第一章 再会の午後
「ねえ、美由紀――まだ、紅茶が好き?」
その声は、午後の陽ざしよりもやわらかく、少しだけ緊張を含んでいた。
駅前の小さなカフェ、その奥まった席に座る美由紀は、カップを持ったまま顔を上げた。
「レナ……うん、変わってない。やっぱり、好き」
それは何年ぶりだろう。
かつては何度も名前を呼び合い、笑い合っていたのに、再び顔を合わせるまでにこれほどの時間が必要だったとは、美由紀自身にも信じられなかった。
レナは以前より少し大人びて見えた。
けれど、その目の奥には確かに昔と同じ光が残っていて、美由紀はどこか安心するような、懐かしさに似た感情を覚えていた。
「なんていうかさ……」
レナが照れ隠しのように口を開く。
「“再会”ってほどのドラマはないけど、でも……やっぱり、会えてうれしいよ」
「わたしも」
美由紀は、言葉を丁寧に選びながら応えた。
「あなたが、レナが、今も“わたし”って呼んでくれることが、うれしい」
ふと、二人の間に沈黙が訪れる。
だが、それは決して気まずさから生まれたものではなく、互いの変化をゆっくりと確かめ合う時間だった。
テーブルの上には、ふたつのグラスと、ひとつの過去。
そして、まだ語られていない未来が静かに息をしていた。
「美由紀は、今……どんなふうに暮らしてるの?」
「昼間は事務の仕事をしてるよ。普通の会社員って感じ」
「へぇ……似合う。丁寧そうだし、話し方もやさしくなった」
「それ、ほめてる?」
「もちろん」
レナの笑顔は、昔と変わらなかった。
だけど、美由紀の中には、かつてのような単純な嬉しさだけでなく、言葉にできないざらついた感情がわずかに残っていた。
それは、いまの“わたし”をどこまで受け入れてもらえるのかという、静かな不安。
「レナは……変わらないね。自然体で、まっすぐで」
「でもね、美由紀。わたしも、変わったよ」
「そう?」
「うん。だってさ、今のあなたを見て、ちゃんと“綺麗だな”って思ってるもの」
それはあまりにも唐突で、でも真っ直ぐな言葉だった。
美由紀は言葉を失い、そっと目を伏せた。
「……ありがとう」
声は震えていたけれど、少しだけ、心の奥があたたかくなった気がした。
そして、ふたりはまたグラスを手に取る。
名前を呼び合う声、そして過去と未来が交差する静かな時間。
それは、止まっていた時計が再び動き出す、そんな午後だった。