀。今日は、どこか行きたいところある?」
「ううん。レナとなら、どこでもいいよ」
その返事に、レナはふっと目を伏せて、照れくさそうに笑った。
「じゃあ、ちょっと歩こうか」
並んで歩くふたりの歩幅は、いつの間にか自然とそろっていた。
行き交う人々の視線がときおり気になったけれど、美由紀はレナの隣にいると、不思議と落ち着いていられた。
静かな並木道に入ったところで、レナが立ち止まった。
「美由紀……今のあなた、ほんとに綺麗だよ」
唐突なその言葉に、美由紀は驚きとともに、一歩だけ後ずさった。
けれど、レナのまなざしは真剣で、からかいの色はどこにもなかった。
「わたし……最初に再会したときは、“懐かしい”って気持ちが大きかった。でも……あなたと話してるうちに、それだけじゃないって思った」
「レナ……」
「美由紀、あなたが“あなたらしくある”ことが、こんなに自然で、こんなに美しく感じるなんて……昔のわたしじゃ、きっと気づけなかった」
美由紀の胸の奥で、なにかがひそやかに震えた。
レナの声はあたたかく、真っ直ぐで、そしてどこか切なげだった。
「ごめんね。困らせたかったわけじゃないの。ただ、ちゃんと伝えたかった。わたしは今、あなたに――」
その続きを言いかけたとき、風がふたりの間をすり抜けた。
美由紀はその言葉を止めるように、そっと手を差し出した。
「……ありがとう。うれしい。でも、いまのわたしには、まだ怖いことが多いの」
「うん。わかってるよ。でも、そう言ってくれたことが、わたしには十分」
ふたりは、少しだけ距離を縮めて歩き出す。
まだ“恋”とは呼べないかもしれない。
けれど、“心が惹かれている”ということだけは、互いに確かに感じていた。
そしてその日、レナはふとした瞬間に、美由紀の手にそっと触れた。
美由紀は驚いたようにレナを見たが、すぐに微笑んで、その手を離さなかった。
ふたりの距離は、確かに近づいていた。